12ー4
なんか無駄に疲れた、と思っていると、ふと眼の前に誰かが近づいてきたのを感じる。
もう昼休みは終わりに近い。
校庭で遊ぶのは無理だ。
オレの貴重な休み時間が無くなった、悲しい。
「失礼します、ヨドクス・ギュエスト様」
「休息中に申し訳ありません」
「ロキュス、アルナウト?」
今までに見たことがないほど真剣な顔をした、ロキュスとアルナウトがそこには立っていた。
さっきまでとは違う意味で、周囲の雰囲気が張り詰めている。
とうの昔に昼食の時間は終わっているはずなのに、なぜか食堂にいる学院生たちがこちらを見ている。
見世物じゃないぞ!って今更言っても説得力がないんだろうな。
ああ、隊長だってことを隠していた頃の生活が懐かしい。
注目も特別扱いもいらないから、放っておいてもらえないだろうか。
やらないといけない仕事だけして、静かに暮らしていきたい。
「ごめん」
「ごめん」
「……なにが?」
二人の口からほとんど同時に飛び出た言葉に、思わず内心そのままを答えてしまう。
ロキュスとアルナウトに、謝られるようなことをされた覚えがない。
むしろオレの方が、竜種の王都襲撃の時に巻き込んでしまったことを謝るべきだと思っている。
あの時は学院生や教職員を巻き込まないと、竜種を学院におびき寄せることはできなかった、それは間違いない。
それでも、ラウテルさんの言った通り、避難先は外が見えにくい講堂でもよかったかもしれない。
竜種の首を掻っ切るところを見られないように、食堂と校庭の間に壁を作っておくべきだったかもしれない。
復学してからアルナウトやロキュス、級友たちに避けられているのは、きっと目の前で竜種の駆除を見せてしまったからだろう。
普通の学院の生徒にとって、魔物の駆除光景は日常ではないって知っていたのに、あの時は周囲への配慮が必要だと全く思いつかなかった。
オレがもっと目端が利いていれば、怖い思いをさせずに済んだかもしれない。
今、学院でオレが避けられているのは、オレが愚かだからだ。
責任転嫁をするつもりはない。
向けられる視線と、クサンデルとフロールに負担をかけるのが辛くても、逃げだすことはできない。
あの事件のあと、今日に至るまで、竜種の暴走だけでなく魔物の暴走すらも報告されていない。
統括部隊の魔物を観測している部隊からも、王都の周辺から魔物が消えていると報告が上がっている。
つまり、これまでに頻発していた魔物の暴走は、すべて教師たちが仕組んでいた、という考え方ができるわけだ。
黒の精霊は魔物を操れるのかもしれない、という事実を、オレはどう受け止めればいいんだろう。
あの教師たちが、いつまでも大人しくしているわけがない。
完璧は目指さなくていいが、完成を常に追え。
自分で掲げていたそれを、有言実行していたアンヌンツィアータが、一度の敗走くらいで諦めるとは思えない。
オレ自身はシライソンキと意思疎通をしていないので、与えられた記憶から推測するしかないとしても、黒い精霊は過激派だと自分たちで言うだけあり、遠くから状況を見守るなんて選択を選ぶことはないだろう。
オレの新しい肩書き〝白い精霊の宿主?〟がどんな意味を持っていて、どれだけの影響力を持っているかは、まだ手付かずで全く理解していないが、スロースが言うように一国の主席と同じだけの扱いを受けるとしたら、それは怖いことだと思う。
正しい知識をつけて今後の身の振り方を考えろ、と示してくれている総隊長の態度を理解している。
……オレに、あの教師たちを止めることができるんだろうか。
世界の命運とか預かるつもりなんてないのに。
「貴方の真実を広める手伝いをさせて頂きたい」
「わたしは貴族関連の慣習も大陸史も知っている、役に立たせてほしい」
アルナウトとロキュスの言葉を受けて、思わず二人の顔をまじまじと見てしまう。
話し方が堅苦しいだけならともかく、そんな提案をしてくるような奴らじゃないのに、と。
まさか、誰かに利用、もしくは懐柔されているのか?
