6ー1 寒季長期休暇中
北区支部で一騒動起こしてしまったものの、その後の日常は普段通りに過ぎていった。
寒さは日毎に増していくが、予報では寒波などの影響は例年と同じ程度だろうということだ。
直近の半巡りは緊急出動もなく、規則正しい生活ができていた。
学院は無事に長期休暇に入ったので、学院に通う前の日常に戻ったが正しい。
学院に通っている間は深刻な寝不足と、時折起こる目眩に悩まされていたが、休暇に入ってからは、予想されて心配していた寒季における竜種暴走の多発も起こっていない。
竜種以外の魔物の暴走は、繁殖期である花中庸に頻発するため、寒季は竜種の暴走のみに意識を向けられるのが唯一の救いだ。
本部での生活の規則正しさ、を簡単に説明するなら、本部の待機当番とは何か?を語らないといけない。
待機といっても、本部の敷地内にいるだけの仕事だ。
いざという時に一番に現場に駆けつけるための待機当番で、制約も少ないし、当番の拘束時間自体もそう長くない。
実働隊本部の勤務時間は三交代で、七時から十八時まで、十七時から三時まで、そして二時から十三時までだ。
勤務時間の中で当番が割り当てられて、朝一から昼までの朝昼当番から、明朝当番まで五つの当番時間があり、全て三刻刻みになっている。
前後一時間が重なるのは、いざという時に動ける人員が多い方がいいから、とか、キリがいいから?だと思う。
七時から十八時までの朝夕勤務一巡りの間に、朝昼当番と昼夕当番が半巡りずつ入る。
十七時から三時までの夕明勤務一巡りの間に、夕深当番と深明当番が半巡りずつ。
二時から十三時までの昼夜逆転の明昼勤務と、明朝当番だけは負担が大きいせいなのか半巡りになっている。
オレの場合は、本部にいる間は筋トレか魔術の鍛錬、隊員との模擬魔術試合、勉強兼読書(学院の勉強があるので、いまだに〝俺、勇者様!〟は読んでない)をしている。
当番でない時には周辺地域の治安維持任務で、中央区を周回したりするが、オレは目ざとい記者たちにまとわりつかれないように、と昨年の寒季の事件以降の同行を許されていない。
実働部隊にはオレに似た体格の隊員がいないので、変装しても無駄です、とフィンケ副隊長に言われた時は、本気で悲しかった。
背が低いってだけでバレるらしい。
街中の巡回や警らは本来なら衛兵隊の仕事になる。
実働隊が魔物駆除に特化しているとはいえ、国民のために戦っているのは間違いない。
知名度が下がらないように、適度に王都民の前に姿を見せつつ平和維持活動に専念していますよ、アピールが必要なのだろう。
学院に通っていたせいで、隊員たちと過ごす時間が減ってしまっていたが、本部にいる時でも勤務時間が合わないと顔すら見ないことが普通だ。
隊内での集会みたいなものは、完全に副隊長たちに任せっきりだ。
普段からオレは口数が多いわけじゃないし、未だに単語でしかやりとりができないので、隊員たちを鼓舞して意気高揚させるとかできない。
そんなわけで待機して鍛錬して食べて風呂に入って寝る、とても平穏な生活を送っている。
深夜の待機当番がなくなれば負担が減って助かるけれど、いざという時の備えが必要なのはわかるので廃止されることはないと思う。
年に数回、夜中に魔物が出没することがあるので、余計に廃止できないのだろう。
自称北区の副支部長を伸してしまったことで、何らかの動きがあるかと思ったものの、長期休暇に入ってしまったので支部に行く機会もない。
謝罪するべきかな、と思っているけれど、同時に謝りたくない!と意固地になっているのは、オレがガキだからだろうか。
せめてあの時の自称副支部長に、どの程度の損傷を与えたのかを教えてもらいたい。
対人戦闘を行う機会があったとしても、適切な身体強化の割合を知っておかないと、相手を爆散させてしまう。
とはいえ、殴った感触では内臓破裂もしてないはずだし、強化一割なら対人もいけるのかなと思う。
そういえば、新たに始めたことが一つ。
