1-15 記憶魔法と古き本
「道は、僕の中にある……」
ライトは、ヨルのその言葉を口に出して反芻する。
「――ッ!!」
引っ掛かりが、疑問へと変わり、そして即座に光明へと変わる。
無理難題への道が、一気に広がった気がした。
「……成程、そう言うことですか」
ライトは、一人納得し、思考の奥から引っ張り出す、在る魔法を。
「ヨルは、ここまで読んでいたのでいたのでしょうか……」
(本当に、貴方がその心底で何を思い、何を考えているのか、分かりませんよ)
いつの間にか結界の端に移動し、いつの間にか取り出したであろうクッキーを齧りながら怪物を見ているヨルを見ながら、ライトは思考を巡らす。
(けど、今は掌の上で転がされてあげますよ。貴方の思うままに)
「だって――」
ライトにとっては、ヨルに掌で転がされようと、利用されていようと何の問題も無い。
何故なら、
「――何だかんだ、僕はヨルのこと大好きですしね」
そんなもの気にならない程の好意があるからだ。
ライト自身もその異常なまでの好意に理由は、完全に理解していないようだが、まあそれでもいいと今は判断しているようである。
しかし、ライトは好きな相手の些細な変化には、余り気付けないようだ。
ヨルの耳に朱が差していることに気付いていない、まあライトとヨルの距離は、そこそこあるので仕方ないとも言えるが、ライトの頗る目が良い為、仕方ないの範囲外だろう。
「……さて、切り替えて……やりますか」
切り替えと共に集中し、左の手に黒い魔法陣を形成する。
そして、右の手を額に当てた。
《黒剛彩王-虚の理-偽詐術策-聡明》
―――超級記憶魔法:メモリーダイブ
魔法陣が霧散し、視界が切り替わると水中に居る様な浮遊感が、ライトを襲う。
ライトは、ヨルの言葉「道はお主の中にある」を初めに聞いた時は、結局の処考えた末の答えはお前の脳内にしかない、さっさと自分で考えろという意味で捉えた。
だが、もう一度聞いた時に、全く別の意味が浮かんだのだ。
ヨルは修行の最中は、直接的な言い方を避け、ライト自身に考えさせ成長させるようにしている。
それは、当然ライトも理解しており、今回もこれまでの例に漏れないのでは?というか絶対そうだ!と思い至ったのである。
そうして導き出されたヨルの言葉の真意は「道はお主の記憶にある」というもの。
その結論に至った理由なのだが、ラビルに来る丁度前日に教えられたのだ、記憶の魔法を。
超級記憶魔法:メモリーダイブ、がその魔法なのだが、効果は、魔法発動時に触れている対象の記憶に、自身の意識を送り、自由にその記憶を覗ける、てな感じ。
「此処が、僕の記憶の中ですか……何か暗いですね。我ながら暗い記憶ばかりの自信は、ありますけど」
立っている訳ではないが、浮いていると言われるとそれはそれで違うような、確かにそこに留まれるが、直ぐに上下にも動ける。
そんな不思議な感覚の中、周囲を見渡す。辺りは仄暗く、遠くは全く見えない。
けれども下がとても深いということは、何故か理解できた。
ライトは、ヨルから魔法の概要は既に聞いている為、しっかりと自分に触れてから魔法の発動をした。
故に、今居るのが自分の記憶の中だということも理解している。
「じゃあ、下へ行きますか、僕の中に道はあるらしいので」
ゆっくりと、潜るようにライトは下りて行く。すると、周囲に奇妙な物が現れ始めた。
暗い中で目立つ、薄く白く発光する球体たちだ。
ライトは、現れたそれらの一つに触れた。その瞬間、光球が弾ける。
「――っ!……成程、そういう仕組みですか」
ライトの手に握られているのは、一本の黒い矢、それと同時に頭の中にイメージが流れて来る。
それは、つい半日前のこと、〈アニマリー〉の少女達との会話だった。
黒い矢を空中に置くように手放すと、矢は光球へと戻った。
ニヤリと笑みを浮かべ、ライトは、下に行くにつれ数が増えて行っている光球たちを見る。
「多いですけど……仕方ないです……」
