6ー2 循環特化型魔術研究会の発足
北区支部所属のマルクル隊員には、オレが学院に通っていることは教えていないはずなのに、なぜかあっさりと話に乗ってきた。
総隊長がどんな内容の出張命令を出したのかが、ものすごく気になるところだ。
把握している中身が間違っていなければ、彼の仕事が休みの日に学院に来てもらう、という約束で、報酬はオレが払うことになった。
当分の間は、休みの日の夕方一刻を拘束させてもらう約束になっている。
もちろん学院が休みの日にはやらない。
実働隊の休日が、世間一般の休日と違っていることを初めて感謝した。
「ギュエスト隊長に見込まれた!もう無償で良いです!むしろ金払います!」とマルクル隊員は言っているそうだが、マルクル隊員は両親が亡くなったことでオスフェデアに移住して、現在は母方の祖父母と生計を共にしているという。
休日を減らして祖父母孝行の機会を奪ってしまい、申し訳ないと思っているのに、金まで持ち出しで払われては困る。
マルクル隊員に支払う金額はラウテルさんに決めてもらった。
学院講師の給料の額なんて知らない。
これは必要な出費であり、借金生活の身とはいえども多少の貯蓄はあるので、問題はない。
ラウテルさんに「属性への適性を持っていない学生でも、魔術が使えるようになるかもしれません」と言ったら、ものすごく乗り気になってくれたのだ。
公式な書類として、マルクル隊員の特別講師としての採用依頼書も用意してくれた。
なぜかは知らないが、目を輝かせて「これでうちの学院も!」とか言っていた。
学院の内情なんて知らないので、聞こえなかったことにしておく。
とはいえ、マルクル隊員は教員役などしたことはないだろうし、聞けば年齢も二十歳だという。
学院生とほとんど変わらない年齢なのに、教員役を頼んで負担を増やして申し訳ない。
お互いに知識を補い合う必要があったので、正式な講義としてではなく〝循環特化型魔術研究会〟という形で始めることにした。
これは、前に聞いた学課外活動に該当するらしい。
顧問はもちろんラウテルさんに頼んである。
研究会会長の決定をラウテルさんに丸投げした結果、アルナウトに決まった。
言い出しっぺはオレだと言うことはごまかしているし、属性特化型魔術への素養がないクサンデルのために始めましたなんて言えるはずがない。
アルナウトには、結果が出たらギュエスト隊長の耳に入るかも?と言ったら大喜びで引き受けてくれたらしい。
オレに何を期待してるのか知らないが、隠して騙しているのは申し訳ないので、協力してくれてありがとう、という内容の手紙をギュエスト隊長名義で送ろうかと思っている。
文字が綺麗な隊員がいれば、代筆してほしい。
そんなこんなが重なって、循環特化型魔術の教導に使えそうな本を探している。
少しでも学ぶ者の手助けになれば、と思ったが、本部にも学院にも役に立ちそうな本はなかった。
オスフェデア王国で循環特化型魔術が普及していないのは知っていたけれど、ここまで何も手に入らないとは思っていなかった。
仕方ないとはいえ、空いてる時間を使って湿った寒風吹きすさぶ街中で本屋巡りをしている。
——結果、オスフェデア語に翻訳された本が、ない!!
これは王国が、長きに渡り第一次産業を生業にしている弊害なのかもしれない。
魔術の発展は、戦争や侵略と共にある。
豊かで平坦な国土を持つオスフェデア王国の歴史は長く、穀物類の一大産地として昔から侵略にさらされてきた。
第一次産業が主流である以上、生産性を落とさないために軍備に人と金銭を回すことをせず、戦うのではなく交渉で国交を行なってきたのだと、中年学科の国歴の教本に書いてあった。
労働力になる若者の時間を戦闘技能の習得に使い、勝てない戦争に投入するよりも、素質がある少数精鋭に属性特化型魔術を教え込んで国内を安定させ、大多数は農業に従事させる方針だったのだろう。
オスフェデア王国は国土が狭く国民も少ないので、戦いでは国を守れない、と諦めも入っていたのかもしれない。
結果として修練次第で誰でも使える循環特化型魔術は、オスフェデア王国内では未知の魔術だ。
属性特化型魔術の方が循環特化型魔術よりも古くから形態化され、魔術であることは変わらないので、循環特化型魔術が軍備として導入されることはなかったのだろう。
使うかも分からない魔術に投資する費用があるなら、農作物の収穫量を増やす方に投資せよと言う暗黙の了解があったのかもしれない。
ほとんどが輸入品である魔術具に循環特化型魔術が散々使われている今でも、どんな魔術式が刻まれているか?を気にする者はいないのだろう。
壊れたら修理技師に頼むか、買い直せばいい。
魔術具の職人はどうやって知識を得ているのか、国内に職人がいるのかすら疑問だが。
オレに魔術を教えてくれた教師は、本なんて使わずに口頭と実践のみだったので、他の学院生に教えられるはずがない。
教え方も真っ当だったとは思えないし。
まあ、マルクル隊員に頑張ってもらうしかない。
◆
凍月14日、橙の日、半巡り強の長期休暇が終わり、学院生活が再開した。
出張さえなければ規則正しい、仕事だけの日々が終わることを辛く思いつつも、再びクサンデルたちと過ごせることが嬉しくて仕方ない。
我ながら矛盾してる。
始業式の日にいきなりだが、今日は初めての〝研究会〟がある日でもある。
オレも本部待機当番の時間が重ならないときは、できる限り参加することにした。
言い出しっぺが不参加を決め込むのは良くないだろう。
もちろん、マルクル隊員の目の前で魔術を使ったりはしない。
