8ー5 公開鍛錬 後
ニート隊長は鍛錬場内に響いた女性の声に、ふんと鼻を鳴らした。
品よく鼻を鳴らすとか、器用だ。
お貴族様っぽいというか、見下しすぎというか。
何か言ったほうがいいのか、何も言わないほうがいいのか。
少しの間悩んで、無言を貫くことにした。
うん、そうだ、ギュエスト隊長は無口という設定にしておこう。
実際に、隊員たちとも単語で話すくらいしかしてないし、公開鍛錬が始まってからもほとんど話していない。
「ナガレモノが最強など、許し難きこと。
治安維持や保全活動、魔物の駆除は庶民上がりでも可能、なれど、最強の名はオスフェデアの民が持っていてこそ、価値がありますわ」
口ではそれなりのことを言っているが、目の奥に光っているのは、明らかな怒り。
実働隊への移民採用反対!って、こんなとこで訴えられても困るんだけどな、そういうのはオレをここに放りこんだ王様に言ってほしい。
ただ、借金返済のために働いているだけなのに。
もしかして、ベーン副隊長と同じ「俺様は貴族だ、偉いんだぞ!」ってやつなのかもしれない。
……ガキ大将じゃないんだから、もう少し大人の振る舞いをしてもらえないだろうか。
何もこんな公衆の面前で、私情や個人的な意見を晒さなくてもいいと思う。
あとで自分の発言が恥ずかしくなっても、撤回するのが大変だってわからないのか。
衆目の前で公開鍛錬の規則を破っていたら、貴族だろうが庶民だろうが、どんな言い訳もできない。
第一隊の控え室に来てくれれば、オレは大抵そこにいるから、いつでも「生意気な子供め、叩きのめしてやる!」って個人的に言ってくれればいい。
そしたらオレも正々堂々と「子供でも、誇りを持って仕事してる!」って反論できるのに。
ニート隊長を一瞬で昏倒させるのは無しだ。
おそらくだが、簡単に倒してしまうと、難癖をつけて負けを認めない人だと思う。
今後は絡まれたくないので、徹底的に力量の差というものを、見せつければいいんじゃないかな、多分。
あとでフィンケ副隊長に叱られそうな気がするけど、他に手を思いつかない。
「口だけなら、なんとでも言える」
「なんですって!!」
「貴女は弱い」
「なっ」
あえて挑発をする。
これで簡単に怒ってかかって来てくれればいいけれど、ニート隊長はどう見ても肉弾戦向きの体格をしてないから、無理かもしれない。
腕や脚だけでなく、胸も腰も尻も、肉弾戦を修めていない筋肉のつき方だ。
かと言って女性としての肉付きがいいわけでもないので、単純に生まれつき太りにくい質、もしくはオレと同じように食べる以上に(魔術鍛錬や任務で、燃費が悪い魔術を多用して)栄養を使ってしまう質かもしれない。
のんびり会話をしていたけれど、周囲の毒の濃度はかなり高いようだ。
呼吸がつまって目眩がするけれど、鼻や喉は痛くない。
どうやら昏睡や麻痺の症状が出る毒物ではないらしい。
とはいえ、ニート隊長に対して怒りを覚えることはない。
毒を扱う者が実働部隊にいることに感心し、しかもその人物が隊長であることに喜びさえ覚えている。
毒を使うというと卑怯に思えるかもしれないが、魔物を倒すためにはとても効果的な手だと思う。
近づかなければ被害を受けることもない。
とても実用的で、洗練された魔物駆除方法だ。
しかし、とても扱いが難しいのも知っている。
たとえ毒の生成ができても、それを魔物の駆除に使うのは難しい。
まず前提として、魔術で毒を作成する場合、耐性がなければ自分が死んでしまう。
毒の種類や濃度にもよるけれど、空気中に散布すれば同僚である隊員たちの命ばかりか、周辺の生態系まで壊しかねない。
魔術で設置型の毒なんてなかったはずだ。
魔物に近づき接触投与するくらいなら、魔術での遠距離攻撃か、直接殴って殺した方が早い。
それに何よりも、毒に対しての知識がなければ、毒を生成することなどできない。
教師たちの中には毒使いがいなかったので、オレは知識としてしか〝毒〟を扱う魔術を知らない。
術式までは教えられていないし、毒系はやめておけと言われたので、自分で学んでもいない。
教師に教えられた基礎知識を元に考えるなら、毒はほとんどが〝熱〟と〝土〟、〝熱〟と〝水〟属性の混成魔術だ。
〝火〟や〝風〟属性は〝熱〟と組み合わせるのが難しいし、〝日〟や〝影〟は組み合わせられるのかすら分からない。
ある意味、オレは興奮していた。
知識だけの未知の魔術を体験して、未知の魔術をオレ自身が学べる機会を得たことに。
腰に履いていた杖帯から、前腕ほどの長さの黒い杖を引き抜いて、ニート隊長は声を震わせた。
「黙りなさいっ!
出自すら不確かな孤児に、我が国の誇りを穢されるのは我慢なりませんっ!!
