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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
九 真実語り
63/96

9ー3 注目されて苛立つ

 





 そのあと、ヴュルフさんはとても真っ当に実働隊の隊員の心得を語ってくれた。

 実働隊に入ることがなくても、普通に他の業種でも役に立ちそうな、社会人である大人としての心得のような気がした。


 一年生ならばともかく、三年生はあと三巡りもすれば卒業で、成人として社会に出て行くことになる。

 オレが知る知識があっているなら、よほどの金持ちか貴族でもないかぎり、ほとんどの学生がなんらかの仕事に就くことになる。

 雨期明けには新社会人扱いされるのは間違いない。


 なんだか、何にでも応用が効く仕事の心得、みたいな話になってきているな、と意識の片隅で魔力循環を行いながら話を聞く。

 精神的に疲労しているときは、逆に何も考えずにいる時間が必要だ。

 魔力の循環や術式の効率化の鍛錬は、無念無想の境地に入るのに向いている。


 感情や記憶に翻弄されていると、魔力循環が乱れて鍛錬にならないから、冷静さを育むためにも魔力循環の鍛錬は必要だ。

 なんだか矛盾しているような気がするけれど、冷静だから魔術が扱えるし、魔術を扱うには冷静さが必要になるということだ。

 果たして卵と鳥、どちらが先なのか。


「では、皆さんお疲れ様です。

 本日話しました内容が、皆さんがより良く生きるための指針になれば幸いです」


 ヴュルフさんが穏やかに口角を持ち上げると、学院生たちから割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 日を遮るものののない屋外での話だったのに、みんな元気だな。


 まあ、ためにはなる話だったけれど、理解はしても納得はできないというか。

 所詮オレは金のために働いているだけで、仕事に対してのやりがいや達成感を覚えろって言われてもな。


 部下である隊員たちのことは大切に思っているし、誰も傷つかなければいいなとは思っている。

 人間はすごく脆くて呆気なく死ぬから。

 全ての竜種をオレ一人で駆除なんてできないから、どうしても手分けして動かないといけなくなる場面があって、死傷する隊員が出てくる。

 せめて隊長である間くらい、部下を守ってやりたいのに……。


 この程度の感情しか、仕事に対して持てないオレが、隊長なんか続けていていいんだろうか。

 というか、借金を返した後になんの仕事をしようかも思いつかないのに、贅沢な悩みだ。


「失礼」


 一人で考え込んでいると、講義が始まる前の威圧感など見間違えだったかのように、普段と同じ穏やかさをまとったヴュルフさんが近くに来ていた。

 周囲の視線が集まるのを感じて、ようやく今の自分の設定を思い出したので、慌てて背筋を正して最敬礼をすると、ヴュルフさんが少しだけ両眉の眉尻を下げてしまった。


 何か間違えたのか。

 肩書きが見習いなので、これでいいはずなのに。

 最近では学院生活にも溶け込めていると思っていたのに、どうしてうまく立ち回れないのか。


「君には期待しています」


 それだけ言うと、ヴュルフさんは教員に導かれるように、校舎の中へと去っていってしまった。

 残っている教員たちが、学生たちをクラスごとに並ばせているが、以前にも見たことのある魔力の測定器や、見たことのない大きな魔術具を用意していることから、残りの時間で高度魔術の実技を行うらしい。

 実技といっても、前の魔力を放出したりという、意味のない行為なのだろう。


 三学年合同でなんの実技をするのか知らないけれど、さっきから視線がこっちに集まっていてうっとうしい。

 記者たちに追いかけられた時もそうだったけれど、本当に面倒くさい。


 なんかやけに憎々しい顔でこっちを見てるのは、一組の教員の……ええと、プッテンだったか。

 魔力測定の時にうまくごまかせたと思っていたのに、また絡まれるのかと思うとうんざりだ。


「ヨー、並ばないと」

「あ、ああ」


 近くにいたアルナウトに呼ばれて、慌てて意識を自クラスへと向ける。


 なんか不思議なことに、級友たちには他から向けられているのとは違う視線を感じる。

 見守ってる、みたいな?

 循環特化型魔術研究会の参加人数が、ほぼクラス全員になったから、好意的なのか?

 参加していないのは、職人見習いや高度専門学院への進学を目指している者で、魔術よりも優先して学ぶことがあると言うだけで、研究会をバカにしているのではないと思う。


 オレは周囲の人間に恵まれてるな、としみじみ思った。




  ◆




 時限の残り時間が短かったお陰で、なんとか魔力測定をしないで済ませることができた。


 その後は何の騒動もなく、普段通りに全ての講義を終えて帰り支度をしていると、ふと明確な敵意の視線を感じた。

 とはいえ、竜種を相手に感じるような、命の危険を覚える血の気の凍るようなものではない。

 もっとこう可愛くて微笑ましいって言うか、怯えて震える子猫が本気で威嚇しても怖くないんだよなーみたいな?


