↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/27

第二十七話 見付けるとき

それぞれが願う解決の形。それに向かってすべきこと、出来ることを見付ける。事件の終結へと向かうお話です

 最善の行動なんて、そのときの自分の立場によって変わるではないか。そう言った私の父は、父親であることに縛られて苦しんでいる。父親である自分以外に意味がないと、本気でそう思っている。


「私は姉か探偵か」


 舞台上で踊る俳優のように、軽い足取りを意識し進み出る。その先にいるのは観客ではないし、この場所だってきらびやかな世界ではない。私は廃れたビルの一室で、少年たちと目を合わせた。


「社長が何をしたいか、ですよ。大事なのは人の顔色を窺うことじゃなくて、自分の願いに遠慮しないことですから」


新希(あらき)の言うとおりです。たしかに、(わたり)さんの言うことは芯を食っていたと思います。でもあれは渡さんだから言えたことで、必ず誰にでも当てはまることだとは言えません」


 私の助手を自称する夜野海(やのうみ)新希と、彼にくっついて来た昼凪(ひるなぎ)明日斗(あすと)。二人の今の発言は、何にも囚われていない心からの声にしか聞こえなかった。私はそんな二人を、裏表のない子たちなんだと思う。


「新希には弟、明日斗には姉がいるから、さすがに説得力が違うわね」


 新希は兄だから、渡(みつぐ)の言葉に肯いたかもしれない。明日斗は自分の姉と比べて、私を非難したかもしれない。だけど、兄弟がいてもこの二人は自分の気持ちを優先している。よそはよそ、うちはうち。この格言を正しく使ってくれている。


「すみません。僕は一人っ子だから、何が正しいのか分からなくて」


「良いのよ。あなたにはこれ以上、余計な悩みごとを増やして欲しくはないしね」


 部屋の角で貝塚(かいづか)璃王(りお)が、身を縮ませながら肩をすくめた。私は申し訳なさそうにする貝塚に慰めの言葉をかけ、彼の謝罪を受け流す。


 私に協力したせいで、貝塚はネットで炎上した。私と一緒に事件を調べていたせいで、自分の恩人である配流(はいる)(れい)が何をしたのか知ってしまった。配流玲が捕まったとき、私が彼に会いに行って欲しいと頼んだせいで、貝塚は週刊誌に載るはめになった。


 探偵の私と関わったせいでここまでの不幸に遭ったというのに、姉としての私の悩みにまで頭を抱えて欲しくはない。もともと他人、しかもアイドルと探偵という絶対に交わらない職種の人間だったのだ。私のことで、彼を振り回し過ぎてはいけない。


愛意(あい)さん。一人っ子の、何も知らない奴の戯言だと思って聞き流してください」


 貝塚が覚悟を固めた顔で、私を見つめる。距離をおくべきだと思っていたのに、私はその貝塚の表情に引き込まれてしまった。自然と耳が貝塚に傾く。


「何?」


 聞き流すつもりは毛頭ない。私は彼の決意が光る瞳から、目を逸らせなかった。


「僕は、寧音(ねね)ちゃんの傍にいるべきだと思います。もちろん、渡刑事の考えを全肯定するわけではありません。だけど、彼の愛意さんへの評価は的を得ているような気がするんです」


 なよなよとした顔付きのはずなのに、貝塚の声音には強固な自信が覗いている。この態度が、いつもの新希とだぶって見えた。新希はいつも相手が油断しそうなこの態度で、相手の深い部分を突いていく。


 だが貝塚のそれは、確証のない自信だ。新希のように、様々な情報を総合して導き出した考察に自信をもっているわけではない。貝塚は自分の直感を信じている。そうとしか考えられないのに、新希と同じように逃れられない気迫がある。


「僕も愛意さんのこと言えませんけど、事件を追いかけてた理由が人のためじゃなくて自分のためなんですよ。僕は玲さんが事件を起こす加害性をもっていたなんて信じたくなくて、それを否定するために愛意さんたちと協力した。僕は事件の真相を追って、玲さんの無実を証明することで自分の中の玲さんを守ろうとした。傷付きたくなかったから……」


「たしかに、そうかもしれません。社長っていつも、依頼人の心が少しでも晴れるようにって言っているのに、寧音さんのことになると真相を知りたい、犯人を捕まえたいってそればかり」


「いつもの社長と違うって思っていたけど、そういう理由かもしれない。普段なら依頼人という目の前にいる他人のために動くのに、寧音さんの件は誰に頼まれたわけでもないのに探偵として動いている。被害者も関係者も何も言わない、何を思っているかも分からない。だから、社長は自分の気持ちに従って動く」