『致死毒散布』っ!!」
せっかく興奮して感心していたのに、ニート隊長の主張を聞いて全身から力が抜けた。
ここで本音を垂れ流すのは愚策だ、結局のところ「強い貴族様ステキ〜」と敬ってもらいたいってことなのか。
くだらない。
なんて、つまらない。
なんとも、面白みのない生き様だ。
出自にこだわるなんて、何もかもが無意味だ。
己の命を、たかだか貴族家に生まれ育っただけという、無意味なプライドに預けるなんて。
たまたま生まれが貴族だっただけなのに、没落したり、破産したり、放逐されたらどうするつもりなんだ。
出自なんかより、常に見守ってくれる親が、養育者や保護者がいて育ててもらったことを、幸福だと思わないのか。
誰かが愛してくれていることを、特別だと感じないのか。
オレにはどちらも無かったのに。
近頃では珍しくない、ふつふつと湧き上がるような怒りが、胸の奥で渦巻いている。
グッと奥歯を噛み締めて、衝動的に何かを言いそうになるのを耐える。
オレはいつから、こんなに衝動的になったんだろう。
学院通いをやめた方がいい気がする。
こんなに精神が不安定になって、任務に差し支えが出るようになるとは思わなかった。
——同時に、こんなに、毎日を楽しみにすることもなかった。
「……好きで孤児になる者はいない。
『代謝改善』、『内傷治療』」
思わず口に出してから、オレまで私情を垂れ流していることに気がついた。
他にも際限なく垂れ流しそうな口を閉じて、ニート隊長に歩み寄る。
「そんな、なぜ、まだ動けますの!?」
さっきの魔術はかなり位階の高い魔術らしく、毒が全身に回っているのを痛感している。
ニート隊長を挑発する保険として〝代謝改善〟と〝内傷治癒〟をかけているのに、毒の回りが早い。
しかしオレには、今回使われていると考えられる、混成魔術の大元の属性〝熱〟と〝土〟の魔術耐性がある。
これが〝熱〟と〝水〟属性の毒であったら、即座に倒れていたかもしれない。
いくら耐性があるとはいえ、視界が白く濁ってひどい耳鳴りがしている。
呼吸をすると胸の奥が絞られるように痛い。
泥の中を歩くように、全身が重い。
ふらつきそうになる体を叱咤して、ニート隊長に触れられる距離まで歩み寄った。
「魔物が貴族を敬拝するなら、自分もそうしよう。
自分に与えられている任務は、貴族をいい気分にさせることではない」
狭い歩幅で読まれないように踏み込みながら、驚愕の表情で目を見開くニート隊長の首筋に手を触れて気絶させた。
推測とはいえ〝熱〟と〝土〟属性だと判明した上で、明確に効果が判別していれば、どんな系統の毒かの判断は可能だ。
時間はかかるだろうが〝代謝改善〟で毒の分解は可能だろう。
鍛錬場内には、まだまだ倒さないといけない相手がいる。
今はニート隊長に恐れをなしていたのか、遠目にこちらを伺っているが。
毒を受けていることもあり、精神的に疲れてきたから早く帰りたい。
人相手の虚しい戦いをこれ以上続けるのは不毛すぎるので、早々にけりをつけることにする。
……初めの、負けてもいいかな路線からは、かなりかけ離れてしまったな。
「終わらせるぞ」
いつの間にか、しんと静まり返っている鍛錬場は、茶番を終わらせるに相応しい場だった。
痛む体に鞭を打ち、身体強化を五割まで引き上げて一息に全員を昏倒させた。
五割まで身体強化を使うと、屋外鍛錬場が狭くて走る勢いで壁にぶつかりそうになった。
骨も筋肉とともに強化されているとはいえ、煉瓦の壁に体当たりしたら痛そうなので、鍛錬場内では三割までの強化にしておくこと、と記憶の中に刻んでおく。
一つ息を吐いて、身体強化を解除する。
鍛錬場に耳が痛くなるほどの歓声が響いているが、イヤーガードをはめてやり過ごした。
観覧席と本部建屋に向かって最敬礼してから、声をかけられるより前に本部建屋内に戻った。
他の部隊の隊長や副隊長達を、一方的に叩きのめしてしまったことはどう受け止められただろうか。
観客の前で勝利者インタビューとかやりたくなかったので、何も確認せずに中に戻ってきてしまったが、逃げ出したように思われないかな。
意見を求められても、何を言って良いかわからないし。
少なくともクサンデルに無様な姿を見せずに済んだが、見応えのある公開鍛錬だったか?というと、疑問が残る。
人前で見世物になる気はないし、エンターテインメントを意識した行動なんてできない。
強制されない限り、今後の公開鍛錬に参加することはないだろう。
貴族や庶民という、自分でどうしようもないしがらみがなければ、参加しても良いけれど、そんなのは夢物語か。
階級に関係なく、能力ややる気で人を登用してほしいものだ。
オレには能力があってもやる気がないので、例外にしてほしい。
そういえば、腹が減った。
身体強化系の魔術を多用して、体内の魔力循環に干渉すると腹が減って仕方ない。
魔力と一緒に、体内の栄養?も使い切ってしまうのだろうか。
そこで、まだ昼には早いけれど、食堂に向かうことにした。
今の時間の食堂なら、他の隊員たちにも出会うことはないだろう、と思って。
窓から見た鍛錬場は、新人隊員たちが大勢並んで、低位階の魔術を発動しているようだ。
炎が吹き上げたり、氷の彫像が作られたり、水が宙を舞い踊り、風が渦を巻いている。
その度にドッと歓声が上がり、観覧席の観客たちは満足しているように見えた。
オレがいつまでも鍛錬場内に居座らなくて、正解だったようだ。
安堵の息をついて、食堂へと足を向けた。
教師たちの中に、毒知識と技術をもつ者はいました
そして、単純に貴族様万歳でもない(つもり




