10ー5 決別
フェランデリング学院へ向かってきている竜種の到着までは、もう少し余裕がある。
気を取り直して、硬直しているフロールの手から、シリアルバーを三本受け取る。
このままだと魔力枯渇の前に、腹が減りすぎて動けなくなる。
青黒い体液まみれで焦げている手袋を外して、魔力回復薬の中身を一息に飲み込む。
突沸薬よりは格段にまともとはいえ、不味い液体を無理やり飲みくだして、差し出されたボトルの水で口をすすぐ。
「うぇまっずぃ」
見た目はどろっと濁った黄色で、所々に緑色の粒が見える。
味は苦いのが一番強くて、後味がものすごくえぐい。
苦味を消すために入っているのか、ほんのりと香る糖蜜の風味が、逆にえぐみを引き立てているような気がする、これを調合した奴は誰だよ。
緊急時用魔力回復薬は、オレの魔力量だと一刻で約二割の回復が見込めるらしい。
薬効の持続時間は約二刻。
最大で四割の回復が見込めるわけだ
体への負担が少ないのはいいけれど、時間がかかりすぎるし、回復量も少ない。
それでも他に手がないのだから仕方ない。
おっさんに言われたように、突沸薬の副作用で死んでしまったら、元も子もない。
受け取ったシリアルバーの袋を破って、苦味の残る口へ運んだ。
試供品って言ってたけど、ギュエスト隊長としては特定の人物や団体、企業からの援助を受けるわけにいかないので、あとで代金を払おう。
あ、これ今までに食べたことがない味だ。
ナッツじゃないな……シナモン?とリンゴ?なんか食感がサクサクして、あ、しっとりサクサクのりんごになった!
アップルパイっぽい味だけどキャラメルヌガーと、クッキーみたいなものも入ってるのか。
これ好きだな、美味い!
後の二本は今までに食べたことのある味だけど、フロールはすごくよく分かっている。
おお、これはクルミと楓糖が濃厚で、カリカリ食感が最高なやつ!
こっちのレーズンのも好きなんだよ。
水がないと歯にねちょっとくっつくけど、酸味と甘みのバランスとザクザク食感の生地がちょうど良い。
渡された水を飲み干して、物足りなさに思わず腹をさすってしまう。
三本も食べてもまだ足りないって、困ったな。
食べる側から全部消化されて、どこかに消えてるんじゃないだろうか?
身体強化のせいで腹が減るけれど、食堂だから何か食べさせて欲しい、ってのは無理だよな。
顔は見られたけれど今は任務真っ只中で、ギュエスト隊長は学院生じゃないし。
外の状況は常時〝周辺検索〟を使って調べているから問題はない。
またブレスを打ち込まれないように警戒はしておいて、とりあえず今見えている豆粒くらいの大きさが拳くらいになったらか。
やることは決まった。
「ここは危険だ。
奥に下がっていてくれ」
「でも」
先を決めたので、困ったように立ち尽くしているクサンデルに声をかけた。
何か用があるのか?
さっきは近くにいなかったから、何か言いたいんだろうけど。
うーん、どうしようか。
この先にどうするか、を説明した方が安心するとは思うけれど、どこまで話していいのか判断がつかない。
オレが考えたような拙い作戦でも、漏えいになるのか?
ここにいる人たちのほぼ全員が、魔物を近くで見たことなんてないだろうし、説明下手なオレの舌先三寸で丸め込めるとも思えない。
素顔を晒してしまったら、なおさら説得力がないよな。
こんな時こそ年齢よりも上に見えれば良かったのにな、と強く思う。
いくら実働部隊の戦闘用制服を着ているからって、見た目が子供の相手に「ここなら安心、安全ですよ」と言われて信じる奴がどれだけいるかってことだよ。
なんて言おうか。
「……自分が生きている限り、魔物を通すことはない!」
他の学院の生徒らしい、制服が違って食堂に収まりきれていない人々にも聞かせるつもりで声を張る。
オレの見た目はガキだけどさ。
もう隊長業は四年目で、魔物駆除の実績と実力はあるつもりだ。
それにしても、勢いで他の学院の人たちも集めて欲しいって言ったけれど、こんなに多いと思わなかったな。
芋を洗うようなんて言葉があるけれど、青い芋があるなら言葉通りの状況だ。
ポテトフライが食べたいな。
スパイスソースをたっぷりかけて、マヨネーズも添えてもらって。
……きっと、オレは今後、学院に戻ることはできない。
学院長だけならばともかく、それ以外の人々にまで正体を知られてしまったら、学院に通うのは無理だ。
無理だよな?
不可抗力とはいえ大勢の前で素顔を晒してしまったのは、本当に失態だ。
オレ自身が通いたくても、マスコミが静かにしているとは思えないんだよな。
もっと、学院に通いたかったな。
もっと、クサンデルたちと遊びたかった。
もっと、自分は普通なんだと思っていたかった。
「心配はいらない」
友達を守るためなら、少しくらい無理をしたって良いだろう。
だから、頼むから恐慌状態になって外に出てきたりして、仕事を増やさないでくれよ。
そういえば、声を変える魔術具も壊れたらしい。
声が変わってないことに、今更気がついた。
あーぁ、今まで必死で隠してきた努力が、全部無駄になってるんだけど!?
