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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
十 王都騒乱
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10ー4 孤軍奮闘し、露見する

 





 王都の上空をうろついていた、上級竜種四頭の駆除はとりあえず終わらせた。

 意地を張って昼食を抜いたせいで、かかなくていい恥をかいたけれど、抜け目のないフロールがいてくれたので、軽く腹ごしらえもできた。


 ……フロールあたりには、正体を見抜かれているような気がする。

 いつもと全然違う商売人みたいな話し方とか、ヨー・ビズーカーの名前を出すあたりとか、わざとらしかった。


 まあ、演技力には自信がないし、緊急事態だとしたら仕方ないと思ってもらえないだろうか。

 それで、と、第二陣の到着か。

 上級竜種が群れるとか、見たことも聞いたこともないのに、どういうことだ。


 他の魔物の侵入は抑えられているのか、緊急事態を知らせる警鐘はまだ鳴り響いていない。

 それでも王都の外縁部と思しきあたりの鐘の音は鳴り止まない。

 オレがさっき倒した竜種以外には侵入していないか、もしくは弱い魔物しか侵入してきていないのとしたら助かる。


 はるかかなたに見えた曇り空の染みが、あっという間にその姿を大きくしていく。

 身体強化の強度を上限の八割まで上げて、杖に白い炎を灯したまま、学院の屋根よりも高い土柱の上で竜種の到達を待つ。

 魔素の乱れを感じているのか、下に竜種の死骸があるからなのか、迷うことなくこちらへ向かってくる姿に感心する。


 今日も風が強い。

 全方位から絶え間なく吹き付けてくる風のせいで息が苦しいし、オーバーコートの裾が暴れて邪魔だ。


 一、二……六?

 数が多すぎる。


 広範囲殲滅の高位階魔術で、遠距離からまとめて駆除すれば魔力も無駄にならないし、身体的な疲労も少ない。

 それでも、眼下に広がる王都の住民を巻き込むわけにはいかない。

 王都を魔素汚染した上に大量の死骸を落としてぶっ壊したら、体調不良者と死傷者、さらには家や職を失った人で溢れてしまう。


 任務、これは任務だ。

 必要なのは平常心と忍耐、王都内の人やものを傷つけずに、最低限の魔力使用で竜種の素材を入手する。


 さあ、やるか。




  ◆




 叩きつけてくるような風圧を伴い、風切り音と共に突っ込んでくる竜種の横っ面に指をねじ込みながら、反対の手に持った杖に生成した炎の刃〝白刃〟で首を切り落とす。

 火力は維持できているが、首が太すぎるのと足場がないせいで、綺麗に切り落とせない。

 至近距離だと視界いっぱいが首になる太さだ、樹齢百年の木よりも太いんじゃないか?

 少しでも体を安定させるために鱗の隙間に指を突っ込むのだって、何度もやると地味に指先が痛くなってくる。


 墜落する竜種を足場にして跳び、何とか土柱の上に着地する。

 目の前の竜種駆除という作業に集中しているせいか、目眩は起こっていない。


 視線だけで確認したが、校庭にはすでに十を超える死骸が積み重なっている。

 そのすべてが上級竜種だと思うが、目視で種族まで確認できたのは最初の四頭だけだ。


 仕事だから竜種の区分については覚えているものの、じっくり見ないと見分けられない。

 でかいし黒いし、同じ竜種でも個体差が大きから、見分けるのは難しい。

 駆除は専門だと胸を張って言えるけれど、見分けるのは専門じゃない。


 結局のところどんな竜種だろうが、とりあえず首を落としておけば問題ない。

 生き物なら首を落とされたら死ぬだろう。

 どんな倒し方をしようとも、腐敗竜になる前に素材として回収してもらえばいいのだ。


 はるか下の校庭には竜種の死骸が重なり、その隙間には何本もの土柱が突き立っている。

 落ちていく竜種がへし折るたびに新しい土柱を増やしているが、竜の体液を吸った土の魔術への抵抗が強くなって発動が遅れる。


 次第に歪になっていく柱から柱へと跳び移りながら、急降下して突っ込んでくる竜種に取り付いて、確実に首を落としていく。

 向かってこないやつには、叩っ斬った竜種を足場にして自分から飛びついていく。

 ああ、空を飛べたら楽なのに!


 シャアアァァアァアッ


 イヤーガードをはめていなければ、鼓膜が破れて気絶する音量で咆哮をあげる竜種に取りつく。

 周囲を吹き荒れる風のせいで落ちそうになるのを、強化した腕力で力づくで押さえ込み、首元の鱗の隙間に長く伸ばした〝白刃〟を深く突き刺した。

 ぬかるんだ泥にスコップを差し込むような、なんの抵抗もない滑らかな手応えで、刃だけでなく根元の杖まで沈み込んだ。


 ギィヤァアァッ


 痛みのせいか、咆哮の音程が変わった。

 首から焼け焦げる臭いと黒煙をあげながら、空中で痛みにのたうつ竜種から離れ、一緒に落下しながらめちゃくちゃに振り回される翼膜を焼きながら引き裂く。


 頼むからおとなしく素材になってくれ。

 傷だらけになると査定額が下がる。


 あれ、もう借金の心配をしなくてもいいから、素材を集めることに必死にならなくてもいいのか?