 冷静で正確な分析に、私は唇を噛んだ。どうして、私はこんな赤の他人にあれこれ言われなければならないのだろう。好き勝手に言われるならまだ耐えられる。なのに、こんなにも自分のパーソナルな部分を言い当てられれば屈辱でしかない。私は拳を震わせ、力いっぱいに叫んだ。


「だったら何! 誰かのために動くのがそんなに偉い? 自分の時間も身も犠牲にして、他人に奉仕することがそんなに崇高? 私は別に、褒められたくて、認められたくて探偵をやっているわけじゃない。最初っから寧音のためよ。警察は身内が巻き込まれた事件の捜査が出来ないから、なら自分で調べられる探偵になろうって。新希と明日斗は依頼人第一の私を好いてくれてるけど、そんなの偶像よ。本当の私は、寧音のことしか考えてない。勝手な思い込みで解釈違い起こされても困る!」


 一息で叫びきり、私は肩で息をついた。酸欠になった脳に酸素を送りつつ三人の様子を見ると、三者三様の困惑顔が目に入る。悲しむような呆れるようなその目の色に、急激に血の気が引いていく。


「分かったわ。こういうところでしょ。あなたたちが言いたい、私の自分勝手なところって」


 逆ギレして開き直る。お手本のような最低ムーブをかました私は、せめてもの抵抗として三人を下から睨めつけた。だけど必死な私とは対象的に、新希と明日斗は顔を見合わせて首を傾げ、貝塚は落ち着いてと言わんばかりに両手の平を向ける。余裕綽々なのが、目に見えて分かった。


「愛意さん、そうじゃなくて……」


「社長が妹さんのことを大切に想っていることは、僕たちも重々承知しています。だからこそ、璃王さんは渡さんの言葉に納得したんだと思います」


「社長は自分でも言っていますけど、妹が一番なんですよ。寧音さんのことにまっすぐで、すぐに周りが見えなくなる。俺も新希も、あなたのそういうところ全部引っくるめて理解して、助手してるんですよ」


 矢継ぎ早に繋げられる、三人の発言。タイミングでも示し合わせていたのか、誰かが口をつぐめばすぐに別の誰かが口を開く。私に反論する猶予を与えず、自分たちの言いたいことだけを口にする。私はそこに屈服するしかなかった。


「じゃあ何? 私はどうすれば良いの?」


 心から恨みがましい声が出た。今この瞬間、この三人は私より私のことを理解している。そう思わざるをえなかったからか、悔しいのに答えを欲してしまう。私は結局、心の中でうっすらと見下していた人たちに助けを求めることになった。


「今更、そんなこと考えなくて良いんじゃないですか? やるべきことは立場によって変わりますけど、自分の芯はいつでも同じです。妹のことが大切だっていうあなたの根っこの部分を、変えてはいけません」


「社長が探偵という職に、そこまでこだわっていないことは分かっていました。社長が本気で固執しているのは、寧音さんに対してだけなんだって。もう、とうの昔に分かってたことです。そんなバレバレで一番重要なことを、他人の言葉に惑わされて曲げないでくださいよ」


「社長はムキになりやすいですからね。きっと渡さんのことが気に食わなくて、彼の言ったことを否定したくなったんでしょうけど、そんな考え方ではいけませんよ。最優先事項は何なのか、自分の心が一番理解していますから。落ち着いて、自分の気持ちと向き合ってあげてください」


 貝塚たちは、言葉選びは違えど私に同じことを教えてくれた。私の一番大切にしていることを曲げてはいけない、他人の発言に気を取られ自分を見失ってはいけない、つまり自分で決めたことを貫き通せと言っている。私が寧音に執着していることは、既に周知の事実だった。そしてそれは、私の中でも不動の事実だ。


「そうね。自分の最初の目的を忘れていた。みんなありがとう」


 深呼吸をし新鮮な空気を取り込めば、怒りで茹だっていた脳はゆっくりと冷まされていく。冷静な脳でなら、私は自分の心と向き合えるしそれをきちんと言葉に出来る。


「最初は、寧音を見付け出すことが目的だった。その手段として、寧音に起きたことを探って真実を知ろうとした。でもいつの間にか、手段そのものが目的になっていた。真実ばかりを追いかけて、寧音から目を逸らして。悔しいけど、あの刑事の言うとおりなの。図星を突かれて、動揺してしまった」


 私は昔からプライドが高いから、偉そうに説教をされるとすぐに敵認定をしてしまう。渡の言うことはもっもとなのだ。目的と手段を誤認してしまえば、最終目標から徐々に遠ざかっていく。


