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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
十二 失わなかったもの
89/96

12ー6

 





 勉強して、勉強して、勉強する。

 出張任務成分が消えた生活は、酷使しすぎた頭から煙が出そうだった。


 これって、仕事か?

 仕事なら休みがもらえるはずなのに、休みがない。


 朝起きて、学院で講義を受けて、休み時間はロキュスと勉強して、本部に戻ってきて勉強をして、寝る生活だ。

 出張がなくなったせいで、待機当番中も総隊長の執務室で勉強をしている。


 学院での講義。

 貴族社会における決まりごとと、周辺国家も合わせた大陸の歴史。

 実働隊の規則規範。

 特使になるための国家資格の勉強。

 大雑把に分けただけでこれだけ学ぶことがある。


 学ぶことが多すぎて、全部ぐっちゃぐちゃに混ざってる気がする。

 本を読むのは嫌いじゃないけれど、訳がわからないことをひたすら詰め込むのは、本当に辛い。

 魔術の本や論文なら、目の前に山と積まれても苦痛じゃないのに。




「ヨー君、今から建国からの流れを簡単におさらい試験するよ」

「……」

「返事は?」

「……試験は、受けないとダメなのか?」

「もちろんだよ、当たり前だろう?」

「本当に?」

「ヨー君、君は自分の立場が分かっているのかい?」

「わ、分かってる、分かってるよ!」

「それならいいよ、はい、始めて」

「……」


 逆らえない光を目に灯しながら、日毎に嫌悪の対象になりつつある試験用紙を取り出したのはロキュス。

 なんか、日に日に話し方とか雰囲気が、怖い時のヴュルフさんに似てきているような?


 ヴュルフさんに雇われたって、なんの冗談かと思っていたら、本当だった。

 ロキュスの父親はホーチュメディング地主男爵家に護衛として仕える戦闘魔術士らしく、跡を継ぐべく子供の頃から歴史や作法について叩き込まれてきたらしい。

 ホーチュメディング……もちろん知らない。

 残念ながら本人に魔術の素養がなくて、戦闘魔術士になれないことで腐っていたと言うが、オレに知識を詰め込むのに適任と抜擢されて、クショフレール家の家臣(見習い)になったらしい。


 今までの行動を見ていると、特に作法とか全部無駄になってないか?と思ったが、やる気になったロキュスは別人だった。

 言動がビシッと引き締まって、イケメン顔のせいで怖いほど逆らえない冷徹な雰囲気になる。

 動きそのものが、いきなり洗練された貴族っぽい感じになる。

 水面を優雅に泳ぐ白鳥でも見てるような感じがして、普段のじたばたっぷりを知っていると、本当にロキュスか?としか思えない。


 今までの行いが演技だったのか?と思うような別人っぷりには、アルナウトとクサンデルも驚いていた。

 フロールが驚いていないあたりが、何もかもお見通しなのかよ!?と怖くなる。


 ロキュス曰く、仕事中はスイッチが入る、らしい。

 クサンデルやフロールに言わせると、戦っている時のオレもスイッチが入っているらしい。


 自覚はないけれど、たしかに戦闘中の感情を平坦に保つ感覚とか、切り替えてはいるかもしれない。

 学院の時はものすごく怖かった、って今になって言われても、どうしようもない。


 それはそうとして、地主男爵家の人たちってしたたかすぎて怖い、と思った。

 さすが、この国の根幹を支える人たちだな……って。




  ◆




 友人たちとの関係は変な方向に変わってしまったけれど、オレの学院での生活は平穏に戻った。

 勉強漬けの日々が平穏だと言えるのなら、だが。


 四人がオレの友人で、オレを利用する奴らは近づかせない、と公言したせいなのか、貴族っぽい学院生に絡まれることはなかった。

 自己紹介に自称〝庶民の〟とつける奴らには話しかけられるけれど、挨拶や助けられた礼をされるだけで次に繋がることはない。


 実働隊本部では、相変わらず総隊長の部屋で缶詰にされているけれど、ヴュルフさんの手が空いている時なら、という条件で統括部隊部隊長の執務室への入室も許可が出た。


 勉強をするなら、落ち着く環境の方がいい。

 いつ筋肉を躍動させ始めるかわからない総隊長の近くにいるのは、すごく疲れる。

 しかも、総隊長に規則について納得できない部分について聞いたら、そのまま覚えろ、ってなんの役にも立たない助言をくれるので困っている。

 ヴュルフさんは、その規則が必要な前提条件から教えてくれるのに!