浮かべた笑みが若干引き攣り気味だったのは、見間違いではないだろう。
◆◇◆
手放した本が光球へと変わる。
「『ディザーリの牙城』懐かしかったです……つい、読んでしまいました」
ライトの体感では、既に一日程過ぎたが、未だ目的のものは手に入れられていない。
今手放した本は、まだライトが幼い頃、白魔の村に居た時代に読んでいた本である。
『ディザーリの牙城』という自叙伝だ。この本は、三代目白魔の王にして歴史上三人目の黒魔、ディザーリ・ミドガルズが書いた本だ、といっても複製品だが。原本は、白魔最大の都市に保管されている。
一緒に流れて来たのは、姉に本を読むことを馬鹿にされていた記憶。
あまり面白くない記憶ではあるが、ライトは既に割り切っている為、然程気にしていない。
「姉さん、元気してるでしょうかねぇ……あの性格で生きていけているか不安です。多少丸くなってると良い……いや、そのままでもいいですね。あの傲慢と自信に満ち溢れた顔を叩き潰すのは、最高に面白そうですし」
酷く歪み、意地の悪い笑みを浮かべるライトは、次の光球へと手を伸ばす。
それは、
「これは……この小瓶は……ヨルに盛られた薬ですね」
ラベルに"蝮"と描かれた手に納まるくらいの小瓶に変わった。
儀式を称して、というか実際に儀式ではあったのだが、ライトが初めてヨルに食べられる前に飲まされた薬だ。(P-10 お礼の癒し、会得の儀式(意味深)を参照ください)
流れてくる記憶は当然、ヨルに押し倒された場面である。
「でも、変ですね……この深さじゃもう……いや、そうじゃないのか?」
ライトは、一日探索した結果から、深ければ深い程、記憶物(光球が変化した物のこと、命名ライト)事態も古く、共に流れてくる記憶も古くなる法則があることを知っている。
それが今の小瓶は、その法則を覆し割と最近めの(といっても一年前だが)物だ。
そこからライトは、この記憶物らには、もう一つ別の法則があるのではないかと考えた。
「深ければ深い程古くなる法則もあるけど、もう一つ、印象深い物・事柄も深い位置に存在するのかも……」
推測の理由は、まだライトは自身の記憶に入ってからイグニティを見ていないからである。
武器としての相棒であるイグニティは、割と最近の出会いなのにまだ現れていない。
それは、最初に考えた法則に当てはまっていない、そこから広げてライトは別の法則があると推測した。
あの薬が、ヨルとの出会いや初体験に合わせて中々記憶に残っていたというのも推測の要因ではある。
「……新しい法則も予測出来たところで、更に下へ行きますか」
更に、ライトの体感で一日が経った。
目的の物は、まだ見つからない。
ライトは、手に持つナイフを放り投げる。それは直ぐに光球へと変わり暗い記憶の中を浮かび留まる。
「はぁ……本当にあるんですかね?」
最早ライトは、ヨルの言葉に疑問を抱き始めていた。いや、そこから考えた自分の結論にだ。
燻る思考の中で、また新たな光球を触れる。
「イグニティ!!……目的の物ではありませんが、有難い情報です。イグニティ程印象に残っている物があるとこまで、来ているってことですから」
ライトの手には、銀河のような刀身の相棒たる剣が手に握られていた。
流れてきたのは、複数の記憶、主に戦闘に使った時の記憶ばかりであった、武器なのだから当然ともいえる。
「では、次のに行きますか」
すぐさまイグニティを手放し、新たな光球に触れる。
それは、
「――ッ!!!!」
一冊の本へと変わった。
ライトの顔が驚嘆に染まり、本を凝視している。
「これは……『黒き王と大蛇』……何で、今まで忘れていたんでしょうか……」
思わずと言った感じで、ライトは言葉を漏らす。流れ入り蘇る記憶と共に、無意識に本を開く。
口は、綺麗な弧を描いており、その瞳は輝きに満ちていた。
「僕という存在の始まり、他とは違うこの本が僕は大好きだったんですよね……」
『黒き王と大蛇』は、初代白魔の王にして始まりの黒魔、イオルム・ミドガルズの伝記だ。