 ……いや、やっぱり報奨金がもらえるなら、欲しい。

 これからどうなるか分からないんだから、元手は多いほうがいい。


 竜種と共に校庭へ落下しながら、空へと視線を向ける。

 曇った空の向こうに、青空が見える。


 そして、青空に浮かぶいくつもの黒い点。

 どうなってんだよ!キリがない!!


 現実逃避して逃げ出したい気持ちになりながら、何とか生やせた歪んだ土柱に手をかけて、落ちるのを防ぐ。

 土の魔術に対する抵抗が強くなってきて、負担のかかる脳が疲れる。

 ボディバッグから治療術士のおっさんに押し付けられた魔力回復薬を取り出そう、としたその時。


 キシャアァァアアァッ《イィアァィゥウゥァアゥゥァォォォォオッッ》


 聞きなれない音が聞こえたと思ったら、全身に熱と衝撃が走り抜けた。


 吹き飛ばされて何かに叩きつけられて、全身に鈍い痛みが響く。

 体勢を立て直そうと地面だと思う方に指を突き立てると、筋力強化された指先が何かをバリバリと砕く感触がした。

 勢いと体重がかかり、手袋があっても指先がビリビリと痺れ、硬いものに頭を強くぶつけた後のように視界が揺れる。


 灰色の空と近づく黒。

 近すぎる!


「『金城鉄壁(オンネームバアゥ)』っ!!」


 魔術の発動直後に、轟音が腹に響いた。

 ううぇ、地響きが空腹に響く。




 食堂の強化ガラス窓をぶち破り、石の床材に叩きつけられたと気がついたのは、魔術を発動してから周囲を見回した後だった。

 本当に幸運なことに、近くには学院生も教職員もいなかったので、巻き込まずに済んだらしい。

 もう少し奥に吹き飛ばされていたら、避難している人々の上に落ちていた。

 事態に収拾がつくまで食堂に入る気はなかったのに、吹き飛ばされた方向が悪すぎる。


 しまった、指を立てた部分の床材が粉々になってる……。

 ええ、これって弁償しないといけないよな。

 石の床材ってどれくらいの値段がするんだ?


 戦闘用制服が焼け焦げているのに目立った外傷がないのは、耐性を持っている〝火〟属性のブレスだったからだろう。

 唯一むき出しの頬が痺れるように痛いのは、擦り傷になっているからか。

 外傷を治療したり皮膚表面を硬化させるのは〝冷〟属性で、オレに適性はない。


 内臓や骨、関節に筋肉を痛めていないか、魔力循環の流れで確認をしてから、立ち上がる。


 死角側にいた竜種が、超長距離のブレスを打ち込んでくるとは思わなかった。

 こちらが接近戦闘を選んでいることを理解している、頭が良い個体が混ざっているらしい。

 王都に住む人を巻き込まないようにしている、という意図まで読まれたら、無差別な殺戮が始まってしまう。

 早急にケリをつけないといけない。


 とっさの判断だったが、食堂のすぐ外に頑丈な壁を作ったのは正解だった。

 音速越えで突っ込んできた竜種が壁に阻まれ、何度も体当たりをしている鈍い音を、イヤーガード越しに聞きながら、外の状況を〝周辺検索〟で調べる。

 いくら広範囲の魔術の使用を控えていても、放出系の魔術を使っていることに変わりはない。

 周辺の魔素濃度が高くなっているせいで、ぼんやりと歪んでいるが、すぐ近くの竜種の巨体を見逃すほどではなかった。


「『針の筵(ナァルタペィヅ)』」


 狙いを定めるために手を伸ばし、壁の向こうの対象を指差しながら発声発動をする。

 発声発動をすれば、後の多重発動は脳内の術式領域野で無詠唱を重ねられるが、普段使わないような高位階魔術を、少しでも負担を少なく使うためには仕方ない。

 推測でしかないとはいえ、上級竜種が相手だと考えると、無発声の条件反射で使える低位階魔術では駆除できないのが辛い。


 無発声の〝土壁〟で体当たりを繰り返す竜種の周囲六方向を囲み、箱状になった内側に太く長い針を生やす。

 最低発動位階が七の魔術なので、高威力発動をすれば上級竜種をも貫ける。

 発動位階が高い割に、跳躍力が強かったり空を飛ぶ相手には無意味で、使い道を選ぶ〝針の筵(ムシロ)〟だが、全方位を囲まれていれば避けようもない。


 イヤーガードをしていても、壁に力任せに体当たりしていた竜種が滅多刺しになった絶叫が聞こえた。

 一瞬の内に身動きできない至近距離を壁で囲み、暗闇になった瞬間に周囲から一斉に針(とはいえ人の腕ほどの太さと長さはあるはず)を突き立てられれば防ぎようがないだろう。


