10ー3 認識の相違
足場がわりに土柱を何本も作り、身体強化してその上を飛び跳ねながら、校庭まで移動して行く。
魔術を使えばこちらに気がつくかと思って、足場になる土柱を増やしてみたけれど、竜種は王都の上をゆっくりと旋回している。
一番旨味のある狩場を探しているのだろうが、それを許すわけにはいかない。
せっかく四校の学院生と教職員全員をエサとして巻き込んでいるんだ、こちらに興味を持たせて呼び寄せないと何もかも無駄になる。
飛空爆火竜は、確か猛禽に似た狩をする竜種だったはず。
高空から急降下して地上の餌をついばんで、外敵のいない場所まで運んでから食べる。
翼膜を攻撃して地面に落としてしまえば、巨躯ゆえに飛び上がることは難しくなるが、敵への威嚇で爆発する火炎系のブレスを多発する、だったか。
下手な攻撃で生かしたまま地面に落とすと、周囲を火の海にしかねないってことだ。
つまり、空中で確実にとどめを刺さないといけない竜種。
素材を取る必要性から、普段から一撃必殺なので常の仕事と同じとも言う。
この前のように、地中深くに潜む竜種じゃなくてよかった。
王都が大規模崩落したら、手の施しようがない。
竜種へ向けて魔術を放つ前に、背後に見える食堂を視界におさめておく。
「『煙焔天漲』っ!!」
位階十の火属性魔術を、上空のさらに上へ向かうように意識して発動する。
風属性も持っていれば火柱を竜巻のように吹き上げたり、高空で火弾を破裂させたりできるけれど、持ってない。
滞空している相手を、どう一撃で落とすか。
広範囲殲滅の高位階魔術を多用すると魔素汚染の範囲も広がってしまうので、いつも通り対面で最適な位階の魔術を使い、首を焼き切り落とすのが一番だろう。
舞台が空中である以外は、いつも通り。
目の前が点滅するように目眩がしたが、一瞬でそれも消える、戦闘に何も支障はない。
キシャァァアアアアァァッッ
どうやら、こちらに気がついたらしい。
最低位階で発動してもなお、上級竜種を屠ることのできる広範囲魔術は、竜種の気をひくのに最適解だったようだ。
みるみるうちに青黒い影がこちらに近づいてくる。
さあ、一方的に狩ってやるから向かってこい。
◆ ◆
◆ ◆
「すごい、すごいっ」
「アルナウトっ危ないからもっと下がってろって!」
クサンデルが何か言ってるけど、無視するしかない!
まさか、本物のギュエスト隊長が戦う姿を見られる日が来るなんて!!
隣のロキュスと一緒に興奮して叫んでしまう。
避難した食堂のガラス張りの面からは、校庭がよく見える。
いつもは校庭の向こうに生えている木が見えるくらいで、開放感と明るさが得られる効果しかないのに、今日はかぶりつきの特等席だ。
いくら強化ガラスでも危ないのは分かってる、分かってたって引けない時があるんだよっ。
どんな魔術を使ったかなんて分かんないけど、すごいのは分かる。
校庭から高く伸びた柱から、ギュエスト隊長がとんでもない高さまで飛び上がり、突っ込んできた黒い鳥?のようなものの首を切り落とした。
落ちる!と思ったギュエスト隊長は、新しく足元に伸びていく柱に目も向けずに降りたった。
どんな運動神経してんだよ、凄すぎる!
「ひ、きゃあぁあっ」
——背後から女子の声がすると同時に、足元がグラグラと揺れて、思い違いをしていたことに気がついた。
地響きを立てて校庭に落ちてきたものは、鳥なんかじゃなかった。
ギュエスト隊長が戦っていたのは、見たこともない巨大な化け物だった。
青黒い血を焼け爛れた喉から噴きあげる化け物は、しばらくの間ビクリビクリと痙攣してそのまま動かなくなった。
傷口は高温で焼かれたように黒く焦げて煙を上げているので、思ったほどグロテスクじゃない、それでも思ってもなかったものを見てしまい思わず吐きそうになる。
二階建ての家よりも、さらに大きな化け物が死にゆく姿から目が離せずにいる間も、次々と同じように首を切り裂かれた化け物が、校庭に血霧を降らしながら地響きとともに落ちてきた。
距離があるのに食堂のガラスはビリビリと震えて、今にも割れそうだ。
……嘘だろ、ギュエスト隊長はいつもこんなことをしてんのか?
これが、魔物?
