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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
十一 公開処刑
77/96

11ー1 アダム・ニュマン副隊長の分別

三人称→ニュマン副隊長視点

主人公死亡エンドはないです


誤字報告ありがとうございました∩^ω^∩

 





 その日、大陸中に激震が走った。

 古より人類の敵として、世界各地で認定されている〝黒賤〟の存在が確認されたのだ。


 はるか千年を超える昔よりその存在を知られ、黒い卑賤なる者、すなわち黒賤と呼ばれる人を逸脱したそれらは、人としての寿命も心も捨てて、人を殺し続けていると言われている。

 古い伝承に何度も姿をのぞかせ、戦争の影に紛れて多くの人を殺し、高笑いしながら人々の死骸を踏みにじる黒い悪鬼。

 人の浅慮に怒り狂った、黒き精霊の使徒。

 それが黒賤だと言われている。


 その存在は伝承として民間にも残っているものの、その存在が本物であり、今もどこかで人類を滅ぼそうと暗躍している、ということを知るのは、ごくごく一部の特権階級の人々のみであった。

 元は人であったものが、人をやめてまで長きにわたり人を殺し続けている、と普通に生きる人々に公表できようか。


 東大陸の連合軍と西大陸の多くの国家を巻き込んだ大陸間の大戦は、未だ人々の記憶に新しく。

 この時期に現れた黒賤の存在は、その戦火すら黒賤の仕組んだものであると表明しているも同然であった。


 歴史上初めて黒賤が表舞台に現れ、それを捕らえることに成功したオスフェデア王国では、西大陸の各国の首脳陣が集まり次第、その黒賤の公開処刑を行うべきだ、という論が交わされていた。

 それが自国の国民に名の売れた存在であろうとも、失うことで痛手を被る有能な人材であっても、人類の敵である存在を、人の手で討ち果たすことができるのだという証明を、人々は望んでいた。




  ◆  ◆




  ◆  ◆




 王都の各地に分けて設置されていた、魔物よけの結界を張る魔術具が何者かに破壊されて、これまでにない規模の魔物の暴走が、平和を踏みにじっていきました。

 勤務中で実働隊の本部にいた者も、非番の者も等しく、自らのできることをしようと、自ずから武器を手に魔物と戦いました。

 市民の中にも、己の家族を守らんとして立ち上がった人がいました。


 現実は、非情です。

 魔物よけの結界が失われると同時に、待ち構えていたように複数の魔物が王都へと侵入を果たし、結果として本部の八部隊に配属されている実働部隊隊員が五人亡くなり、二十八人が重軽傷を負いました。

 部隊付きではない、本部付き新人隊員の死傷者数はまだ判明していませんが、間違いなく多いはずです。

 支部に所属する隊員の死傷者数は、もっと増えることでしょう。

 普段は魔物と遭遇することのない衛兵隊の被害は、実働隊の比ではないと聞き及んでいます。


 事後数日では結界の復旧も不完全で、いまだに混乱が続いているため庶民の被害者数は不明ですが、各地で擦り鳴らされた警鐘が、被害の大きさを示しています。

 それでも人々は不便な避難生活に意を唱えることなく、肩を寄せ合って、今に耐えているのです。


 古くから他国に食料庫として蹂躙され、ただひたすらに耐えしのんで国を維持してきたオスフェデア王国の人々は強い。

 合理的で我慢強い。

 これはオスフェデアの人々の持つ素晴らしい美点ですが、同時に耐えることしかできないとも言えるのです。




 隊長がただ一人で戦い、太陽を落とすかのごとき魔術を用い、全ての魔物を一掃したと知ったのは、通信網が回復したあとでした。


 本部を出て、王都民の避難を行いながら出会う魔物の駆除を行っていた時に、空が真っ白に光り輝き、太陽が落ちてきたような焦熱を感じたと思ったら、灰が王都中に降り注ぎました。