『ディザーリの牙城』もそうだが、黒魔に関連した本は結構あったりする。
それらの中でこの『黒き王と大蛇』という本は、かなり知られている。しかし、あまり人気が無い。
白魔は、戦闘に生きる種族、この本にはその戦闘が、血生臭さが欠けているから人気が無いのだ。
内容は、
「始まりの王イオルムは、ある時、国を喰らうと言われる蛇の話を聞き、その蛇が出たという壊滅した国に赴く。そこで、イオルムは出会う……"八つの頭を持つ蛇"に」
敵が現れたと思った蛇は、イオルムに攻撃を仕掛け、当然イオルムはそれに応戦する。
辺りを焦土と化したその戦いは三日三晩続く、しかし決着がつかなかった。
そして、疲弊し切ったイオルムは蛇に対話を求めた。同じく疲労していた所為か蛇はそれに応じ、会話が行われる。
「蛇は、その異形故に同族から除け者にされ、荒れていたのだと言う。蛇の言葉に、かつての自分を重ねたイオルムは、蛇と友になることにした。蛇はそれに応え、双方は代えがたい親友となる」
その後は、イオルムと蛇による治世が書かれている。大体の内容は、分かっただろうか?
この本に人気が無い理由は、蛇を殺さなかったからだ。白魔ならば一度本気で戦えば、必ず雌雄を決っせよ、という感じの古く固い考えがあるので、仕方ない。
しかし、そんな考えが皆無のライトは、この本が大好きだった。
「戦いでは無く、手を取り合ったイオルムと蛇――八岐大蛇が、本当に好きだったんですよね……」
ライトは、戦いを誇りに思う、白魔の信念は好きだ。だが、強さだけを求め、他を見下し、心も無く、頭も使えない白魔は嫌いだ。
誇りを大切にするのは良い、しかし、それよりも大切にすべきものは確かに存在する。それを認めない者達が嫌で仕方ないのである。
いや、無能であった自分を捨てた者達が、ただ単に憎いだけかもしれないが。
「はぁ……懐かしい……ん?八岐大蛇……これだっ!!」
懐かしさに浸っていたライトは、引っ掛かりを覚えると同時に、目的の物が目の前にあることを理解した。
「八つの頭を持つ大蛇、正に蛇王蛇法にピッタリです!!……ヨルは、この本のこと、そしてそれを僕が読んでいたことを知っていたのでしょうか……」
ライトの記憶に、この本の情報があることを知っていなければ、あのヒントのような言葉は言わないだろう。
だが、他人の記憶を覗けるような術をライトは知らなかった為に、ヨルがどうやって自身の記憶を調べたのか分からなかった。
灯台下暗しとは、正にこのこと。ライトは、今の行動、自身が何の魔法を使い、何をしているか忘れている。というか、作業として捉えているからか、気付けていない。それにさえ気づけば、すぐに理解できるというのに。
「まあ、分からないものは仕方が無いです。さっさと此処から戻って、新たな術を完成させましょう」
本を手にしたまま、ライトは落ち着き、自分という存在を意識する。
「確かキーは、フローアップ、でしたっけ――うわっ?」
辺りが光に包まれ、ライトの意識が途切れた。
◆投稿
次の投稿は、9/6(火)です。
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◆技解説
魔法技録
超級記憶魔法:メモリーダイブ 触れた対象の記憶に自身の意識を送り自由に対象の記憶を覗く 意識だけを送っている為使用中は体が無防備
◆蛇足
語り部「蛇王のことも本に残っていたりするのか?」
蛇の王「当然じゃな!我、伝説じゃからのう!」
語り部「でさ、気になったんだけど、蛇王はいつの古の~とか言うじゃん」
蛇の王「そうじゃな、我古から生きとるし」
語り部「それって具体的にどれくらい前なんだ?」
蛇の王「う~む、少なくとも数百の文明が誕生と崩壊を繰り返したのう」
語り部「馬鹿みたいに昔だと、まあそこら辺の本格解説は追々かね」
蛇の王「ミルフィリアの歴史は、かなり長いから仕方ないのじゃ!」