「分かっていたのに、そこから逃げてまで人を否定しようだなんて間違っていた。あなたたちのおかげで気付けたわ。ありがとう」


 最後にもう一度礼を言い、私はそれぞれに頭を下げた。こんなことをするのは初めてだったので、新希と明日斗は分かりやすく動揺し、私に顔を上げるように言った。だが、貝塚だけは微笑んで受け入れてくれた。さすがアイドル、と言いたくなるような朗らかな笑みで私にゆっくりと頷く。


「新希、明日斗。あなたたち二人に頼んでも良い? この事件の元凶らしい藤條(とうじょう)瑠伊(るい)を捕らえて、この事件を終わらせるの。私からあなたたちへの依頼、引き受けてくれる?」


「もちろん! 僕たちに任せてください!」


「あなたの助手である新希と、その新希と一緒に行動してきた俺です。信じて待っていてください」


 私の依頼に被せるように、食い気味に新希が了承する。助手になることを許したあの日と同じ、眩しくて大きな笑顔で胸を張っている。落ち着いた口調で約束をしてくれた明日斗も、嬉しさと自信に満ちた顔だ。私は、この二人にならすべてを任せられることを知っていた。


「ええ。お願いね、新希、明日斗」


 新希とも明日斗ともしっかりと握手を交わし、私はこの事件を彼らに託した。絶対に認めたくないし口にしたくもないが、二人は私より探偵に向いている。対人関係の形成が苦手なうえ察しの悪い私は、事件を解決するために必要な情報収集というものが出来ない。


 だけど、新希はコミュニケーション能力がずば抜けていて得たい情報を聞き出せる。明日斗は気になったことを最後まで調べぬくストイックさがある。そして二人とも、集めた情報を繋ぎ合わせることが出来る。それに加え、若気の至りの力なのか、バレなければ大丈夫の精神で法に反した手段を使うこともある。その良し悪しを考慮しても、二人は私より情報収集に対して優秀であるとしか言いようがない。


「それじゃあ、私は寧音のところに行くから。あとよろしく」


「はい。僕らに全部お任せください」


「安心して寧音さんと過ごしてくださいね」


 優しく見送られた私は、ショルダーバッグを肩にかけ扉のノブを回す。そして開いた扉から外に出ようとした瞬間、貝塚の困惑した瞳と視線がかち合った。まるで迷子の子犬のように目を泳がす貝塚は、自分も捜査に参加したいと目だけで訴えている。だが私は、それを許したくなかった。


「貝塚さんもここまでにしてください。配流玲がしたことは、本人が話したことで明らかになった。彼がしたことを知りたいと言ったあなたが、これ以上この事件を追う理由はない。彼は寧音の件に深く関わっている。それをこれから新希たちが確定させる。あなたの急務は、ファンを安心させてあげることじゃない?」


 それらしいことを言い、彼にこの件から手を引いて欲しかった。貝塚はずっと自分の恩人の無実を信じてきた。自分の中の彼を守るためだと言っていたが、一人の人間を信じ抜くことの強さを私は肌で感じていた。だからこそ、その想いが報われることがないと分かった今、貝塚が事件の真相を知ることは彼自身を傷付けることにしかならない。


 また、私の自分勝手な頼みのせいで貝塚をたくさんの悪意に曝させてしまったことを、ずっと申し訳ないと思っていた。私が自分の利益しか考えずに彼を利用してしまったからあんなことになった。ならばせめて、彼が元どおりの大人気アイドルに戻れるようにしてあげなければ。アイドル・貝塚璃王とそのファンが以前の形になれるように、彼に引き際を教えてあげなければ。そう思っていた。


「そうですね。僕の最終目的も果たせましたし、アイドルがファンを裏切り続けるのも良くない。だけど、まだやめたくないんです」


 貝塚の瞳に嘘はなかった。私の願いに反して、貝塚にはまだ引くつもりがないらしい。悔しいのに、辞めさせたいのに、私の脳は説得材料を提示してはくれない。私は反論するために開いた口から、空気の塊を漏らした。


「愛意さんがいなくなって、僕までいなくなったら、誰がいざというときに新希くんと明日斗くんを守るんですか? 愛意さんは二人のことを信頼しているみたいですけど、二人はまだ高校生なんです。まだ大人の庇護対象である年齢です。事件の捜査には危険が伴うんですよね。だったら、危なくなったときに大人が守ってあげないと」


「それを、あなたがしてくれるとでも言うの?」


「もちろんです。僕だって、立派な大人ですよ」


 それは知っている。何がきっかけだったかは忘れたが、私と貝塚が同じ年齢だという話をしたことがあった。私と同じ年齢だが、私より視野が広くて思慮深いので貝塚は私より大人をまっとうしている。そんな貝塚になら、任せても良いのではと誰かが囁いた。