クサンデルに頼んで、料理を教えてもらうようになった。
成人後に本部を出て一人暮らしするとしたら、最低限の料理くらいできないと困るから、習っておいて無駄にはならないだろう。
仕事が休みの日に、幼年学科と中年学科の教本持参の約束で、サッセン家に通っている。
これまでに学院へ通ったことがないと言ったら、復習も兼ねて一緒にとなったのだ。
任務ではないので、王都内の移動には循環の乗合馬車を使っている。
初めは包丁の持ち方と立ち方を習って、まずは皮が剥いてあり、半分に割られた芋を一口の大きさに切るところから始まった。
芋料理はオスフェデア王国の主食と言えるので、料理の基本は芋らしい。
料理を教えてもらえることに浮かれてマイ包丁を買ったが、刃物を持ち歩くのは物騒だとサッセン隊長に言われて、クサンデルの家に置かせてもらっている。
奮発して買ったのは、持ち手まで金属で一体成型された本格的なシェフナイフで、これでオレも料理ができるようになる!と喜んでいたら、サッセン隊長に「ウサギに祭文だな」と言われた。
どういう意味なのか分からない。
ナイフをギコギコ動かさずに切れるようになるまで数回かかり、芋の大きさを揃えられるようになったら、次にクサンデルが皮を剥いてくれた、丸のままの芋の芽のとり方、切り方を練習した。
芽の部分は取り除いた方がいいらしい。
ふかし芋だと皮ごと芽の部分を残したままで、マヨネーズとバターをかけて食べていた気がするんだが、芋の種類が違うのかもしれない。
そんな感じで刃物の扱いにも慣れてきたので、今は芋の皮むきに挑戦しているのだが、ここで分厚い壁に遭遇してしまった。
加熱調理については、芋を茹でてつぶして食べるところまでは習得したものの、オレは芋に嫌われており、皮をむこうとすると隙を見て逃げだすのだ。
芋は生きてないのにおかしい、なぜだ。
料理を教えてもらうお礼として、クサンデルには、これまでの任務内容で話せるところだけを話している。
材料費も含めて金はいらない、と隊長とクサンデルの両者に言われたので、せめてもの謝礼だ。
クサンデルの言い分としては「友達と勉強してるだけ」らしい。
ありがたいが、ここまで頼って甘えていいのか悩ましいところでもある。
もちろん、機密に該当する任務の内容は話せないと明言したし、父親が隊長である以上、仕事に関しては家族でも話せないと知っていたので、お互いに納得済みだ。
一緒に食事をしながらクサンデルと話すのは、実働部隊の隊員になるのなら必ず必要になる知識だ。
例えば第一隊の隊員なら必須知識の、竜種の上級から下級までの見分け方や、効果的な攻撃方法。
他の隊の詳細は不明だが、竜種以外の動物型の魔物や、小型、極小型の魔物の駆除で気をつける点。
魔術を複数人で同時行使する場合の相性や、相互干渉への注意点。
経験者である教師たちからの受け売りと、四年間の実地で学んだ知識なので、覚えておいて損はないはずだ。
隊長としての指揮能力と、現場での状況判断力は大いに疑ってもらって構わないが、魔術に関しては一家言ある。
十二年もかけて叩き込まれた戦闘技術は伊達や酔狂じゃない、つもりだ。
魔物の生態や倒し方を知っておくのは、普通の生活でも役に立つかもしれない。
王都の周辺で出没する極小型の魔物は、道具と知識さえあれば一般人でも駆除可能なのだから。
クサンデルが本当に、実働部隊の隊員になりたい!と願っているのなら、いずれ死ぬ気で覚えなくてはならないし、早いうちから知っていても問題のない知識だ。
実働部隊の隊員になるのに対人戦闘の知識は(多分)必要ないので、対人戦闘に関する話はしていない。
そういえば、ようやく髪も切った。
配属された四年前に部下の隊員から教わって以来、いつも通っている近所の床屋だ。
初めて来たときに偽装用魔術具の使用を咎められたので、オレの髪色が目に痛い黄色だと知られているし、黄色い髪で背が低め=ヨドクス・ギュエストだと知られている、はずだ。
これだけ情報があれば察することができるよな?
