11ー2 再会と勧誘
三人称→ギュエスト隊長視点
月が移り変わり、解月五日、黄の日、オスフェデア王国内に公布がなされた。
人の世での存在を許されざるべき〝黒賤〟の公開処刑が一巡り後の、芽月五日、黄の日に行われる。
今までヨドクス・ギュエストと名乗り、国民だけでなく、大陸全土の人々の目を欺いてきた大罪人の、その最後の時を、全ての戦災の被を受けた者の目に焼き付けよ、と。
何カ国もの盟主が関わって処刑の決行を定め、大陸全土に広く公布されたそれに、誰が異を唱えることができようか。
しかし、誰も彼もが、異論を持たなかったわけではない。
ミヒル・ヴュルフ=クショフレールは、青天の霹靂であったにもかかわらず、すぐに動き始めた。
寝食を忘れて、地主男爵家当主として、実働隊統括部隊部隊長として繋がりのある国内外の全ての有力者に、又甥の助命嘆願をして駆けずり回った。
総隊長バーレンティン・ハーへは、国王である弟に兄として背後関係を確認するように苦言を呈したが、自ら関わりを絶った国政に口を出すことはできずにいた。
ヨドクス・ギュエストの部下であった第一隊の隊員たちは、仕事の合間に持ちうるツテを使って情報を集め続けて、この公布が間違いであることを願い、周囲に訴えた。
しかし〝実働部隊第一隊の隊長は黒賤だった〟という情報の駆ける速さは、意図的なものかと疑うほどで、目先が効く者は話半分にしか訴えを聞かなかった。
それだけでなく、部下である隊員たちは洗脳されているのではないか、と疑われた。
フロール・フロートは王都内で広く商売を行う、富める商人の父に全てを話し、庶民の視点から動けることはないかと模索した。
父親は、商売に直結することならばともかく、鉄火場を引っ掻き回すような真似はできない、と明確な証拠が出るまでの助力を断った。
商人として商会と家族を守る方が、子を思う父親として息子の友人を守るよりも優先であることは間違いではない。
アルナウト・レイクはロキュス・ゼーウと共に、ローデルス誌を発行している出版社に乗り込んで、公開されていることは嘘だ、ヨドクス・ギュエストは黒賤ではない!と訴えた。
何の根拠もないのに記事にはできない、と海千山千の記者たちに言いくるめられて追い出された。
ロキュス・ゼーウは、静観を決め込む父(ホーチュメディング地主男爵家のお抱え戦闘魔術士)に援助を頼み込んだ。
雇い主である地主男爵家は、今回の件でクショフレール家に関わる気もなければ、政治や政策に関わることはない、とやんわりと諭されて、親の才能を継げずに腐っていた子供である己を恨んだ。
クサンデル・サッセンは同級生と共に署名活動を始めた。
父親であるサッセン隊長は、総隊長から動くことを禁止されていたのみならず、結界魔術具の破壊と魔物の侵入の事後処理に駆けずり回り、不在が続いていた。
フェランデリング学院、高年学科一年四組の学院生たちの多くは、真実を開示して欲しいとクサンデルと共に行動した。
しかし大々的に犯罪者だと公表された後であっただけに、訴えに賛同するものは少なく、交付の内容を信じる者たちに署名活動は妨害された。
結界が破壊された日に、フェランデリング学院に集められて守られた他学院の人々は、全てを見ていたことで、魔物よりも化け物じみているギュエスト隊長へ恐れを抱き、関わりたくないと無言を貫いた。
この公開処刑は王命であり、大陸の多くの国の最高権力者が賛同した決定事項であり、本当の平和への第一歩になるものであるという認識から、誰もが声を大に叫ぶことができなかった。
ヨドクス・ギュエストの名だけは知られていても、その人となりを知り、助命のために動こうと思う者は、世論を動かすにはあまりに少なかった。
故に、人々は公開処刑される人物が、年端もいかぬ少年だということを知らず、少年が文字通り命をかけて王都の人々を救ったことも知らぬままだった。
