25 テノリバ・ダンジョン
テノリバの城下町のダンジョンへ入ろうと並ぶものは、後を絶たない。
その多くは冒険者でもない平民で、老若男女問わずだ。
彼らの表情は、まるでこれから芝居や劇を見に行くように見える。
「俺はこの前、一階を半分も進んだんだぜ」
「勝ったね。俺は三分の二だ」
「まちがえた。俺は半分とさらに半分だったか」
「言ってろ」
親しい友人と見える若い男がふたり、競うように胸を張り合う。
彼らは皮の鎧さえ身に着けていないし、棒きれ一つ持っていない。
ダンジョンへ潜ろうというのに、あまりにも不用心だった。
列が進んで、彼らの番がやってきた。
「ようこそ、安全ダンジョンへ。はじめての冒険ですか?」
「いいや、三回目だ。カードもあるぜ」
「俺もだ。説明はいらない」
「ありがとうございます。それでは装備を身に着けたあと、指示に従ってお進みください」
ふたりは、我先にと競うように更衣室で装備を身に着けた。
ほとんど強度もないような、鞣しただけの皮の鎧と木の剣を手にしている。
「生きて帰ってくるまでが冒険だ。死ぬなよ」
軽い説明のあと、冒険者風の男にそう言われて、彼らは送り出された。
ニッと笑みを浮かべて、ふたりは力こぶを見せつけて自分に酔う。
「わかってらぁ」
「おうともよ」
彼らは、自分の物語の世界にどっぷり、あたまの天辺まで浸かった。
テノリバの安全ダンジョンは、かんたんに言えば非致死性の迷宮だ。
ほとんど怪我しないようなトラップと、係員が扮装したモンスターを倒しながら進む、アミューズメントパークのようなものだった。
それでいて本物のダンジョンマスターが作っているのだから、人を嘲るような悪質さは遜色ない。
すこしの勇気といくらかの知恵を絞り出して進む、スリルのあるゲーム。
娯楽に飢えていた平民は、心を奪われるようにこのダンジョンへ通った。
この熱狂は、ダンジョンへの恐怖と忌避を忘れさせるくらいには燃え盛った。
「惜しかったな。しかし、次で二階に進んで見せるぜ」
「ああ。あのトラップさえなけりゃなあ……」
二人組が、体中を泥だらけにしてダンジョンから出てきた。
汚れて、疲れて、悔しそうに顔を歪めているのに、楽しげだった。
テノリバ安全ダンジョンは、人に愛されている。
悪辣なダンジョンマスターが育っているという自覚もなく。