「まあ、かっこつけてますけど、一番は僕自身の好奇心が満たされてないからですね。人を信じるとか傷付きたくないとか、そんなことよりも知りたいんです。玲さんに何があったのか、全部知りたいから続けるんです」


 きっと貝塚は、文字どおりすべてを知るつもりなのだろう。前に、捜査関係者が掴む情報と報道される情報の差について苦言を呈していた。報道されるものは、事件関係者のプライバシーを侵害しないように選りすぐりされたもの。そんな僅かばかりの情報では、事件の全容を知ることなんて出来ない。


「そうね。あなたは最初からそう言っていた」


 私の目的は果たされたが、貝塚の最終目標へはまだ到達していない。自分の目的に向かう道中で、他人の子供を守る宣言をしてくれるとは。やはり、私より貝塚の方が良くできた人だ。


「なら、あなたにもよろしく頼むわね。新希と明日斗のこと、ちゃんと守ってよ。あの子たち、すぐ無茶するんだから」


「はい。絶対に守りますよ。新希くんと明日斗くんには、かなりお世話になったので」


 肩ごしに高校生を振り返れば、子ども扱いしたことに対してか嫌悪感をあらわにされてしまった。たしかに二人は高校三年生なので、もう少しで大人になるのだろう。しかしそれでも、初対面があれなのだからいつまで経っても子どもとしか思えない。私にとってはいつまでも、危険も常識も知らずに飛び出していくヤンチャな男の子なのだ。


「良い報告、期待してるから」


 言外に、生きて戻ってくるようにと釘を刺しておく。だが伝わらなかったのか、三人は額面どおり受け取った応答をしてきた。私はため息が出そうになるのをぐっとこらえ、新希たちに声をかける。


「それじゃあ、しばらく戻らないから。あとはよろしく」


「はい。行ってらっしゃい、社長」


 いつもの明るい調子の新希に見送られ、私は今度こそ朝川(あさかわ)探偵社を後にした。その足で大通りのタクシーを捕まえ、由命界(ゆうめいかい)総合病院まで向かってもらう。繁華街の外れも外れなところにある事務所から東京のど真ん中にある大病院まではそれなりに距離があるので、病院の駐車場に着くころにはそれなりに料金が高くなっていた。私はその分を現金で支払い、病院の中に入る。


 エントランスの右手にある受付カウンターで面会申請を行い、許可証を受け取ってから病棟に向かった。寧音が入院している外科病棟は七階なので、そこまではエレベーターを使って行く。到着を知らせるベルの音とともにそれを降り、ナースステーションで許可証を提示する。


「朝川寧音のところお願いします」


「はーい。朝川さんですねぇ。受理しましたので、どーぞ」


 明らかにやる気のない新人看護師に許可されたので、私は寧音の病室の前まで歩を進める。そのまま扉を開けようとしたが、中から男の声が聞こえ驚いた私の手は一瞬宙をさまよった。しかし、おそらく担当医の篭野(かごの)法助(ほうすけ)だろうとあたりをつけ、私は恐る恐る扉を開けて室内に入る。


「すみません。面会に来たのですが」


「あ。愛意さん……」


 私の声掛けに振り返ったのは、私の予想とは違う人物だった。戸惑ったように目をぱちくりさせているのは実験病棟の医師である荒牧(あらまき)(みなと)で、その後ろで同僚の陣内(じんない)(なぎさ)が余裕の笑みを張り付けている。先ほど聞こえた声が荒牧のものだと理解した瞬間、私は様々な疑問が急激に湧き上がってくるのを感じた。


「どうして二人が? ここで何を?」


「愛意さん、俺たちは……」


「何してるの!」


 脳で情報を処理しきれず半狂乱に叫んだ私に、荒牧と陣内は憐れみの視線を向ける。その目の色に、私は一瞬で我に返った。明日斗のおかげでこの二人が寧音を害することはないと分かっていたのに、目に入った情報だけで判断していた。私の悪い癖が、また出てしまった。


「すみません。ついカッとなってしまって」


「いえ。俺たちこそ、玲先生のことすみません。せっかく協力してくださったのに、玲先生が犯罪者だということが事実になってしまって」


「それは、事実が明らかになっただけですから荒牧先生は悪くありません。ですが、あのときの私はそう割り切れずに、あなたたちとの協力関係を白紙にして対立することを選んだ。私の方が、ずっとすみません」


 自分でも信じられないほど、なめらかに口が動いたし自然に腰を折っていた。目に見えて変化があったわけではないが、私の心にあった奇妙なプライドの塊がどこかに行ったのかもしれない。探偵としてことを思いどおりに進めるため、高飛車な態度をとったこともあった。でも探偵ではない今、そんなことをする必要はない。どんな未来に転んでも良いから、自分の気持ちを伝えたかった。