〝ヨー・ビズーカー〟がオスフェデア王国で育った者ではない、という設定を利用して、循環特化型魔術の基本だけは知っているという立ち位置だ。
循環特化型魔術は、最低限の魔力と、正確な知識と、本人の努力で使えるようになる。
無難に扱うだけなら適性も直感も必要ないが、そのせいで習得に時間がかかるのが難点だ。
習得はできる、しかし、誰もが実感を必要としている。
今時の若者には忍耐が足りん!なんてことを言う気はないが、習得するには忍耐しかない。
研究会に参加している学院生の心が折れる前に〝魔術が使える〟という達成感を味わう必要がある。
属性特化型魔術で、下の下に区分されてしまう学院生の中には、生活魔法を数回使うだけで息切れするような者まで混ざっていると、ラウテルさんからの報告が上がっている。
そんなやつらに魔術は使い方次第で、如何様にもできる、と思わせないといけない。
難易度が高すぎる気がする。
これが自縄自縛ってやつなのか。
ともあれ二年もあれば、多くの学生が実感することができるだろう。
オレが学院を卒業した後も、マルクル隊員が協力してくれるかは分からないので、成果は早めに出しておくに限る。
学院が金を出して、国外から教員を招く、くらいは考えてくれるように。
◆
「はい、両手を合わせて、魔力が右肩から右手へ左手から左肩まで回っているイメージだよ。
ぐるぐると回してみてねー」
「はいっ」
「はーい」
マルクル隊員は人当たりが良く、思った以上に教員役に馴染んでくれた。
初心者らしく教え方にはぎこちなさが残るものの、学院生たちの反応も悪くない。
何よりも〝本物の実働隊(の下部組織)の隊員〟という肩書きが、学院生たちには眩しいのだろう。
試験的に一年四組の希望者だけで始めた研究会だったが、半巡りもしない内に、理解の早い数人が最初の魔力操作の基本を理解した。
生活魔法とは違い、魔術は魔力の制御が必要なので、習得できるかを心配していたが杞憂だったようだ。
今は習っている全員が魔力循環をできるように、と練度を高めている。
魔力の操作ができるようになれば、次は術式を覚えて理解を深め熟練度を上げる、という一番面白くない上に、永遠に終わらない分野に突入だ。
会話言語とは全く違う理屈で造られている、魔術術式の解読ができなければ、魔力の操作ができても魔術は使えない。
個人的にクサンデル以下、実働隊の隊員になりたい、と思っている者たちには「毎日、少しでもいいから練習しないと無理」と伝えてある。
一応、オレも隊員見習いとなので、それなりに説得力はある、はずだ。
そういえば、オレの建前上の〝北区支部の隊員見習い〟ってのは、マルクル隊員に、どう伝えられているのだろう?
北区支部で見習いらしい行動を一度もとっていないので、存在すら知らなかったと言われてもおかしくない。
直に聞いて墓穴を掘るのも嫌なので、聞かれるまで気がつかないふりをしておこう。
◆ ◆
ここで〝循環特化型魔術〟の概要説明をしよう
オレ自身が〝属性特化型魔術〟ほど詳しくはないので、あくまでふんわりした概要だけ、だが。
属性特化型魔術は、生物が無意識の内に体内で巡らせている魔力、大気中の魔素が属性を帯びやすい傾向を利用している。
循環特化型魔術は、その名の通り、魔力を術式に循環させることで発動、および起動する魔術だ。
魔力に属性を与えず、単なる燃料として使うのだ。
術式領域野の魔術術式に魔力を通すことで発動する、と言う発動原理はどちらの魔術でも変わらない。
属性特化は、術者が所持する属性を帯びた魔力を用いて顕現させる魔術なので、術式そのものは複雑なものではない。
極端な例になるが『作る』という術式単語に〝火〟属性の適性所持者が魔力を流せば、火が出る。
大きさや、持続時間などを一切指示していないので、実際には使えるようなものではないが。
〝水〟属性の適性所持者なら水が出る。
〝土〟〝風〟も同様だ。
〝日〟と〝影〟は少々毛色が違うので、ここでは割愛する。
しかし循環特化は、術式に発動する魔術の全ての情報を組み込むため、ひどく複雑になる。
火を出すだけで『点火して火をつける』という長々しい術式が必要なのだ。
これも火の大きさや、持続時間などを組み込んでいないので、実際には使えない。
しかも属性特化のように、同じ魔術単語を使いまわすことができない。
理由までは教わっていないが、それぞれに必要な単語が異なっているらしい。
つまり水を出すなら『水を集めて水をつくる』という、火とは全く違う術式が必要になる。
属性特化の場合、術者本人が術式の一部になる。
適性を持たないものには扱えないが、扱える者にとっては手を動かすようなもの。
それでも昨日まで存在しなかった、新しい手を動かすための練習が必要になる。
使いこなせば、術式の短縮や反射発動も可能になる。
いくつもの属性の適性を持っているオレは、簡単に言えば何本も手を持っているようなものだ。
もちろん何本もある手を同時に扱うことは難しいので、鍛錬をする必要がある。
循環特化は、魔術具に刻んだ場合も発声して発動する場合も同じで、魔力があれば扱える。
術者は燃料とスイッチの役割になる。
使いこなすには、燃料を術式に素早く注ぐ練習が必要になる。
こちらは術式そのものの短縮は不可能と言われているが、反射発動は可能なはずだ。
ということで、学院生たちには、とりあえず燃料になる魔力を自由自在に動かす練習から始めてもらっている。
あわよくば魔力総量も増やすつもりで。
オレも通った道だ。