実働隊実働部隊の第一隊は竜狩り部隊だ、それはローデルス誌を読んだから知ってる。
竜って……こんなデカくて気持ち悪くて醜い生き物なのかよ。
様々な太さの毛や羽が生えた、蛇みたいな形の部分が頭なのか?
ゾロリと生えそろった牙は、大きさも長さも形までバラバラで、体だと思われる場所には、大きさがまちまちの上に色が微妙に違う青黒い鉄板のようなものが、不揃いに張り付いている。
体の大きさの割に小さくて細い上に、全部大きさや関節の位置まで違う脚が、何本も胴体から突き出している。
馬みたいな蹄がついているかと思えば、その横の脚には熊の足のように毛が生えていて、鋭い鉤爪が見える。
コウモリの翼みたいな形の皮膜は左右で色も指骨の本数も違うし、片方の皮膜には途中から青黒い羽毛が生えている。
遠くにいてもこれだけ分かってしまうってことは、近くで見たらどんだけ醜い生き物なんだ?
いろんなものを適当にツギハギにして作ったような生き物。
幼い子供が描く化け物。
目の前で横たわっているのはそんな物の死骸だ。
竜ってのは、本の挿画であるような巨大なとかげのような生き物だと思っていた。
もっと美しくて、見とれて怖くなるようなもんだって。
でも、これは、この巨大な化け物は、そんな生易しい物に見えない。
気持ち悪い。
こんな生き物がいるのかよ。
見ただけで嫌悪感と恐怖を覚えるような物がいるなんて、知らなかった。
食堂内は静まり返ってる。
四体目の化け物が落ちてきた後、小さな人影が校庭に降り立った。
所々に青黒い血をかぶっているギュエスト隊長だ。
その姿はとても細くて小さい。
この前の公開鍛錬の時も思ったけれど、至近距離から見てしまうと、どう考えても幼い子供としか思えない。
幼年学科の高学年の子供とほとんど同じくらいか。
背が低いおっさん……じゃないよな。
ギュエスト隊長は、自分が引き起こしたことに何も感じていないように、ごく普通に食堂へ向かって歩いてくる。
すぐ後ろに転がっている竜の死骸には見向きもしない。
歩きながら手に持っていた杖を黒い手袋で拭い、コートの上に巻いている杖帯に挿しこむ。
そして、窓の一番そばにいた俺の方を見た。
ゴーグル越しにこちらを見た。
見られた、気がした。
何でだろう、全然、嬉しくない。
怖い、怖い。
コツコツとガラスが嵌めごろしにしてある扉をノックして、鍵を開けて欲しそうな様子だったけれど、足が動かない。
怖いんだよ。
竜が襲ってきてるのに、学院生を一箇所に集めてどうする気なんだよ、俺たちも殺すのか?
あんな化け物をあっさりと殺すこいつが英雄の息子?違う、そんなモノじゃない、こいつも化け物だ。
俺が動けないでいるとクサンデルが駆け寄ってきて、扉を開けてしまう。
何してるんだよ!と言うより早く、クサンデルが大きな声で言った。
「お、お疲れ様ですっ」
え?
何言ってんだよ、化け物に。
話しかけたら殺されるかもしれないぞ!
「……まだ終わっていない。
他の学院の人々の避難が始まっているか、確認をしたい」
聞こえてきたのは、思っていた以上に小さくて細い体格からは考えられない、男らしい低くて渋い声。
顔の上半分と頭の半分近くを隠している色付きのゴーグルも、鮮やかな黄色の髪の毛も、青黒い血で汚れて胸がムカムカする嫌な匂いがする。
終わりじゃない?
こんな化け物がまだ襲ってくるのか?
顔を上げて周囲を見回すと、一つ息をついてから口を開いた。
「不安はあるだろうが心配はいらない、自分が打って出る。
申し訳ないが、事態の収拾が行われるまでこの場にいてほしい、竜種はエ 、いや人が多い場所に集まる。
学院地区四校の人員を一箇所に集めれば、守るのは難しくない」
声を張っているわけではないのに遠くまで聞こえる渋い声は、一番近くにいる俺にはこう聞こえた。
今から「お前らをエサにして、竜を集める」と。
そんなの同意できるか!
そう思っても恐怖で体が動かない、逃げ出したいのに、家に帰りたいのに。
食堂の中は静まり帰っていて、誰もが怖くて仕方がないはずなのに、その時、ぐぅきゅるる、と誰かが腹を鳴らした。
誰だよ!
この緊迫して逼迫してる状況で呑気に腹を鳴らしてる奴は!!