「愛意さん、もう謝らないでください。それに俺たちが今やってることけっこうアレなんで、逆にぶん殴ってくれてもかまいませんよ」


 快活な笑顔で物騒なことを言う荒牧に首を傾げると、陣内が諦めた様子で一歩前に出た。そして寧音に掛かる白い毛布の位置を調整しながら、陣内はおもむろに話し始めた。


「さっき俺たち、渡さんに好きにやるって啖呵切っただろ。だから少しでも玲の罪が軽くなるように、あいつがこの子にしたことを思い出して記録していた。今更あいつが逆転無罪になるはずないから、無駄な悪あがきだ。だけど、玲の今までを知っているから変な使命感に燃えてるんだ。悪いな、君を不快にさせてばっかで」


 陣内は眠る寧音を慈しむように見つめ、私に頭を下げる。私がまだ配流玲を憎んでいると思っているのか、陣内も荒牧も居心地が悪そうに肩をすくめる。でもそれは、大きな勘違いだ。今の私は、そんなことを考えていない。


「助手たちに、私は寧音のことになるとすぐに周りが見えなくなるって言われたんです。それで、あなたたちも同じだと思いました。大切な人のためになりふり構っていられなくなる、同じ状況なんじゃないかって。だから私、もう気にしてませんよ。お互い様です」


 自分を客観視出来れば、他の人のことだって冷静に判断出来る。ここに来るまで、タクシーの中でさんざん考えた。誰が何を知って、何を思って、何のために動いていたのか。でもその結論は案外すぐに出て、みんな一緒なんだと思った。自分の大切な人のことしか知らなくて、その人のことを救うために一生懸命になっていた。そうと分かれば、誰にでも噛み付いていた自分がバカらしくなった。


「配流さんは兄のために必死になって、その配流さんのために天王寺(てんのうじ)先生や荒牧先生たち、篭野先生それに貝塚まで必死になった。私だって妹のことばかりになっていたから、そこにとやかく言う権利はありませんよ」


「ですが、愛意さんは被害者側で俺たちは加害者側です。考え方が一緒ってだけで、赦そうとしなくても」


「さすがに、赦そうとはしてませんよ。警察や新希たちが事件の裏取りをして、ちゃんと真実が明かされたら裁判でしっかり争うつもりなんで。でも、感謝しているんです。配流さんと天王寺先生をはじめとして、あなたたち医師が寧音を救ってくれたのは紛れもない事実。妹の命を守ってくれた人を、頭ごなしに否定するのは違うと思って」


 私がきっぱりと断言すれば、不安そうだった荒牧は明らかに晴れやかな顔になった。陣内も安心したのか、張り付けていた笑みが本物になっている。私はその変化についていけず、目をパチクリとさせた。


「愛意さん。ですよね、そうですよね! なんかホッとしました」


「そうだな。急に言ってることが変わったと思ったけど、なるほど。そういうことか」


「何ですか、それ」


 勝手に納得している二人は、私の勘だが失礼なことを考えていた気がする。しかしそこを突っ込むのも面倒なので、自分の心にしまうことにした。顔を綻ばせている二人を眺めつつ室内を改めて見回した私は、一番初めに感じた違和感の正体をようやく掴んだ。


「そういえば、篭野先生は?」


「ああ。法助なら、千歳(ちとせ)教授と玲を探しに行ったみたいだ。俺たちにこの子のこと任せて、走って出て行ったぞ」


 この場に居るべき医師は、実験病棟の二人ではなく担当医の篭野だ。そう思い訊ねてみれば、陣内はさらりととんでもない返答をしてくれた。私は信じられない思いで、陣内を凝視する。


「まあ、そうなるよな。でも赦してやって欲しい。あいつらにとって、急に担当することになった患者より二十年の付き合いがある親友の方が大事なんだ。医者として間違っていると自覚したうえで、法助は俺にこの子のことを頼んだ」


「そう言われると……」


「大丈夫だ。妹は俺たちが元気にする。それが俺と港の目標で、玲の願いだ。約束する」


 そんなふうに言われると、納得してしまうではないか。余裕からくる頼もしい笑みに、私は思わず頷いていた。一歩引いていた荒牧も、陣内と同じ笑い方をしている。事件ばかり追いかけていたときは、この二人のことを信用しきれていなかった。でも今は、この二人を信じられる。


「ありがとうございます」


 二人の医師に礼を言い、私は寧音の穏やかな寝顔を見た。妹の丸い頭を何度も撫で、その度に心が暖かくなる。絶対に、妹は救われる。寧音が起きたときには、私が思いっきり抱きしめてやろうと密かに誓った。


