表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
十一 公開処刑
79/96

11ー3 相容れない主張

 





 動かせるようになってきた首を、ゆっくりと左右に動かしてみれば、オレの両脇を抱えて立っているのは制服姿の衛兵で、立たされている台のさらに前方には大きな十字形の木が組まれていた。

 十字の木組みの下には、たくさんの薪。


 まさかとは思うが、オレはここで、磔とか火炙りにされる予定だったのか?

 それ以前の問題かもしれないが、オスフェデア王国は国民の前で死刑を執行する国だった……か?

 あれ、現在は死刑が存在しないって、少し前に習ったような気がするのは、記憶間違い?

 死にたくないとか思っていられないほど、危機的な状況だった?


 軽く引っ張った腕は衛兵たちの手を簡単に抜けて、両側からの支えを失った途端にうつ伏せに倒れこんでしまった。

 思い切りぶつけた顔が痛いと思う程度には、感覚も回復してきているが、手足に全く力が入らない。

 なんだこれ。


「魔力循環を阻害されたままで、一月以上拘束されておったのだ、無理をするでない」

「……ぁん……ぇる」


 声をかけられて気がつけば、黄緑に近い髪と瞳の色の中年男性がすぐ横にいて、それが教師の一人だと思い出す。

 森にいた頃のように呼ぼうとしたけれど、何故かうまく言葉にならない。

 少し話そうとしただけで、すごく疲れる。


 規格外の治療術士で、オレに毒の知識や人の体の構造を教えてくれた、知識の教師。

 触れたら折れそうな痩身の中年男性、いつでも冷静なウーヴェ・マントイフェル士。


「『××××××(ウァィ—ェ———ィ—)××××××(ェ—————ォ—ァ—)×××(ィ—ォ—)』どうだ、楽になったか?」

「……っ!?……ヘアマントイフェル、ありがとうございます」

「どうやら拷問で心を壊されてはおらんようだの、甘いというよりも我らを舐めておるのか?」


 耳の奥がビリビリと痺れるような共鳴音が響いて、体が一気に楽になる。

 それと同時に、なめらかに出せるようになった言葉に驚きながら、横にいる元教師の姿を凝視してしまう。


 拷問云々という発言に対しても言いたいことがあるし、教師たちが目の前で魔法を発動する姿を見たこと自体が初めてだった。

 けれど一番驚いたのは、手をひらりひらりと揺らしながら、咽喉を使って共鳴発声をしたその時に、マントイフェル士の髪と瞳の色が、黄緑から紫がかった黒へと変わったことだ。

 髪と瞳が黒い人がいるなんて聞いたことがない。


 魔術具の偽装を解除した時のような、あまりにも急激な変化だった。

 人の髪と瞳の色が変えられるなんて聞いたことがない。

 いや、人は死んだ後は灰色の髪と瞳の色になるんだったか。


 灰色こそが生まれつきの人という生き物の色で、生きている間に鮮やかな色をまとっているのは、人ならざる存在に愛されているからだと。

 確か、森にいるときに読んだ本に書いてあった。


 さっきの教師たちの発言の意味といい、一体、何が起きてる?


