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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
五 信用と友人
33/96

5ー1 眠い、眠すぎる

 





 それから十日、何もなく平和な日々が過ぎた。

 学院での生活にやっと慣れてきたところなのに、十日もしないうちに寒季の長期休暇が始まるという。

 学院が休みに入っても実働隊での勤務はあるので、学院に行く前の日常に戻るとも言う。


 二期の学力テストも終わり、結果次第では補習という休暇中の講義に呼び出されるそうだが、休暇期間中は勤務を優先させてもらうことで話をつけた。

 相変わらず学院長は頼りないし、ラウテルさんの遠慮がちな態度には思うところがある。

 実害は出ていないし部下というわけでもないので、何も言えないのが辛い。


 まだ、テストの結果は出ていないけれど、最初の結果からそう変わってないはずだ。

 任務と学院で過ごすだけで忙しく、学院に入る前に渡された大量の教科書はまだ読み終えていない。


 寒月に入ってからは日中もしっかりと冷え込むようになって、起き抜けは寝台から出たくなくなる。

 休みの日は、半日くらい布団が友人でいいと思う。


 とは言えオスフェデア王国では、異常気象でもない限り足首まで埋まるほどの積雪はないので、外に出られなくなったりしない。

 雪が積もらなくても寒いことには変わらない。

 みぞれ混じりの湿っぽくて凍るような強風に体温を奪われて、本当に死にそうになる。

 泥酔して凍死する人の数も毎年一定数存在するようだが、屋内ならセントラルヒーティングがあるので、そこまで酔っ払いたいなら自分の家で宴会をするべきだろう。


 オレが知っている積雪が少ない原因は、魔物よけの結界が雪を溶かすという説だ。

 王都には魔物の接近を防ぐため、周囲に何重にも魔物よけの結界が張り巡らせてある。

 原理は知らないが魔術具によるものだろう。

 住民が多いこともあり、近隣の副都や町村とは結界の規模が違う。


 魔物よけの結界が積雪を防いでいる、という説は魔術具研究者の書いた論文で知ったが、それが本当のことならば、雪も魔物の一種ということになってしまう。


 根拠は解明されていない上に執筆者が無名の研究者で、信憑性も疑わしい論文だったので読み飛ばしてしまったが、読み直したほうがいいかもしれない。

 執筆者は、どこの誰だったろうか?

 魔術資料室に論文が残っているだろうか。




 竜種暴走現場の後片付けもようやく終わったようで、ニュマン副隊長とフィンケ副隊長から報告書を提出してもらい、目を通すことができた。


 〝火砕破流〟は思った以上に威力が高かったらしい。

 周囲十クロタ以上の範囲を、魔術で焼いて埋め尽くしてしまっていたという。

 まだ調べている途中だというがほぼ埋められたと考えられ、地盤の崩落は心配なくなったものの、魔術の規模が大きかったことで周囲の魔素汚染が甚大で、当分の間は人が入れそうにないとのことだ。


 ……焦っていたとはいえ、やりすぎた。

 本当にオレって阿呆だ。


 現場の集落に住んでいた人々の生死も結局不明のままだし、周囲の畑は寒季なので作物は少なかったが、かなりの広さの地域が進入禁止になってしまうのではないだろうか。

 報告書で詳細を知ってしまうと、任務時の人的被害が出ていないとはいえ、叱責だけで済んだのがおかしい。


 最後の方は意識が朦朧としていたせいで、術式制御が甘かったのかもしれない。

 もっと全体的に魔術の練度を上げなくてはいけないけれど、幸運なことに術式管理に関しては講義を受けている間の時間を充てることができる。

 次に同じ様な任務があった時は、最小限の魔術と最小手数で事態を収められる様にしよう。

 大規模な魔術を使うと周辺が荒廃するってことも、常に意識しておかないと。


 あとは隊員たちの仕事を奪うことがないように、連携をとる練習が必要だ。

 四年もかかってようやく連携の練習を意識するとか、もう手遅れな気がするけどな。


 次への収穫を得たとはいえ、今回の任務は失態でしかない。

 集落跡地の復興が、オレの使った魔術のせいで遅くなってしまうのは間違いないだろう。

 もしも穴の中に住人の亡骸があったとしても、中にいたと考えられる竜種ごと焼いて埋めてしまったので探すこともできない。

 竜種を焼き尽くすような魔術の行使で、人の骨が残っているとも思えない。

 被害者の血縁者や親族に非難されているのは間違いない。

 事務部隊か統括部隊が苦情を捌いているのか?