ーーーーー


 我らが社長を見送った俺は、愛用のデスクトップパソコンを立ち上げハッキングツールを開く。その画面を背後から覗き見て俺の目的を察したらしく、新希は興奮で頬を緩めていた。しかし俺たちのやり方を知らない貝塚は、当然と言うべきか無垢な顔で俺たちの様子を窺ってくる。


「あんまり覗かないでください。気が散ります」


「ご、ごめん。何してるのか気になって」


 わざと大きめにため息を吐き注意すると、貝塚は子犬のようにしょぼくれて下がって行った。俺より年上なのだから、もう少し食い下がってくれても良いのにと思いつつ、俺はキーボードを連打する。ハッキングは時間との戦いなのだから、こんな出だしで手をこまねいていてはダメだ。


「今から厚生労働省のサーバーに侵入し、藤條瑠伊のスケジュールを手に入れます。移動時間や会議の合間など、隙間時間に接触できればベストですね」


 画面から目を離さず、キーボードからも手を離さず、俺は背後に向かって声を出した。これからは一緒に行動することになるし、落ち込んでいる人がいるとそれだけで気が滅入るので、俺は貝塚に淡々と説明をする。その間にも、侵入を阻止するプログラムがいくつも起動してしまう。


「さすがは国家。セキュリティも万全。新希、俺一人だと時間かかりそうだからお前も別ルートから探ってくれ」


「分かった。でも、慣れてないから遅くなるよ」


「それで良い。いろんな方向から突けば、必ずどこかに歪みが生じる。だから、俺はそこから一気に叩く」


 新希はノートパソコンで同じハッキングツールを開く。そして俺の選んだものとは別の侵入経路を見つけ、そこにコンピューターウイルスを送り込む。俺は防御プログラムを一つずつ突破してサーバーに侵入する方法を取っているが、新希はウイルスでプログラムを破壊し開いた道から堂々と侵入する。新希にハッキング技術を叩き込んだのは俺だが、こんな杜撰な手を好むとは思ってもみなかった。


「仕込むウイルスは、時間が経ったら完全消滅するようにプログラムしとけよ。足が付いたら困る」


「分かってる。相変わらずだね、明日斗は」


 軽口をたたきながらも、新希は手を止めない。俺も新希を見倣い、防御プログラムを突破するためパスワードを打ち込む。このサーバーに入るのは初めてだが、こういったプログラムのパスワードはパターン化してきているので大体の見当がつく。


「明日斗、僕のウイルスが防御プログラムを無効化した。多分これで入れる」


「ありがと。たしかに……」


 新希の言葉どおり、予測していたプログラムが発動することはなかった。この短時間でここまでの仕事をしておきながら、新希は自分の能力に対する評価が低い。しかし、こんな犯罪行為に自信を持たれても困るので俺から褒めることはない。新希は純粋に、いつも褒めてくれるのだが。


「藤條瑠伊のスケジュール管理は、おそらく秘書の天羽(あもう)ゆりがしているはずだ。そこから抜く」


「明日斗くん、手慣れてるね」


 サーバーから天羽のパソコンの履歴を開き、スケジュールページを確認する。すると案の定、自分のものではなく藤條の予定が入力されていたのでスマホで写真を撮って保存する。俺のこの一連の動作がよほどスムーズに見えたのか、貝塚は興味津々に身を乗り出した。


「ハッキングなんてどこで習うの?」


「父ですかね。俺が勝手に真似してるんですけど」


 貝塚は俺の返答に更に首を傾げたが、それ以上追及してくることはなかった。俺は綺麗に整理されたスケジュール表を見て決行日を決める。社長たち家族のために、この事件は絶対に俺たちだけで解決する。


「明日の午後、会議と実態調査の間に移動時間が設定されている。しかも位置関係を見る限り、それなりに余裕をもっての予定だ。この隙間時間で、藤條瑠伊を捕まえる」


「了解。正面突破で行く?」


「ああ。そもそも、俺たちは配流玲の話を真実と仮定した場合でしか、藤條瑠伊を責められない。物的証拠が何一つとしてないからだ。なら、正面から行くしかない。お前の話術で真相を引き出す」


「そうだね。どうやら頼りにされているらしいので、頑張らさせていただきますよ」


 親友に丸投げするようで申し訳ないが、今のこの状況で俺たちが勝つ手段はこれしかないのだ。証拠がない以上、相手に自白させることでしか真相は明らかにならない。新希一人にすべてを押し付けることはしないが、親友のコミュニケーション能力が鍵となるのは確実だ。