「はよう言い聞かせておけよ」

「はいはい、あんがとよウーヴェ。

 ヨー、とりあえず魔法で体を動かしときな。

 あとは早く決めとくれ、ここらの生き物を全部まとめて拘束してるから、さすがに負担が大きいんだよ」


 トントンと指先で自分の頭をつつくアンヌンツィアータの声に顔を上げて、初めて周囲の状況に気がついた。

 顔を上げる途中で、硬直している衛兵と目があった。

 オレの腕を抱えていた時の体勢のまま、表情さえ動かすことができないように、その瞳だけに恐怖の色を乗せている。

 唯一そこだけが動くらしい瞳がオレの方を見て、そして元教師たちを見て、顔色がそれと分かるほどに悪くなっていく。


 オレを見つめるアンヌンツィアータの瞳は夜闇の色で、フードから覗く毛先も日の光に青黒く光っている。

 マントイフェル士の魔法でかなり楽にはなったとはいえ、徹底的にかき混ぜられた体内の魔力循環は簡単には元に戻らず、魔術を使えそうにない。

 つまり、魔法を使わないと床に全身で挨拶をしっぱなしということだ。


「『××××××(ヴゥァ———ォ———)××××××(ゥ—ァ———ェ———)××××××(ォ—ィ———————)×(ォ—)』」


 多分これだろうと思う魔法を唱えてから、軽くなった体を起こし、台の上に立ち上がり眼下を見下ろす。

 たった一度の詠唱なのに喉が痛い。


 教師たちとオレの多重発声の違いは、詠唱が濁っているかどうかのようだ。

 単純に使い込みが足りないんだろう。


 いつのまにか、周囲は耳が痛いほど静まり返っている。

 この場所がどこかはわからないけれど、何百、何千人もの人が集まっているのに、誰も彼も身じろぎひとつしない。

 さっきまでは大勢が叫んでいた……ような気がするのに。

 今では呼吸の音さえ聞こえないほどの静寂が満ちて、そこにいる人々は瞳だけに恐怖を残し、全員が硬直していた。

 静かすぎて気味が悪い。


「さ、どうすんだい?

 許せないなら、お前が自分でヤってもいいぜ」


 ……許せない?何を?

 やる、え、殺せということか?

 この場にいる人々をオレが殺す?

 何のために?


 言われた言葉の意味が理解できず、アンヌンツィアータへと視線を向ける。


「我らが養い子は、自分がこの場で公開処刑されていることに、気がついていないのではありませんか?

 情報を与えられずに拘束されていれば、然もありなん」


 こつり、と固い足音を立てて、やはり教師たちの一人だったカルリーノ・パーピが姿を現す。

 どこから出てきたんだろうか。

 彼が昔から好んでしていた格好は、森の外を知ってしまった今としては、古臭い貴族の服にしか見えない。


 四年以上経つのに、何一つ変わっていない。

 軽妙な口調もそのままで、髪と瞳は青菜のような鮮やかな緑。

 彼だけは覚えている通りの姿だったことに安堵してから、先ほどのマントイフェル士の変化を思い返し、パーピもアンヌンツィアータたちの仲間なのだと気がついた。


「やあヨドークス、一応人の世では久しいと言われるだけの時が過ぎているから、時節の挨拶として言っておくべきかな。

 久しぶりだね、元気そうで何より、さぁ、君はなんと答えるべきなのかな?」

「……お久しぶりです、スィニョーレパーピ」

「よろしい、では、お利口な生徒である君に、今ここで何が起きていて、今ここで何を起こそうとしているのかを、教えてあげましょう」


 言動が軽く、女性に弱いパーピは男性教師四人の中でも異色だった。

 暇さえあれば、教師の一人であるストラックヮダーニオに愛を囁き、その結果としてげっそりとやつれる姿を何度も見たことがある。


 男女間の関係を、本と、教師たちの中の三人で完結している彼らしか知らないオレには、恋愛感情というものがよく分からない。

 美しい女性を見ればどこかが疼くような気がするけれど、知識だけは持っていても、精通も来ていない身としては何ができるとも思えない。


「『××××××(ウォ————ェ———)×××××(ォ———ゥ—ェ—)』、さて、ヨドークス、我々は魔人だ。

 自称という注釈はつくけれど、我々は世を穢す不浄なる人類を滅ぼすために活動を続けている、崇高なる人外とでも言っておこう」

「仰々しいったらないね、魔女でも黒賤でも黒鬼人でも、なんでも好きに呼びゃいいのさ。

 おれらのやるこたぁ変わんねんだから、カル、長ったらしい講釈垂らすなら繁殖窟に放り込むよ」

「そ、それはご勘弁を。

 とにかくだよ、我々は世界を正すために活動をしている。

 君は我々にとって素晴らしき生徒だ、歳若くして我々と同じ魔法を使えるようになった君を失うのは、人類最大の損失になる。

 君は我々が苦労して、この付近の人類を一掃しようとした作戦を、一人で台無しにしてくれた。

 我々の作戦を潰せるだけの、一角の人物に育った君を、仲間として迎えたい」


 パーピの髪が、瞳が黒くなり、そしてその声が反響しながら響く。

 おそらく彼が口にしたのは、声を遠くまで響かせるための魔法なのだ。

 この場にいる人々に自分たちが化け物であると公表し、オレを人の世から連れ去るために、それを聞かせる必要があるのだろう。


 気がついた。

 いや、知りたくなかった。

 知っていても、気が付きたくなかったのかもしれない。

 教師たちは、人ではなかったらしい。 

 オレもまた、人ではないモノになるように育てられていたのか。


 王都の結界を破壊したのは教師たちで、竜種に王都を襲わせたのも教師たちなのだ。


「ねぇまだぁ?