 それだけでなく、地にあった魔物さえもその一瞬で灰の山になったのです。


 この世の終わりなのかと思った異常事態、それがたった一人が行った一回の魔術行使だと、誰が思うでしょうか。

 ただ一人で国を滅ぼせるのではないか。

 冷静になればなるほど、恐ろしくてたまらないのです。


 事態の収集を急いで、魔物が灰になった現場を衛兵隊の隊員に引き継いで、隊長がいると通信を受けていた学院に駆けつけました。

 そこで見たものは、信じがたいものでした。


 地から湧き出す油をかぶったような、ぬめ光る黒い髪と瞳。


 フェランデリング学院の、惨烈な戦闘が行われたことを思わせる校庭で佇んでいた〝黒いナニカ〟は、隊長の顔立ちで、隊長の体格で、幼い子供のような姿で、魔素の一切存在しない空白地帯の中心にいました。


 そこが魔素の空白地帯だと分かったのは、疲労と魔素汚染で重たく感じていた体が急に軽くなったからですが、その時は深く考えなかったそれを、ちゃんと考えておくべきでした。

 ここで選択を間違えていなければ、何も見なかった、何も起きなかったと嘘であっても主張できたのです。


 それはまるで古いおとぎ話で出てくる、黒い卑賤そのものの姿でした。


 白い肌を汚すように、七色に光る黒い髪が風に揺れます。

 穴をうがったように黒い瞳は茫洋として、何も写していません。


 誰もが知る世界の敵。

 実働隊に入るまで、物語でしかないと思っていた存在。

 十九歳で実働隊補佐部隊の王都南支部に配属されてから十九年、その存在だけは何度も聞いていても、出会うことのなかった人ならざる存在。

 人の姿をしていても限りなく魔物に近い存在であり、駆除の対象である化け物。

 いかなる理由があれども、見つけ次第殺さなくてはいけない、人類の敵。

 唯一にして絶対の、人類の敵対者。


 そんな風に教えられて、幸運なことにこれまでの人生で出会わずに済んでいた、絶対なる悪意の権化がそこにいたのです。

 何が起きたのかを聞き出そうと、隊長にそっくりな、しかし全く別人の相貌をしている〝黒賤〟に問いかけました。


 もしかしたら、姿は違えども中身が隊長かもしれない?という可能性を捨てきれなかったのです。

 話しかけたら殺されるかもしれない、と思いながらも、隊長であってほしいと思わずにはいられませんでした。


「あなたは誰ですか、一体、ここで何をしているのです?」

「……個体名アダム・ニュマン、筋肉、克己的、頼もし人、部下、火、土、日属性所持者」

「!?、あ、あなたは一体誰で、ここで何をしているのかを聞いているのです」

「仮共生体の暴走による意識消失ゆえの顕現、名は無い、仮共生体の暴走は主幹の作戦の妨害行為に当たると推測される」


 淡々と告げられる言葉の意味は、全くわかりません。

 いいえ、筋肉などと言われた時は、緊迫した状況だというのに笑いそうになってしまいましたが。

 面白いからの笑いではなく、笑わなければいけない気がしたのです。

 今この場を、冗談か何かにしてしまえば、日常に戻れるのではないか、と思ったのです。

 いつも生真面目で、その性質のせいで要らぬ苦労を背負う少年を、失わずに済むかと思ったのです。


 隊長にそっくりなのに、別人でしかないと確信したくない。

 背筋に感じる寒気と、痛くもないのに全身をつたい始めた脂汗を感じながら、目の前の存在から目が離せません。


 寒々しいほどに何も写していない瞳と、一本ずつが糸状にした闇でできているような髪は、陽の光を受けて七色にきらめいています。

 普段は表情の変化が乏しいくせに内心を雄弁に語るのに、今はその幼い顔には何の感情もなく、全身を竜種の体液で染めていることにも気がついていないような、ただ立っているだけの姿なのに。