「移動はどうする? スケジュール見たけど、藤條瑠伊は車移動だ。俺たち免許持ってないだろ」


「たしかに。待ち伏せでもする?」


「それなんだけど、実琉(みのる)さんに頼んで車出してもらおうか?」


 貝塚から飛び出した発言の意味を掴みかね、俺たちは目を見開いて彼を振り返った。しかし当の本人は困ったように眉尻を下げ、それから優しく微笑んだ。


「僕も役に立ちたいんだ。二人と、思いは同じだと思うから」


 俺には、貝塚の声が寂しそうに聞こえた。そしていつの間にか、彼の提案に頷き頭を下げていた。


ーーーーー


 嫌な予感がする。ただそれだけ、漠然とした理由。だけど、全身に鳥肌が立ち真夏だというのに寒気が止まらない。鏡で自分の顔を見てみたが、青なのか白なのかよく分からない色をしていた。だからなのか、今日の実態調査には行けないかもしれないと伝えたとき、秘書の天羽は何も言わずに頷いた。


「何だろう……?」


 今日はもう、半分ほどが過ぎた。それでも、嫌な予感は僕の身体にまとわりついてくる。怯える原因が分からない。それが、今の僕にとっての一番の恐怖かもしれない。


 僕は自分で自分のことを、肝っ玉の据わった男だと評価している。怖いもの知らずとも言う。自分より立場が上の人間にも物怖じせずに発言をするので、周りの役人から信頼を勝ち取ってこれた。自分が正しいと思えないときでも、僕は堂々と胸を張れる。


 でもそれは相手が目の前にいるからで、僕の言動による相手の反応が見れるからで、得体のしれないものに対しては平常心でなんかいられない。僕はセンチュリーの後部座席に沈み、腕を組むふりをして体を抱きしめる。気休めでも良いから、自分を安心させたかった。なのに震える手で震える体に触れたせいで、余計に不安を掻き立ててしまう。自分で自分を追い詰めているようにしか思えない。


「すみません。早めに着いておきたいので、高速を使っていただいても良いですか? 差分は私からお支払いいたします」


 なんとなく、運転手やボディーガードのいる空間に息が詰まった。どこでも良いから一人になりたくて、僕は運転手に理由も伝えずお願いをする。完全に予想外のわがままなのに、壮年の彼は黙ってナビを入れてくれた。新しいルートに従い彼がハンドルを右にきる。


 その瞬間、リアガラスから見えた景色に僕は目を見開いた。僕たちの後ろを走っていたバンが、慌てたように車体を右に傾けた。それだけなら、ただ運転に不慣れな人なのだと思う。だが思い返せば、僕が先ほど会議所から出てきたとき、既にこのバンはあった。ずっとこのセンチュリーの後ろを、走っていた。


 つけられている。僕の直感が警告音を鳴らす。昔から、こういうことは多々あった。厚生労働大臣の父から何か情報を掴めないかと、歩いていようが車に乗っていようが不躾な奴らに追いかけ回された。あのときと同じ感覚が、僕の背中を走る。間違いない。僕が狙いだ。


 まかなければ。適当な理由をつけて、裏道などに入ってもらわなければ。僕はリアガラスに背を向けゆっくりと深呼吸する。心拍数が上昇し耳の奥がバクバクとうるさい。だけど、センチュリーは自慢の静かな走りでなめらかに高速へと入ろうとする。そのときの、一秒未満の止まる瞬間。バーに走行を阻まれるそのタイミングで、僕は背後を振り返った。


 そして、安堵した。バンは走っていなかった。ガードレールに車体を寄せて止まっている。もしかしたらまた走り出すかもしれないが、高速に乗ってしまえば僕らの勝ちだ。思う存分スピードを出せるこの道で、出遅れたものは絶対に追いつけない。


 そう慢心して、油断してしまった。高速で流れる景色に目をやった僕は、背後から近付くバイクのエンジン音を聞き逃していた。


ーーーーー


 ETCを通過し、小さくなっていく車を見つめる。そんなくだらないことしか出来ない自分に、だんだんと腹が立ってきた。


「すみません。俺の確認不足です。昨日ロケハンに行ったばかりだというのに」


「いえ。俺たちこそ、お仕事が忙しいのに急に頼んでしまい申し訳ございません。協力していただき、ありがとうございます」


 バンの運転手を頼まれてくれた寺島(てらしま)実琉は、顔を青ざめさせ背中を丸めた。助手席に座る明日斗も、冷や汗をかきながら実琉に謝罪と感謝を繰り返している。後部座席の僕と新希はどうすることも出来ず、バンを降りて黒い車体を恨めしく見送った。僕も新希も未練しかないのだが、ガソリンの尽きたバンではこれ以上の追跡は不可能だ。大人しく諦めるしかない。