 い〜っぱい人がいて、ドキドキしてきたんだけどぉ?

 カルちゃんおいで」

「いや、あの、流石にここは人目がありますので」

「えぇ!カルちゃんったら、わたくしの体にあきちゃったのぉ?それならクィンにたのもうかしらぁ?」

「それはお辞めください!我が愛しの女神、どうかそれだけはっ」

「じゃあおいでよぉ、わたくしはいつでもよういできてるのにぃ」


 会話に乱入してきた漆黒色の髪と瞳の女性は、元は青紫の髪と瞳をしていたストラックヮダーニオ。

 その声もパーピと同じように、周囲へと響き渡る。


 彼女もやはり人ではなかったらしい。

 蠱惑的、肉感的と言うには薄い体をしているけれど、その肉体から繰り出される徒手空拳は、文字どおりに岩を砕き、木をへし折るものだった。


 常に上下共に下着が見えるような動きやすい服を好み、オレの養育中であっても、しょっちゅうパーピとクレーンプットの二人と絡みあう姿を見ることが多かった。

 パーピとクレーンプットの二人は、お互いにストラックヮダーニオの寵愛を奪い合っているようだったが、オレから見ると、どちらも心を与えられているようには見えなかった。


 森で生活していた時のままなら、教師たちの中で一番恐ろしいのはアンヌンツィアータで、一番近づきたくないのがストラックヮダーニオだ。

 オレが女性との付き合い方がわからないのは、教師だった彼女たちの影響もある。


 特にストラックヮダーニオの場合は、機嫌が悪いところに声をかけただけで、振り向きざまに骨が折れる勢いで殴られたりするし、機嫌が良ければ良いで手加減されながら半死半生の目に合わせられる。

 世の女性の全てが、ストラックヮダーニオのように激情にかられやすいとは思わないし、アンヌンツィアータのように粗暴だとも思わない。

 それでも、彼女たちが基準になってしまっていることには、違いない。


 十字形に固定されている木にからみつくように、ストラックヮダーニオはしなを作る。

 飾りだらけの上着を脱いだパーピが歩いていくと、二人はまるで獣同士が噛みつきあっているかのような、暴力的な口付けを始めた。

 二人が発動している魔法のせいで、淫らな息遣いが周囲へ筒抜けになっている。

 あんたら何がしたいんだよ。


「『××××××(ウォ————ェ———)×××××(ォ———ゥ—ェ—)』おれらの望みはお前を仲間として連れていくことだ。

 それには、この場にいる人類が邪魔だ。

 お前が殺すかおれらが殺すか、違いはそんだけだな」


 見える範囲内で絡み合っている二人を完璧に無視し、母性豊かな女性を思わせる肉のついた体を揺らして、アンヌンツィアータが楽しそうに笑う。

 静まり返っている中に、淫らな嬌声と荒い息遣い、そしてアンヌンツィアータの笑い声だけが響く。


 それはオレに向けての笑みじゃない。

 本当はきっと、彼女らにとって、仲間にするのはオレでなくても良いんだ。


 たまたまオレを赤ん坊から育てる機会があって、たまたまオレが〝魔法〟を会得してしまった。

 きっと、初めから彼女たちは、オレを使い勝手の良い道具のようにしか思っていない。

 養育に失敗したら、表情一つ変えずにオレを殺して去っていたのだろう。


 胸の奥にその考えがしっかりとおさまり、腹の中で沸騰するように湧き上がった熱が、全身を駆け巡る。

 筋肉が萎えてしまって動かせない手足が重いことを、一瞬だけ忘れた。


 許せない。

 許せない。

 許せない。


 初めからオレの全てを奪っていた、こいつらが許せない。

 オレが自分で手に入れた唯一のもの、大切な友人たちを奪おうとしたこいつらを許さない。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