重犯罪人用の牢に投獄されているヨドクス・ギュエストには、昼夜を問わずに尋問が行われ、仲間である〝黒賤〟の居場所、その狙いを聞き出そうとされているという噂がまことしやかに流れている。
そして、それを聞き胸を痛め、涙を流し、苦悶の声を上げる人々がいることからは目を背けた。
◆ ◆
◆ ◆
しばらく前に痛みからは解放されたものの、体を動かせないまま、何日が経ったのかも分からない。
目元を覆われているのか、真っ暗闇の中にいるのか、どちらかだろうけれど何も見えない。
耳も塞がれているのか、何もかもが遠い。
石に響く遠くの足音、微かな話し声、布が擦れる音、わずかに響く振動だけが、オレがまだ生きているのだと教えてくれる。
胸の奥で熾のように静かに動く鼓動が、オレがまだ生きていることを訴えている。
「このバカモノが、あれほど無理をするなと言っただろうがっ!」
声が遠いせいでよく聞こえないけれど、何度も聞いたことのある男性の声で叱られているようなのを聞きながら、指一本動かすことのできない今が、あまり苦痛でないことにも驚いている。
突沸薬を使った後と似ている。
全身の感覚がないせいで、ただ動けないのか、拘束されているのかすら分からない。
いつも誰かがそばにいるような気がするけれど、オレは人の気配なんて分からないから気のせいなんだろう。
これがアンヌンツィアータの言っていた、生きていることを後悔するって言う状態なのか。
もしかしたら植物状態になって、意識不明の重体なのかもしれない。
オレは、何のために生きているのか?
時間の感覚がなくなっているので自信はないが、もう何日も経過している気がする。
食事も取れずに動けずに何日も生きていけるはずがない、誰かに生かされているのか?
◆
◆
身動きは取れず見えず聞こえずのまま、どれだけの時間が過ぎたのか、突然、音が聞こえるようになった。
オレはまだ生きているらしい。
初めは狂ってしまうかと思った暗闇だったが、不思議と苦痛を感じたことはなかった。
まるで心が麻痺してしまったように、何も感じない。
全身の感覚はないままなのに、オレの体は移動しているらしい。
音が近づいてくることでそれを感じる。
不意に耳が痛いほどの、人々の大声が聞こえた。
興奮した群衆が上げるような叫び声が、何重にも周囲に反響している。
実働隊の公開鍛錬の時を思い出すが、あれとは違って、喜びや興奮というより、怒りや恐怖から怒鳴る声のようだ。
今も感覚はないのに熱気を感じる気がした。
「っ!!」
突然、目の前が真っ白に染まった。
顔に巻かれていたらしい何かが解かれ、閉じていたらしい目蓋が、少々強引に誰かの指で押し上げられる。
誰かが覗き込んできたのか、目の前が暗くなるが、何もかもがぼやけてよく見えない。
肌に触れられたのを感じたということは、少しは感覚が戻ってきているらしい。
全身の感覚がないせいで、自分が立っているのか座っているのか、仰向けや腹ばいで転がっているのかさえ分からない。
目の前にいた誰かが離れたらしく、周囲が再び明るくなった。
ずっと閉じていたせいで焦点が合わない目で、何度も瞬きをしてみる。
感覚がほとんどなくても、瞬きくらいならできることに安堵しながら、周囲を見回そうとして、ぼんやりと見えだした景色に驚いた。
揺れる波間が見える。
海だ。
本の挿画でしか見たことがない景色だ、と一瞬だけ思ったそれは勘違いだった。
焦点が合うようになってきて気がついたのは、延々と青く続いているのは波ではなく、人だった。
どこまでも続く青い頭が絶叫を伴い、眼下に広がっている。
全ての視線がこちらへ向けられていることに、困惑しか覚えられない。
大勢が口々に叫んでいるので、誰が何を言っているのか全く聞き取れない。
オレがいるのは、高い台の上らしい。
顔を動かすこともできないので確認はできないが、多分、両脇を誰かに支えられて立っているのだろう。
オレはなんでこんなところにいるんだ?