「おい、そこのお前」


 聞こえないふりと、気がついてるけど無視、のどっちが平和だろうか。

 一瞬だけ迷った後、どっちも大して変わらないという結論に達し、どちらを選んだにしても絶対に絡まれるような気がした。


 入り口に二人の学院生が立っていて、明らかにオレに視線を向けているけれど、関わりたくない。

 小腹が空いてきたので、急いで帰ろうと思っていたのに。


 オレに敵意を向けている相手に向けて、顔を向ける。

 目があうと、二人組は教室の中に入ってきた。

 時間は有限なので手をとめずに、鞄の中に勉強道具を詰め込んで背負ってから、実働隊の制服が入っている鞄を手に持った。

 そこでちょうど、目の前に二人組が辿り着く。

 見上げるのが癪なので、視線は二人の胸元へ向けた。


「何か?」

「……お前、こちらのお方を知らないのか?!恐れ多くもスロース子爵家ご嫡男のディーデリック様だぞ!」

「知らない」


 知らないが、少しだけホッとした。

 また伯爵家じゃなくてよかった、と。


 でも絡まれている時点で、子爵だろうが伯爵だろうが変わらないのか?

 正体を見抜かれたのではないと思うが、なんでこう次々と貴族に絡まれるんだろうか、こっちからは関わりたいと思ってないのに。

 フィンケ副隊長が第一隊にいるので、この国の貴族が全て無駄に偉ぶっているとは思わないけれど、ちょっと絡まれすぎじゃないか?


「それが子爵家ご子息に対しての態度か、その場にて平伏せよ!」

「断る」


 理由も意味もわからない主張をしてくるので、簡単に返事だけをしてさっさと横を通り抜けようとしたが、左前腕を掴まれてしまった。


 うん、魔術を使ってない時のオレって、本当に雑魚だよな。

 武術の達人のように、ほんのわずかな敵意にも反応できれば、困らないんだろう。


 残念ながら、普段から竜種の即殺の殺気ばかりを浴びてるせいで、人間の、しかもほとんど素人みたいな相手の敵意じゃ、危機感を抱くことさえできない。

 これか、これが危機感が足りないってことなのか、それとも慢心なのか。

 平和すぎる学院で生活していても、学院生に対して竜種を相手にするような危機感を持つべきなのか……無理だろ。


「このっ無礼も」

「やめろトム」


 渦中の人物のスロース子爵家のご子息とやらが、やけににこやかにオレの腕を掴んだ男子学生を止める。

 トムという名の学生は、苦虫を噛み潰したような顔をしてから、本当に渋々と手を離した。


「君と話してみたかっただけで他意はないのだよ、少し時間をもらえないかな?」

「話すことはない」


 許すも何も、一方的に詰め寄って来ただけの相手に、こちらが譲歩する理由なんて一欠片もない。

 正直に言うなら、話したくないし時間もかけたくない。


「ちょっと、ヨー」


 アルナウトに肩を掴まれ、強引に後ろに引っ張られる。

 さっきから簡単に触られすぎだと思うが、敵意も何もない行動には反応できない。

 引きずられて十分に離れたところで、アルナウトがひそひそ声で怒るという器用な真似をしてくれた。


「お前、何で貴族様に喧嘩売ってんだよ!常識ないのは知ってたけど、幾ら何でもひどいぞ!」

「怒らせるのはやめといたほうがいい」


 いつのまにか近寄ってきていたクサンデルまで、声をひそめて参加してきた。

 彼らの行動が過剰反応に思えるが、オレの方が間違っているのか?

 四組には貴族らしい学生がいないので気がつかなかったが、貴族が多いという一組が嫌われているのは、教師のプッテンがいるからだけではないのかもしれない。


 アルナウトは知識の引き出しが多い。

 初めはただのミーハーだと思っていたが、ローデルスの内容を鵜呑みにして語るところ以外は、一緒に過ごしていると楽しい。

 貴族関連で知っておいたほうがいい話でもあるのだろうか。


「貴族が怒ると何かあるのか?」

「……何かって、何かあったらもう手遅れなんだよっ」

「そう聞いてしまうと、何をされるか知りたい」

「ぼくもそれは知りたいなぁ」


 いつのまにかフロールまで近寄って来て、今や三人に詰め寄られるような格好で、オレは覗き込まれている状況だ。

 でもフロール、今の発言は傍観してるからひどい目にあってこいって意味か?


「ちょっと話を聞くくらいなら、良いんじゃないか?

 別に殴られるとかじゃなさそうだし」

「あっちが構わないならだけど、俺たちも一緒に話を聞こうか?」


 まあ、アルナウトやクサンデルがそういうなら、少しくらい良いけれど。

 話は変わるけれど、ロキュスはどうして二人組を見て顔を引きつらせているんだろう?

 一人だけ無関係ですと言わんばかりに距離をとってるのも不思議だ、普段ならこういう時には一番に茶化しに来るのに。


「相談はまとまったのかな?」


 垂れてもいないのに青緑色の前髪をかきあげて、なんとか・スロースはにこやかに白い歯をきらめかせた。

 不思議なほどにキラキラと光る歯と甘ったるい笑みを見てしまったら、理由は分からないけど鳥肌がたった。


 どうしよう、なんか無性に殴りたい。



 

生きてます

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