「実琉さんも明日斗も悪くないよ」


 悔しさを漂わせる二人に、新希は優しく声をかける。僕も口には出さず、その言葉に同意した。そうだ、誰も悪くない。ほとんどが、僕の責任だ。


 実琉が忙しいことは百も承知だった。実琉はマネジャー業だけでなく、会社の事務や雑務までこなしている。今日だって二泊三日のロケハン明けの、貴重な休みだったのだ。それなのに、僕の頼みに二つ返事をしてくれた。疲労が溜まった深夜二時に、ガソリンの残量に気を回せる人間なんていないだろう。そのくらい疲れていたのに、僕の頼みだからと言って笑顔で引き受けてくれた。


 でも僕は、何もしていない。昨日は、高校生二人が情報を引き出す隣で棒立ちをしていた。その無力感を払拭するために、事件とは何の関係もない自分のマネージャーを利用した。お願いするだけしてほったらかして、そこでも僕は何もしなかった。


 そのせいで、千載一遇のチャンスを逃した。全員で掲げた目標を、叶わぬものにしてしまった。巻き込まれただけの実琉に、深い罪悪感を抱かせてしまった。この一日の僕の行動のせいで、すべてが悪い方向に転がった。僕のせいでしかない。


「ごめん。完全に僕のせいだ。本当にごめん」


 レッカーの手配を済ませ降車した二人に、僕は深く頭を下げる。こんなことをしても許されないとは分かっているが、それでも謝りたかった。実琉にも明日斗にも、自分を責めないでもらいたかった。僕のせいだと、分かって欲しかった。


「璃王さん……」


 実琉が僕に何かを言いかける。だけどその言葉が終わるよりも先に、僕たちの隣に一台のバイクが停まった。呆気にとられる僕たち四人が見つめる中、ライダーは何食わぬ顔でヘルメットを外した。


「大丈夫? あなたたち」


 ここ一カ月で聞き慣れた優しい声と、見慣れた優しい笑顔。天王寺友加(ゆうか)は、バイクに跨ったまま僕たちに優しく微笑んだ。


「友加先生! どうしてここに?」


「あなたたちと同じよ。瑠伊さんを追ってる」


 僕たちから逸らされた友加の目は、センチュリーが消えた先を睨んでいる。その目線の鋭さに、彼女の思いの強さがくっきりと表れていた。友加も終わらせたいのだ。この事件に、区切りをつけたいのだ。


「彼に何かされた? 急に止まったけど」


「あ、いえ。僕のせいなんで、彼は関係ありません」


「璃王くんのせい? そっか。てっきり、瑠伊さんがタイヤに発砲してパンクさせたのかと」


「え? いやいや。発砲って……」


 悪い冗談はやめて欲しいと抗議しようとしたが、友加は至って真面目な顔をしていた。でも、口角が僅かに上がっているので冗談ではあるのだろう。やろうと思えば、実現出来てしまうレベルの冗談だというだけで。


「瑠伊さん、射撃上手なんだよ。玲が言ってた」


 目線を変えないまま、友加は懐かしむように笑った。そしてゆっくりと目を閉じ、そのあどけない顔から表情を消す。それから開いた瞳は、息を呑むほどに険しかった。


「あとは私に任せて」


 今まで友加から聞いたことのない、固い声音。それに返事をしようとしても、適切な言葉が思い浮かばない。


 お願いします。信じてます。頑張ってください。浮かんだ言葉を片っ端から否定していく。


 こんなことを言ったって、何にもならない。そもそも、言葉をかけるべき場面なのだろうか。ぐるぐると考え込んでは、答えに辿り着けない。


「璃王くん」


 思考の海に溺れていた僕を、友加の声が現実に引き上げる。慌てて僕は顔を上げたが、ヘルメットに遮られ友加の表情は見えなかった。


「玲のために、ここまでしてくれてありがとう。でもね、あなたがあなたらしく輝ける場所を失うのは、玲だって嫌だよ」


 それだけ言い残して、友加はバイクを発進させた。ETCを通り過ぎた彼女もまた、僕たちからは見えなくなる。完全に言い逃げされた。


 友加はどんな気持ちで、どんな顔で、さっきの発言をしたのだろう。僕の役割はここまでだと、終止符を打たれたように感じたが、この受け取り方は間違っていないだろうか。発言の意図は、真意は、何なのだろう。


「友加先生」


 彼女に伝えたいことも訊きたいこともたくさんで、僕はただその名前を呼ぶだけで精一杯だった。

読んでいただきありがとうございます!

次回も楽しみにしてくださると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。