「これより〝黒い卑賤〟ヨドクス・ギュエストの処刑を執り行う!!」
………………えぇ?
明らかに拡声用の魔術具を使い、耳に届いた言葉の意味がよく分からなかった。
クロイヒセンってなんだ?しょけいって……処刑?なんで?
もしかしてオレは、竜種を灰へと燃やしつくす魔法の発動を失敗して、大量殺人者になってしまったんだろうか?
もしそうだったら、この結果も仕方ない。
選択を間違えたのはオレだ。
オレ以外には誰も困らない最良の道を選んだつもりだったが、失敗したのか。
アンヌンツィアータの言葉も外れてしまった。
これじゃ、生きていることを後悔すると言うより、生きていられなくなった、が正しいな。
……死にたくない。
まだ、死にたくない。
クサンデルたちがどうなったのかを知るまで、死ねない。
オレは、彼らを助けられたのか?
それとも、守りたかったものを、全部自分の手で壊してしまった?
「『×××××××××××』このしょけいにいぎをもうしたてますぅ」
「『×××××××××××××××××』って訳でちょっと邪魔すんぜ」
不意に、大勢の声を切り裂くように、緊張感のかけらもない声が二つ響いた。
「ようヨー、おれの忠告破ったろ?」
瞬きの前までいなかったはずなのに、一瞬で目の前に現れた女性は、アウローラ・アンヌンツィアータ。
オレを育て、森に一人で置いていった教師の一人。
さっきの暢気な女性の声もまた、教師の内の一人だと気がついた。
姿は見えなくても近くにいるのだろう。
自分の意思で首を巡らせることもできないので、どこにいるのかは探せないけれど、この二人がいるということは、他の四人も来ているのか?
まさか、オレの処刑を見に来た?
いや、さっき聞こえた声は、異議を申し立てる、と言った。
あの徒手戦闘以外、何を見習ったらいいのか悩むような教師の一人が、この場で何かを訴えるなんて考えられないとしても。
嫌な予感しかしないのは何故だ?
「ま、思ったより長かったな。
もしかしたら二、三日で使っちまうかも?って思ってたぜ。
苦労してこの辺の囲いをぶっ壊したのに、せっかく集めた劣化体を共鳴だけで燃やしちまうとは思わなかったよ」
顔を内心の読み取れないゆるい笑顔に変えると、今までにかぶっていた姿なんて見たことのない、フードの下で目を細める。
気のせいなのか、フードの奥に覗く髪の色が記憶と違う気がする。
髪と同じように鮮やかな青緑だったはずの瞳が、黒く見えるのも気のせいだろうか。
他は記憶の中と寸分違わない、たっぷりと肉のついた胸元と、むっちりとした二の腕。
太りじしの体は、若い顔に似合わず貫禄に満ち溢れている。
ぴったりと肌に添う服装を好むせいで、胸も尻も服の下からその存在を主張しているし、肉感たっぷりの女性らしい肢体も、身にまとう得体の知れない気配も何も変わっていない。
仄かに青黒く光る目の奥に灯る火が、弾けた。
「どっちか選びな、ヨー。
ここで死ぬか、おれらと来るか」
困惑しているオレに手を伸ばして、教師たちの内で一番苛烈で加減もしてくれなかった彼女が、オレに笑みを向けた。
「おれらの邪魔をできたお前にはその資格がある、さ、どうする?」
金属の擦れ合う音がして、オレの頭にはまっていたらしい金属製の輪が下に落とされた。
笑顔を向けられているのに嬉しくないことに戸惑い、急激に戻って来る全身の感覚と、魔力循環が滞っていた全身のだるさに襲われて、視界がぶれる。
一体、どこで何を間違えたんだろう。
ただ、友人たちを守りたかっただけなのに。