年齢云々について黙っていてほしい、と頼んだことはないけれど、未だにオレが未成年だと広まっていないのは、無口で無愛想な店主が口をつぐんでくれているからだろう。
本物の鳥の巣になりかけていたので、身も心も一新した気分だ。
量が多いくせにコシがなくて、すぐにもつれやすい髪を希望通りの髪型にしてもらえた。
前髪長めの注文以外は、いつも通りのおまかせともいう。
そして、もう二つ。
一つは長期休暇中の補習を免れたこと。
テスト期間が深夜から未明までの待機当番と被っていたので、勉強をする時間が取れなくて危機感を持っていたけれど、全科目で赤点は回避した。
赤点は回避したものの、赤点ギリギリはあった。
一つは北区支部長に頼んで〝循環特化型魔術〟を扱うマルクル隊員に、長期休暇明けにフェランデリング学院へ出向してもらうことになったことだ。
名目上は、学院からの嘆願を受けた特別講師。
本音は、総隊長とオレからの紙に書けないおねがいが効いていると思う。
オレが勝手に決めて、決行したわけではない。
ヨドクス・ギュエストとして、マルクル隊員にクサンデル個人を指導してほしいとは言えない。
オレが学院に通っていることもだが、クサンデルと友人関係にあることを周囲に知られるのは困る。
第一隊隊長のギュエストは、有力者や社会的な肩書きを持つものとは、交遊関係を持っていない設定だ。
実際のオレの交友関係が狭すぎるので問題ないとはいえ、疑われるのも望んでいない。
目ざとい記者を避けるためなのだが、王族にあらぬ疑いをさせぬためでもある。
サッセン隊長は庶民の叩き上げ隊長なので、裏を邪推されることはないとしても、上級隊員と個人的に親しいのは良いことではない。
オレの立場は微妙なのだという。
国に縛り付けるために人質にできる親族もなく、なんの庇護も持たない移民の子供なのに、大人以上の戦闘能力を持っている。
手放すことも、そばに置くことも危険。
これは実働隊への配属時に、総隊長が教えてくれた、王族から見たオレへの評価だ。
ハーへ総隊長は王族の血を引いていながら、権力の場からは一歩引いている。
権力に煩わされることなく、現場にいることを望んでいる。
黒光りしてる頭と大盛り小盛りの全身の筋肉を見れば、大人しく椅子に座る人じゃないというのは一目瞭然だ。
立ち居振る舞いを気をつけろ、と警告してくれたのも、動かせる手駒を減らさないためだろう。
オレ個人に好意があるとは思えない。
国のためにイエスマンとして働いている内は、警戒しなくて良いだろう。
実働隊は国の特務機関なので、基本的には副業が禁止されている。
オレが学院に通っている事実を漏らさずに、学院に支部の隊員を通わせる理由が必要だった。
総隊長に頼み込んで、金が必要ならオレの借金に加算する条件で〝生まれ持った才のせいで、夢を持つこともできない学院生の救済目的〟という捏造に限りなく近い嘆願書を書かされた。
オレが実働部隊の一隊長職を担う者として、国の未来を憂いていますよ、という主張も入れて、王族への翻意はないと表明している。
とはいえ、望まぬ者を魔物との戦闘の場に引きずり出す未来を望んでいるようで、躊躇いもあった。
最終的に、有能な人材の入隊を望む第一隊隊長からの嘆願書を受け取った総隊長が、個人的に知己のゼルニケ学院長に頼んだ、という形になった。
属性であれ循環であれ、魔術が使えれば魔術具職人など、実働隊の隊員以外の職業選択の幅が広がる、と理解はしている。
魔術指導を頼んだのはオレなのに、望まない者には攻撃的な術式を学ばせない、という約束もした。
我ながら矛盾しているなと思ったが、クサンデルたちに友人でいてくれることの礼をしたかった。
礼になっているのかは聞けないままだ。
面と向かって、お前の夢を応援させてくれ、なんて恥ずかしくて言えるか。




