表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

死ねない幼女と壊れた人々(4)

 隼人の手から弾き飛ばされたナイフが地面と衝突する金属音。

 今まで誰も聞いたことのないような、水っぽい重低音。

 ナイフを弾き飛ばし、隼人の胴体を両断しようとした姿勢のまま、目を見開いた笑みを浮かべている影久と、その至近距離で棒立ちする隼人。

 二人の間に、妙な沈黙が流れ、そして唐突に、影久が血を吹いた。

「ぐぼっ!」

 溢れた、胃液交じりの黒っぽい血が流れ落ち、そして、"指が影久の腹部に埋まっている隼人の手"を汚していく。

 指先まで真っ直ぐに伸ばし、槍術のごとく猛烈な勢いで放たれたもの。かつてチンピラ達に放ち、寸止めで済ませていた、本物の槍と遜色ない貫通力を持つ手槍。

 その隼人の手は、影久の筋肉を引き裂き、腹膜を破り、内臓にまで到達していた。"手が着弾した衝撃"で影久の内臓は悉くが破裂していることだろう。

「やっぱりお前は、世間知らずのおぼっちゃまだ。油断してなければ、まだ戦えたのかもな」

 寸分違わず二人同時に一歩を踏み出した隼人と影久。相対的に急激に縮んだ二人の距離。

 隼人は、下から上へと、アッパーカットのようにナイフを走らせた。

 影久は、この距離では十分な刀身速度を出せないと判断し、構えていた刀の柄を、走ってくるナイフの刀身に最短距離で叩きつけた。

 結果として、ナイフが弾け飛び、床に転がった。

 そして、ナイフを弾いたのを見た影久は、ほんの少しの油断を見せた。ナイフという唯一の攻撃手段を失った隼人は、これから影久に嬲り殺される結果となる。

 どうせ殺すなら、瞬殺ではなく、美羽の目の前で惨たらしく殺したほうが、美羽の絶望も深まる。絶望し、慟哭する美羽の姿を想像し、影久は一瞬欲情さえした。そんな思考が、雑念のように過ぎり、そして致命的な、しかし瞬間的な油断となったのだ。

「最初から、ナイフは囮だった……?」

 最初から丸腰で戦っていたら、影久も、隼人の手槍を警戒できていただろう。だから、ナイフを持った。ナイフと言う限定した手法しか存在していないと、影久に錯覚させるために。最初から、影久は隼人に騙されていた。そう、影久は分析した。

 しかし、隼人は首を振る。

「いや。俺には殺す手段は複数存在している。その中でも、ナイフは最も効率の良い殺人手法だ。だから選んだ。……軍属時代に使い慣れてたしな。あのタイミングでの、お前の隙。それを突く上で最も攻撃力が高かったのが、コレだった。だから使った。ただ、それだけのことだ」

「……剣術を、極めたと思っていた。誰も敵うものはいないと思っていた……。だが」

 影久の悲痛な嘆きを、しかし隼人は再び首を振って否定する。

「お前の"剣術"は素晴らしいよ。おそらくこの世界でも、敵う人間はそうそういないな。……武器が無ければ戦えない、"剣術"という格式ばった舞台上ではな」

 影久の腹の中に埋まった指には、まるで感覚が無い。おそらくは腹部を貫通した衝撃で骨が粉々になっているのだろう。今からコレを抜くのか。嫌だな、と頭の中で密かに嘆きながら、しかしそんな感情は表情にはあらわさず、続ける。

「だけどこれは殺し合いだ。"殺人術"の舞台にお前を引っ張り上げた時点で、俺の方が初期条件で有利だった。その差が、最後の最後で露呈しただけ。紙一重だよ」

 意を決し、肩の力を使ってそれを抜く。隙間から影久の鮮血が噴水のように溢れ出て、支えを失った影久の身体が勢いよく床に転がった。案の定、抜け出た、鮮血でぬめる手の指は五本ともあらぬ方向を向いて垂れさがり、ついでに腕の方も、本来曲がってはいけない部位が数か所曲がっている。

 その自分の手と、床の影久姿を、侮蔑するわけでもなく、喜悦することもなく、ただそこにある事実として確認するように見つめた。

「ああ……畜生、悔しい……悔しい……さみ……し、い」

 痛みからではなく、自分の不甲斐なさを示す涙を零しながら、影久は嘆き、そしてそのまま絶命した。

 彼は、どこまでも孤独だった。金持ち故に真に愛されることも無く、変態嗜好の対象である虚像人を振り向かせるために傷つけ、殺し、そして最終的に自分の命すらかけた殺し合いすら厭わない、氷のような孤高の剣士であった。

「……転生したら、友達になってやろう。変態の同志としてな」

 そんな、隼人の軽口を、彼はもう聞いてはいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