 納得しなくても覚えられるけれど、理解は必要だな、と思う。

 魔術と同じように。

 魔素結集魔法については教師役がいないので、理解しようがないけれど。


 シライソンキが表に出てくることもないまま、芽月も終わりに近づいている。

 出張任務がなくなったせいで、今までで一番学院生らしい生活になっているんじゃないだろうか。


 朝夕の個人鍛錬だけは欠かしていないけれど、実戦がないと腕が落ちそうだ。

 そんなことを思いながら、息抜きにやって来た屋外鍛錬場で魔素結集魔法を唱える。



×××××××(ウァ——ォ—ィ———)×××××××(ィ—ェ—ィ—ゥ———)×××××××(——ィ———————)×××××××(————ゥ———ェ—)××(ィ—)



 大気中の魔素を魔力へ変えて、その魔力で謎の魔法を発動する。

 多分、そうだと思う魔素結集魔法だ。


 オレが暇つぶしと鍛錬を兼ねて屋外鍛錬場の魔素を減らしているせいなのか、統括部隊所属で本部内の建屋や備品の整備を担当している隊員にお礼を言われた。

 魔術具で魔素を減らすのは時間がかかるらしいし、魔術具の損耗が激しいので、予算的にも助かるらしい。


 一度、魔術具で魔素をどうやって減らしているのか、見せてもらえないだろうか。

 おそらく循環特化型魔術の術式が刻まれているので解析は無理だろうけれど、仕組みを知りたい。

 魔法のように直接魔素を魔力に変えることができるのか、何かを触媒に反応させているのか、少し考えるだけでワクワクする。

 今の生活だと忙しすぎて無理かな。

 

「部隊長、失礼致します。

 お受けになる国家資格試験の詳細をお伝えに来ました」

「……」


 ニュマンはどうやらオレを探していたらしいが、そんな報告は聞きたくなかった。

 わざわざ屋外鍛錬場に息抜きに来ていたのに。


「そんな顔しないでください」

「すまん」


 試験と聞くだけで、無意識に嫌そうな顔をするようになっているらしい。

 勉強も試験も、もううんざりだっ!!


「試験の日程は花月の十二日、緑の日と決まっていまして、部隊長の申し込みが期限をはるかに過ぎていましたので、不合格の場合は苦言を呈される可能性があります」


 それってオレのせいじゃないんだけど。

 資格を取れって言われた時点で、残りは一巡りもなかったじゃないか。


「不合格はまずいってことか?」

「はい」

「……そういう試験は普通どれくらいの期間、試験勉強が必要なのか教えてほしい」

「詳しくは知りませんが、数年単位ではないかと」


 ちょっと待て、もう半巡りもないぞ!

 しかも勉強を始めて一巡りもしない内に試験って、どう考えても無理だろう!?

 これで合格するのなんて天才くらいしかいないだろうに、オレにどうしろってんだよ!


「……」

「あの、部隊長?大丈夫ですか?」

「……もうやだ、やってられるか!」

「え、部隊長、どこに行かれるんですか?

 部隊長!?」


 まだストラックヮダーニオにボコボコにされる方が辛くない。

 体の痛みや疲れを癒すには休めばいい、でもこの状態はどうしようもない。

 勉強漬けだけでもしんどいのに、絶対合格しないといけない?

 必要だと渡された十冊近い本を読み終わってもいないのに、どうやって合格しろって言うんだよ。


 これまでも無理難題を押し付けられて、やれと言われて来たけれど、今回だけは無理!

 絶対無理!!

 もう知らないからな!


 身体強化をしてニュマンを振り切り、勤務を放棄して本部の外に出たものの、これからどうしようか、と悩むしかなかった。



 

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