「作戦の妨害とは、どういう意味です?」


 恐ろしいものを眼前にしているのだと分かりながらも、聞かずにはいられませんでした。

 もしかしたら、僕の勘違いなのかもしれない、と思い込みたかったのです。

 ヨドクス・ギュエストが化け物になったのか、化け物に取り込まれたのかは分かりませんが、いつもの隊長に戻ってもらいたい、その一心で声をかけてしまったのです。


「主幹の命は、+R`…}>〜世界を汚染する知的生命体の駆除。

 %Y=”#G¥世界における住民、選別されし民の複製精神体である我らが、移住と環境保全を目的とし+R`…}>〜世界の知的生命体を減らす行為への妨害。

 +R`…}>〜世界の現地生物の肉体を劣化複製し合成後に、経年劣化した複製精神体を寄生させ、%Y=”#G¥世界の住民の移住の——」

「ニュマン副隊長お下がりなさい!『閉鎖障壁フェシュローテフェファンギュニス』っ!!」


 悲鳴に似た声に振り返れば、そこにはフィンケ副隊長と隊員のパウエルス、クロンメリン組が顔を引きつらせていました。

 その姿を認めたと同時に、フィンケ副隊長が手に持っていた槍を振り下ろし、魔術を発動していました。

 隊長に向かって。


「『××××××(ヴィ——ゥ—————)××××××(——ィ———ォ—ェ—)××××(ァ—ィ—ァ—)』」


 フィンケ副隊長の魔術が発動するのと同時に、耳がおかしくなりそうな音が聞こえ、何重にも響いて聞こえるような意味の分からない声が周囲に響きました。

 耳の奥を直接叩かれたような痛みと、頭の奥に響くような多重音が周囲の空気を震わせたのを感じました。


 腹の奥を引っ掻き回されるような不愉快な振動。

 奥底から湧き上がるような吐き気に、思わず膝をついてしまいます。


 お互いの魔術同士が反発したのか、干渉したのか。

 〝圧〟属性を持たない僕には、何が起きたのか分かりませんでした。


 一瞬の空白。

 周辺の大気から、何かがごっそりと奪われていくような息苦しさを感じると同時に、体が浮きそうなほど軽く感じました。


「ケホッ」


 わずかに聞こえた音で正気を取り戻し、何が起きたのかと視線を彷徨わせると、目の前の隊長に似た黒い何かが、虹色にぬめ光る黒い液体を吐き捨てて、そして。


「仮共生体の意識覚醒、半寄生状態へ移行」


 誰かに報告でもするかのような口調でつぶやいた後に、ふらりと倒れた細い体を抱き起こしたものの、治療術士に預けるべきなのか、総隊長への報告を優先するべきなのかを迷っている間に、軽鎧姿の衛兵たちに囲まれました。


「両手を上げてこちらへ来い」


 その身を覆う鎧姿を見て、王都内の治安を守る衛兵隊ではなく、特務にのみ出動する近衛衛兵団だと気がついた時には、すでに何もかもが遅かったのでしょう。

 なぜ近衛衛兵団が、この場にやってくるのか。


「これより先に成すことは王命である、協力せぬ場合には投獄も覚悟していただく」


 寄ってきた近衛衛兵たちに、魔力操作を妨害する魔術具の手錠をはめられ、犯罪者扱いされていることに衝撃を受けながら、フィンケ副隊長を振り返ります。

 呆然としていたのは僕だけだったようで、同じように手錠をはめられたフィンケ副隊長は、いつもよりもしかめ面を険しくしながら、衛兵に厳しい口調で問いかけていました。


 なぜ僕たちまで、捕らえられなければならないのか。

 何が起きているのか理解できない内に、隊長が全身を拘束され、そしてその頭部に重罪を犯した犯罪者のみに適用される、体内魔力を乱す魔術具がはめられました。


 絹を裂くような絶叫を上げる隊長に近衛衛兵たちが驚いていたので、フィンケ副隊長と言葉を尽くして、ギュエスト隊長が特異体質で、生命維持の大半を魔力循環に頼っていることを訴えましたが、何も聞き届けてはもらえませんでした。


 下手に暴れて、この場で殺される道を選ぶことはできません。

 体内魔力を乱された隊長がショックで死なないことを祈るしかないとしても、今は少しでも早く、状況を理解しなくてはいけないと思ったのです。



 

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