初めての魔法
「向こうでは結婚指輪で見分けたりしますけど、でも第二夫人とかはそれでは分かりませんね」
「そういうことだな。こちらにも結婚指輪はあるが、あまり薬指に拘る理由がなくてね。昔は結婚指輪といえば薬指だったらしいが、近年は自由に付けるから、アクセサリーなのか結婚指輪なのか見分けが不可能だ。それも鑑定マナーによって生まれた文化なのだろうね」
甘いコーヒーを飲み干したハイドロイドが、身を乗り出した。眩い顔面がイザークに近づく。
「そろそろ試してみようか。全てが身につくとは限らないだろうが、時間をかければイザークならどれも取得出来る可能性が高いだろう」
ひらりと置かれた紙はB5サイズ。
羊皮紙ではなく、植物紙のようだ。
「手を置いてごらん、魔力を込めて」
言われた通りにしてみると、頭の中にするすると術式が入り込んでくる。
数式を理解したというより、漢字の読み方を理解するような難易度だった。
体が光ったり、何かに包まれたりはしなかったが、イザークは確かにやり方を理解した。
「では、試しに私を鑑定してごらん」
「はい」
魔力を込めて鑑定を使う――例えるなら歩いていた道で、落ちていた石をどの位の歩幅で跨ぐか判断する感じ――術式の発動と魔法陣はすんなりと展開した。
ハイドロイド・トッティーモエランディール。鬼神族。公爵家跡取り。120歳。未婚。
読み取れた情報に、イザークは魔法成功より驚きが勝った。
「ハイドロイド様……120歳なんですね……」
「何歳に見えてたかな?」
「22くらいかと……」
外見年齢はそんなものだろうね、とこともなげに言ったハイドロイドは、マドレーヌを摘んだ。
ちらりとアベルを見ると、すました顔で行儀よく佇んで居る。
「それより、イザーク、自分を鑑定して見られてもいい情報と隠したい情報を整理しなさい。今の君は……なんというか、丸出しの状況だ」
「えっ」
自分に向けて鑑定をしてみる。ゲームのステータス表示のように、自分の詳細なデータが長々と羅列された。身長体重、家族構成や好物や苦手な食べ物や物がビッシリと並ぶ。
――苦手なもの、実の家族。
その一文は、自分では認識していなかった事実だった。
隠したい情報と、ハイドロイドが表記している情報と同じものを区別するのはささやかなコントロールで済んだ。
「こんなにすんなりと取得できるのでしたら、アストリッド国の水も、もう飲めるのではないでしょうか?」
アベルの発言に、ハイドロイドとヒューは頷きあった。
「魔物肉も、ベーコンなどの小さなものなら食べれるかもしれないね」
「キッチンに行ってまいります!」
ライムグリーンのくせ毛は笑顔でキッチンに向かう。
「この鑑定は初級だ。挨拶では初級以外は非礼だからね。初級だと隠された情報までは読まれない。あとは魔物の名前や素材の善し悪し、ポーションの見分けくらいは容易だ。レベルの高い鑑定は、魔術師や錬金術師なんかの仕事用だね」
続けて、ヒューが身体強化の魔法陣を広げた。
「身体強化に関しては、定常的なものだ。初級中級などはない。私なんかは仕事中はかけっぱなしで帰宅して解除してる――家を壊したくないからね――掛けてる間は魔力が流れっぱなしになるから、イザークは少しずつ長い時間に慣れてくれ。バルフカークの部屋の前を通る時は、身体強化をかけられるように。イザークが爆風で吹き飛んだら困るからね」
「吹き飛ぶ?」
物騒なワードが躍り出たが、ハイドロイドもヒューも何の不思議もない様子だ。
「バルフカークは次男だ。最後のアホの兄弟の一人で、自称錬金術師なんだ。大体調剤でしくじってほとんどが爆発する――回復薬生成のスキルに頼らないで自作するからだが、何故か必ずのように爆発して失敗するんだよ」
「特に破壊音は聞こえませんけど」
「あいつだけ別の階なんだ、完全防音の部屋に二重扉なんだが、それでも吹き飛ばす時がある。おかげでバルフカークの部屋周りだけ、廊下や壁は特別素材でね」
まるで合いの手のように、上の階でドンと鈍い音がした。
「ま、こういう感じだね」