昼飯食ってから、そう時間経ってないだろ!
——と思っていたら、目の前のギュエスト隊長が自分の腹を押さえていた。
よりによってあんたかよっ!?
「ギュエスト隊長、失礼いたします。
わたしはフロール・フロートと申します、フロート商会の三男です。
友人のヨー・ビズーカーに試していただいております、新製品の保存用軽食です。
よろしければご笑納いただけますでしょうか」
うぇえフロール!?どうしたんだよフロール!いつもののんびりした話し方どこいった!?
っていうか!なんでここに荷物いや、商売品を持ってきてるんだよ、じゃなくてそもそもの話、天下の実働隊の隊長を餌付けすんなよっ!?
「!……頂戴する」
なんでそんなに嬉しそうなんだ、って顔見えないのに何で嬉しそうとかわかるんだよ、ってヲイヲイ!その場で食うのかよ!
え?なんかげっ歯類の小動物が食事するみたいにモグモグって……ってあれ?なんかこの光景を、つい最近も見たような気がする。
ええと、幸せそうにモグモグ、幸せそうに……あ、分かった。
いつも昼飯の時にめちゃくちゃ美味そうに嬉しそうに食べて、フロールに試供品をもらうとすっごく嬉しそうにモグモグするやつといえば……え、うそだろ、ヨー!?
「なあ、ヨーはどこに行ったんだ?」
「そうだよ、あいつきっとどこかで逃げ遅れてんだよ」
いつのまにか近寄ってきていて、俺の疑問に同意してくるロキュスだが、その視線は顔の下半分を隠していないギュエスト隊長に向けられている。
よく見なくても、ギュエスト隊長の顔立ちは幼い。
モグモグして膨らんでいる頬から顎にかけてとか、子供みたいに丸い。
渋い声と顔があってない。
この食べ方に、ものすごく見覚えがあるというか、本当にいっつも嬉しそうに美味そうに食うよな、いっつも……。
クサンデル、なぁ……え、もしかして本当にそうなのか??
クサンデルが俺たちに向ける必死な表情が「頼むから言わないでくれ!」と頼んできているようで、言葉にはできなかった。
そんな顔しなくても、言わないから。
いつもなら空気を読まないでひどい目にあうロキュスまで、クサンデルとギュエスト隊長を見比べつつ、顔を引きつらせて黙っていた。
渡されたシリアルバーを二本とも完食したギュエスト隊長は、水のボトルを空にすると同時に体をかえす。
そこにラウテル先生がやってきて、食堂に他の三学院の生徒と教職員の避難も開始したことを告げた。
徒歩で移動できる道はあっても三学院との距離はかなりある。
時間を稼ぐから少しでも急いで欲しい、と会話をしているのを遠くに聞きながら、納得するしかなかった。
「ここへの避難を頼んでおいて悪いが、できる限り建物の奥にいるようにしてほしい」
渋すぎる声なのに、でもしっかりと偏見なく聞いていると、いつものヨーと変わらない話し方だった。
顔も下半分が出てるし、もう正体を隠す気ないんじゃね?って思ったのは俺だけじゃないはず。
食事と指示を終えたギュエスト隊長、いやヨーは扉にもう一度鍵をかけるように、と指で指し示して校庭へ向かって歩いていく。
杖帯から引き抜いた杖を片手でくるりと回している姿が、のんびりと散歩しているようにしか見えなくて、戦いに向かうようには見えない。
本当にヨーがギュエスト隊長だとしても、化け物を淡々と殺す姿を見てしまった。
生き物を殺した後に、何もなかったかのように食事をして、また殺しに行く。
これが、実働隊の隊長なのか。
現実を見たせいで、今まで実働隊の隊員たちスゲーと思っていた気持ちが、燃え尽きてしまった。
俺が無責任に騒いでいたのを、ヨーはずっとバカらしいと思っていたんだろうか。
知らなかったんだ。
命のやり取りが、こんなに血生臭いものだなんて。
竜が恐ろしくて気持ちの悪いものだなんて。
ずっとこうして、ヨーは俺たちを、この国に住む人々を守ってきてくれたのに、俺は全然本当のヨドクス・ギュエストを知らなかった。
知ろうとすることで、本当に戦っている人々との差が広がるばかりだったなんて。
ちゃんと知るべきだった。
実働隊がなにと戦って、なんのために戦っているのかを。
もう、遅いんだろうな。
友達ヅラしないでくれって、言われるんだろうな。
ごめん、ヨー。
シリアス逃走……
腹ペコつらい(;ω;)