「ギュエスト殿、お待たせ致しました!」
「ありがとう」
プッテンが、何かの授業で使うらしい防護ゴーグルを持ってきてくれた。
なぜか両手で捧げるように渡されてしまい、すっごい困る。
借ります、と言いたいところだけれど、体液まみれになる予定なので、洗っても汚れと臭いが取れない可能性がある。
間違いなく青黒くなるし、臭くなる。
あとで値段を聞かないと。
借金がないって言われても、あまり気持ち的には変わった気がしない。
何も考えずにいられる今回みたいな事態ならともかく、学院に通えなくなって実働隊だけで働くことには、耐えられないだろう。
楽しみを知った後のお預けとか、拷問にしか思えない。
それに素顔を知られて、未成年だと広まったら叩かれそうだ。
卒業証書も持っていない子供を働かせてるっていう責任問題はどうなるかな、叱責で済めばいいけど、体内処罰のドブさらいだけは勘弁してほしい。
もしも免職になったら本当に暗殺されるかも。
ゴーグルはレンズとフレームが一体型の透明な樹脂製で、なんの魔術もかかっていないみたいだが、体液から目を守る分には十分だ。
シリアルバーを受け取るために足元に置いた体液まみれのゴーグルから、頭部用の部分防具だけ外してゴーグルと共に頭部にはめる。
焦げて溶けているけれど、何もないよりは良い。
ゴーグルは量産品だからか、顔の端側が浮くような感じがする。
ガラス窓の前を覆い尽くしていた壁を崩していくと、再び食堂の中にぼんやりとした曇りの日差しが差し込んでくる。
改めて見ると、十を超える竜種の死骸が転がっているし、大量の土を移動したせいで校庭がめちゃくちゃだ。
これ、土を入れ替える整備費用とか、必要な金をオレが出すのかな。
学院で迎え撃つって決めたのはオレだし。
この周囲で、他に竜種を落としても問題ない空き地が思いつかなかったとはいえ、私有地である学院を竜種の墓場みたいにしたのは、ちょっとまずかったかもしれない。
そういえば、巨大な土の箱状の塊もそのままだ。
全方位から針に貫かれている竜種の死骸を、避難している人々に見せる必要はない。
オレも見たくない。
「ヨー、気をつけて」
「……ありがとう」
不意にクサンデルに声をかけられて、返事をしていいのか悩みながら言葉を返す。
ゴーグルの形が違うせいでイヤーガードをはめるのに苦労しながら、余裕があるうちに考える。
声も変えられないし、ゴーグルが壊れて素顔を見られた。
もう何も遠慮しなくていいんじゃないだろうか
ヨー・ビズーカーじゃなくて、ヨドクス・ギュエストとして、友人と向き合ってもいいはずだ。
もう、会うことはないとしても。
オレの生まれて初めての友人たち、オレみたいなとっつきにくい奴によくしてくれた、最高のお人好したち。
笑顔で話しかけてくれた級友たち。
今の気持ちを素直に言ってもいいのなら、こう言いたい。
「今までありがとう、お前らの夢を応援しているよ」
オレがぶち破った衝撃で、ヒビだらけになっている扉を開き、精一杯の笑顔を作る。
三月にも満たない短い間だったけれど、学院生活は今までの人生で一番楽しかったよ。
本当に、ありがとう。
◆
王都の上を黒いゴミが飛んでいる。
オレから学院生活を奪おうとする、いや、実際に奪っている唾棄すべきゴミだ。
お前らごときに手間をかけるのは無しだ。
痛みを感じる暇もないように、一撃で駆除してやる。
遠距離から打ち込まれたブレスを、高威力発動の〝火箭〟の多重発動を使って打ち払う。
ブレスの威力的にこれ以下の魔術では防げない。
高い知能を持つ個体が混ざっているらしく、旋回を繰り返しながらも近づいて来ようとはしない。
さっき吹き飛ばされたブレス攻撃も、串刺し箱詰め個体がそそのかされてやったのだろう。
自分で遠距離ブレス攻撃を選ぶような個体が、その後の攻撃で体当たりを選ぶはずがない。
やっかいだ。
ブレスを打ち払うだけで魔力を使いたくないのに。
魔力回復薬を飲んでも即座に回復はしない、とはいえ待っていても全回復もしない。
どうする、空を飛ぶ竜種がおびき寄せられてくれないとなると、遠距離から広範囲の魔術を使って、その場で落とすしかない。
下にいるかもしれない人や建物を巻き込むと分かっていて、落とせるわけがない。
人がいない場所に落とす?
調べている間にブレスを打ち込まれたら終わりだし、オレの使える魔術だとそこまで詳細には調べられない。
どうするべきだ?
どうするのが、一番正しい?
今ここには、方向性を修正してくれる副隊長たちも、作戦を補助してくれる隊員たちもいない。
一番被害を少なくするためには、どうしたらいい?




