9. 女王と晩餐(2) 〜吐露〜
「「かんぱーい」」
二人のグラスから「カーン!」という軽い音が聞こえた。
その音を聞いて、レカリアは今日聞いたもう一つの衝突音を思い出していた。その時衝突していたのはガラスではなく鉄であった。そしてその時の様子と心情が鮮明に思い出された。
「あの、アリア様…」
「堅苦しいなあ、アリアでいいよ!」
レカリアが口を開いたが、それをアリアがさえぎった。レカリアは会議などフォーマルな場でしかアリアと話をしたことがなかったので、プライベートのときの彼女のルーズさに驚いた。
「…じゃあ、アリア…!」
「なあに〜、レカリア〜」
頬を淡い朱色に染めて遠慮がちに言ったレカリアを見ながらアリアが嬉しそうに言う。レカリアの頬がさらに赤くなり、さっと目を逸らした。そして一呼吸おいて、再びアリアの目を見る。
「あの時、どうして私の剣を躱さなかったのでしょう?」
アリアはすぐには答えず、質問を返した。
「あなたは躱して欲しかったの?」
レカリアはちょっと考えた。
「…躱して欲しかったかは分かりませんが、躱されるだろうと思っていました。」
「ということは、あなたはカウンターを喰らうことまで考えていた、そういうこと?」
「そうですね…」
レカリアは当時の心情を細かく思い出しながらゆっくりと話す。
「あの時私は何をしても勝てないと悟りました。そこで負けを早めるためにあのような行動をとったのだと思います。そして同時にあなたがあまりに馬鹿な攻撃に深読みして何か起こるかもしれない、そんな僅かな望みを持っていたのでしょう…」
「確かにびっくりしたね、その意味では成功だったんじゃない?」
アリアがあははと笑った。
「では深読みしてくれたということですか?」
「いや、あの時はそんなこと考える余裕はなかったよ…」
「じゃあどうして?」
「うーん…」
アリアがちょっと考える。
「レカリアの顔を見たとき、受け止めてあげないとって思ったからかな!」
「はっ?」
予想だにしていなかった答えにレカリアが素の反応をする。
「あ、すみません。どういうことですか?」
「あなた、最初は楽しそうだったのにだんだんと辛そうな顔になっていくんだもん」
アリアが笑いながら答える。
「…、誰のせいだと思ってるんですか…」
「あはは、ごめんね、」
「でもあなたのせいでもあるかな、私は楽しくやるつもりだったんだけど、あなたが私に本気を出させたんだからね。」
「…それ本当ですか?」
レカリアは疑わしいと思った。決闘が始まる前のアリアは真剣な表情をしていて、とても楽しもうとしている雰囲気ではなかった。アリアはその問いかけには答えなかった。
「で、あなたはどうしてあんな顔をしていたの?私に敵わないことがそんなに辛かった?」
「…いえ、アリア様…アリアに敵わないことは最初からわかっていましたし…」
アリアは黙ってレカリアの目を見つめていた。その優しげな視線に絆されて、レカリアはポツリポツリと心の内を語り始めた。
「私は若い頃を自分の強さを磨くことに費やしてきました、剣と魔法に…」
「一方で人付き合いは積極的にしてきませんでした。寂しいと感じることもなかったのでそれで良いと思っていたんです。」
「わかるよ。」
アリアが相槌をうった。レカリアは嘘だと思ったが口には出さなかった。
「でも親衛隊に入ってからはこのままではダメだと思ったんです。戦では仲間を信頼することが大事だから。そこで私はコミュニケーションを頑張ろうと心に決め、自分から積極的に話しかけるようにしました。」
「えらいね。」
「でもダメでした。私は嫌われるのが怖くて自分をさらけ出すことができませんでした。そんなことでは本当の気が置けない仲間は作れない、それはわかっていましたが、それでも怖かったのです。」
「そんな悩みを抱えていたので、隊長に選ばれたときは本当に驚きました。」
「最初は嫌な役目を押し付けられたのではと思いましたが、皆から口々におめでとう、応援していると言われて、そうではない気がしました。それは本心からの言葉のように思えたのです。なぜ私が選ばれたのかはいまだによくわかりませんが、それでも応援してくれる人のために頑張ろうと思いました。」
「しかし隊長になってすぐにある矛盾に気づきました。」
「隊長になっても私の中身は変わりませんでした。しかし命令する立場にある隊長と嫌われるのが怖い私の本心は水と油ほどに相容れないものでした。私を苦しめていたのは私の心だと気づきました。」
「そして私はあの時から何も変わっていません。」
レカリアは自嘲的に笑った。
「あの時私は怖くなってしまったんです。親衛隊隊長としてあなたに負けることで隊員にどう思われるか。」
「そして軽率に決闘を申し込んだことを後悔しました。」
そこでレカリアは言葉を切った。アリアは相変わらず優しげな表情を浮かべていた。レカリアはそれが同情の眼差しだと思った。かわいそうだと思われているのだろう。
「あなたのように皆から尊敬されるカリスマ性にあふれた素晴らしい女王様には、私の気持ちはわからないでしょうね…何から何まで完敗です…」