あの事件以来、オレを避けていたのは、気味が悪いからだろう?
髪や瞳の色が変わっただけでも気持ち悪いのに、オレの中に精霊とか呼ばれている存在が入ってるから。
正直なことを言うと、オレにも分からないんだ。
髪と瞳の色が変わった以外は何も実感がない。
おっさんの連日の精密検査の結果では、体内の異常な魔力量以外は人と変わらないらしいけれど、本当に他は変わっていないのか調べようがない。
オレの他に白の精霊を受け入れている者がいれば、聞くことができるんだろうか。
髪と瞳の色が変わっただけで、周りの態度がここまで変わってしまった。
いや、オレがヨドクス・ギュエストだってことを隠していたからか?
平穏な学院生活を望んでいただけなのに、今のオレにはそれを取り戻すことができない。
「悪いが——」
「頼む!力になりたいんだ!」
「わたしたちにできることは少ないだろうが、側に置いてほしい」
「え?」
「助けてもらうだけなんて、ありえない」
「その通り、何かできるはずだ、役に立てることがあるはずなんだ!」
なんで、だ。
「……役に立ってくれなくていい、友人だろう?」
二人の顔が見れないまま、絞り出した声は震えている。
怖くて。
フェランデリング学院に通うようになってから、オレはすごく欲張りになった。
与えられたもの以上を求めても無駄だと知っていたから、何を失っても辛くないと思っていたし、自分に言い聞かせてきた。
それなのに、今は手に入れたものを手放したくない。
二人の背後にいるかもしれない誰かに利用される可能性を思っても、楽しかった時間を思い出すと胸が苦しい。
オレがただの孤児だったら、きっとフェランデリング学院に通うこともなく、友人を得ることもなかった。
だから、オレは今の立場を否定しない。
実働隊の隊長になったから、教師たちに利用されてきたから、オレは学院に通えたし、友人を得ることができた。
友人を守るために精霊を受け入れたし、友人たちを守れたことを誇ることはあっても、後悔はしない。
もう、決めたんだ。
みっともなくてもいいから今の生活を続ける、と。
何よりも大切な友人たちと。
「友人だと思ってくれるなら、尚更貴方の手伝いをしたい!
このたびクランツ新聞社の記者見習いになったアルナウト・レイクです。
ヨドクス・ギュエスト実働部隊部隊長の捏造なしの署名記事を書くために、派遣されました」
「クショフレール地主男爵家の儀典司書見習いになったロキュス・ゼーウです。
ヨドクス・ギュエスト氏の貴族階級慣習と大陸史の教導役として、クショフレール地主男爵家当主、ミヒル・ヴュルフ=クショフレール様に紹介されて参りました」
二人から差し出された封筒を、思わず受け取ってしまいながら、その紹介の言葉に首を傾げそうになる。
新聞社の記者見習い?
ヴュルフ大叔父さんの紹介?
え?どういうことだ?
「それじゃあね、サプライズも成功したしー、とりあえず教室に戻らない?」
フロールののんびりした声に顔を上げると同時に、予鈴が食堂に鳴り響いた。
それまで張り詰めていた食堂内の雰囲気が慌ただしくなり、学院生たちが各自の所属する教室へと戻っていく。
アルナウトとロキュスを見ると、二人はそれまでの真面目な表情を一変させて、笑顔を浮かべていた。
「驚いただろ?めっちゃ頑張ったんだぜ!」
「これくらいの肩書きがないと、ヨーの近くにいられないだろ?」
そう言う二人の顔は、確かな達成感に満ちていて、すごく格好良かった。
……で、サプライズってなんだよ?フロール!!
お前が主犯なのかよ!!
この前から羊の皮を勢いよく脱ぎ捨てすぎじゃないのか、中身が見えてるぞ!?