 一体とはいえ、素材が穴だらけになってしまった。

 素材として使える部分が残っているかは、巨大な箱詰になっているそれを解体しないと分からない。


 そういえば、とボディバッグへ手を伸ばす。

 魔力の体感残量が三割をきった。

 今の戦い方を続けるのなら、今向かってきている竜種を駆除したあたりで、魔力が枯渇してしまう。


 今現在、オレは前回の出張任務の失敗と、それが原因だと思われる目眩のせいで、魔力突沸薬の使用を禁じられている。

 禁止されても、今までの魔力回復薬(市販品、処方品)では、回復量が少なすぎて意味がなかった。

 薬効成分が高濃度であるはずの処方品でも、一割も回復しないのだ。

 そしてつい先日、魔力突沸薬の下位互換品程度の、魔力回復薬(緊急時専用)が完成したらしい。


 回復薬は突沸薬より拵臓(ソンゾウ)や全身の魔力回路への負担が少ない。

 緊急時用のものは、魔力量が人より多いオレしか使えない濃度で、連続使用は禁止されているが、そこは突沸薬と同じだ。

 薬を使った後でも動けるだけ、回復薬は良心的と言える。


 今までは「使うな」と言われていても、突沸薬の代替品になるものがなかった。

 使った後の副作用が重すぎて、望んで使いたいものではなかったけれど、他に選択肢がないときに迷うことでもないと思っていた。


 魔力回復薬は突沸薬とは違い、即効性が高いものではなく、じわじわと時間をかけて回復するものだ。

 魔物との戦いの最中に、そんなにのんびりしてる暇なんてないのに。


 息を整えるために深く息を吐きながら、焦げているボディバッグの中身を漁る。

 近接戦闘が多いから、と衝撃吸収と中身を保護する系統の刻印を、過剰なほど追加してもらったのは正解だった。

 無事だった強化樹脂製の小瓶を取り出し、劣化防止の刻んである封を切って、中身を呷ろうとしてふと気がついた。

 突沸薬よりはマシだけど、これも不味いぞとおっさんに言われたことを。


 周囲を見回し、イヤーガードを外して首にかけておく。

 うわ、耳あて部分が溶けて歪んでる、これが終わったら新調しないといけないな。


 目当ての相手を見つけて歩み寄る。

 なんか、周囲の人が避けて道ができたような?


「フロール、口直しになりそうなものを持ってないか?」


 魔力の枯渇に加えて、身体強化を現在使える上限で発動しているせいで、もう腹が減ってきている。

 さっきシリアルバーを二本食べたはずなのに、低血糖状態になっているのか、足元がふわふわする。


 顔を強張らせているフロールが、無言で差し出してくれたシリアルバーを、小刻みに震えている手で受け取ろうとした時、パキリと音がして視界が明るくなった。

 足元に樹脂のレンズが散らばった。


「あ」


 間抜けな声を出してしまったが、脳が魔術の連続行使で疲れているせいで考えがまとまらない。

 低血糖のせいか?

 顔を隠さないといけないが、さすがにゴーグルの替えは持ち歩いてない。

 それ以上に接近戦をするのにゴーグルがないのは困る。


 竜の体液を顔に浴びたら、目が見えなくなったりしないか?

 感染症にならないか?


 周囲がざわめいているのには気がつかないふりをして、自分の手元だけに意識を向ける。

 どうしよう、顔を隠すなら片手を常に顔の前にかざしておくとか?

 そんな無駄なことしてどうする。

 注目されるのは嫌いだし、視線を集める気もなかったのに。


「……困ったな」


 茶色がかった偏光レンズが割れてしまったゴーグルを外して、手の中で回してみるけれど、レンズの半分以上がなくなっているので、もう使えそうにない。

 割れてしまったレンズだけでなく、フレーム自体も歪んでしまっている。


 強度を上げる魔術術式が刻んであっても、竜種のブレス直撃は無理があったか、とガラクタになってしまったゴーグルを手に持ったまま、意識を周囲に向ける。

 何か代わりになりそうなものは、ないよな。


「ギュエスト殿、代わりのゴーグルが必要でしょうか?」

「!……あれば助かる」


 声をかけてきたのは、いつのまにかそばに来たプッテンだった。

 なんでこの人が声をかけてきたのか?という疑問はとりあえず置いておく。

 強度を上げる術式が刻まれていなくても、とりあえず目元を覆うものがあれば助かるので、素直に頷いた。


 それにしても、周囲の人々がこちらを見て、顔を引きつらせているのを見るのが辛い。

 まあ、理由はわかる。


 身体中に竜種の体液を浴びてしまって、ものすごく臭うせいだろう。

 思わず顔をしかめるくらい生臭いんだよな。

 その上にブレスが直撃して、焦げた臭いまで重なっているだろうから、近づいてくんな!って思われてるんだろう。


 体液を浴びてしまうのは、首という体液の多く流れる場所を切り落としているだけに、どうしようもない。

 胸を深く突くのは手間がかかるのでしたくない。

 腹を裂いて、消化液や臓腑まみれになることを思えば、まだマシだ。

 傷口を一瞬で焼き潰しているから、シャワーを浴びるようなひどい目にはあっていないけれど、相当臭いはずだよな。

 それに足して、控えているとはいえ放出系の魔術を使っているオレの周囲は、魔素の乱れがひどいはずだ。



 

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