 この十日の間は、数日おきに総隊長に学院生活の報告をしながら、夕明勤務で未明までの待機当番をこなした後に、一刻半ほど寝てから学院に向かう生活を送っている。


 ちなみに本部での待機任務中に、治療士の男性と話すようにと言われた。

 これまでにも何度かこういうことがあったけれど、おっさんと同じ歳くらいの男性と話せと言われても、何を?としか思えない。

 とはいえ、話をするためにと案内される男性治療士の私室?には、ゆったり座れるオットマン付きの椅子があることと、美味しいコーヒー(ミルクたっぷり)が飲めるので苦痛ではない。

 室内はいい匂いがして落ち着くし、男性がオレに会話を強要して来ないから、おっさんに外傷を治療してもらう時よりも気楽だ。


 それ以外では、学院から帰ってきたら勤務開始時間を過ぎているので、そのまま勤務に入る生活を繰り返していた。

 一日一刻半しか眠れない生活が、脳が腐りそうに辛いことだけはわかった。

 あれ、なんかこの仕事漬けの状態に覚えがあるような?

 眠すぎてうまく考えられない。


 昨日と今日が勤務時間切り替え前の連休なので、本当ならば眠って体内時計を修正したいところだけれど、学院があるので休日出勤になる。

 明日から明昼勤務なので、夜中に起き出して待機当番の途中で抜け出すことになるが、少なくとも今の状況よりは眠れる筈だ。

 少なくとも本部に戻ってきてから勤務の始まる未明までの間で、うまく時間を作れば三刻は眠れる。

 カレンダー通りの休日運用をする学院と、不定期な実働隊の勤務体系がうまくかみ合っていないせいで、ひどい目にあってるような気がする。


 二日前に海側で海獣型の魔物の暴走が発生したものの、第一隊は呼ばれなかったので出動はしていない。

 もちろん、要請されれば助けに行く。

 海中の魔物を専門に駆除する部隊なんてなかった……はずだし、どうやって海中の魔物を駆除したのかは気になる。

 出動した隊員たちは風邪をひいてないだろうか。

 実働部隊の隊員たちは、望んで魔物を殺して回っているのではない、平和が一番だ。


 突沸薬の反動なのか、あれ以来調子が悪い。

 どこがどうというわけではないが、ふとしたときに目眩が起きる。

 検査では異常がなかったが、体内の魔力循環がどこか滞っているのかもしれない。

 それでも、何日もかけて精密検査を受けるほどの不調でもないので、様子を見ているところだ。


 さらに治療術士のおっさんに体調不良を見抜かれて、突沸薬の使用が禁止された。

 禁止されたと言っても、薬師に調合してもらわないと手元にはないので、使えるはずもない。

 万が一手元にあったとしても、あの身動きが取れない状態は本当に辛いので、よほどのことが起きない限りは使いたくない。


 体調が落ち着くまでは何も起きないことを望む。




  ◆




「今回はすごいぞー!」


 楽しそうなアルナウト(実はミーハーだった)の声に、いつものメンバーがその手の中を覗き込む。

 何かの雑誌を持って来たらしい。


 原則的に学院内に雑誌などの私物は持ち込み禁止だが、落ちこぼれの四組は黙認されているのだという。

 対外的には落ちこぼれと言われているが、四組には職人を目指す者や高等研究者などの専門職を目指す学生が混ざっており、オレと同じように自由が効くのは四組だから、と在籍しているらしい。


 二期テストの時にロキュスに聞いたが、一組とテストの点取り合戦をしている女子が四組にいるらしい。

 一年全員の中で、常に上位三名の中にいると言う。

 成績で一組への在籍を勧誘されたけれど、治療士を目指しているので学課外活動に勤しむ暇があるなら実習や研修がしたい、と断ったらしい。


 ニヤッとして「あの時のプッテンの顔がめっちゃ笑えた!」とか言われると、ロキュスの残念さがより強調される。

 せっかく人並み以上に顔がいいのだから「フッ、プッテン先生も無駄なことを……」とかスカした態度をとってほしい願望が芽生えてしまう。

 切れ長の目とか薄い唇とかを見ると、酷薄で冷酷そうな態度が似合いそうなのに、中身がコメディアンなんじゃないかと思うほどギャップがある。


 件の治療士を目指している女子生徒とじっくり会話をしたことがないので、この話を聞いたことで顔と名前をようやく繋いだ。

 いきなり話しかけるのは失礼だとは思うし、話しかける機会がもないが、相変わらずよくわからないままのテストで点を取るコツを教えてほしい。

 文章問題とか、読解しようにも何を言いたいのかが分からない。


 そんな学院内の話を色々と聞いていると、四組が落ちこぼれという見方さえ、貴族などの上流階級の者達からの押し付けでしかないようだと気がつく。

 庶民が手に職をつけるために、あくせくと忙しなくしているのを見るのが、嫌なのかもしれない。

 オレが知っている貴族なんて本部にいる一部の人くらいなので、考える参考にはならない。


 実がともなわぬクラス編成なら辞めてしまえば良いのに。

 しかし、万人にわかりやすい指標が必要なのも、また事実だ。


 この国には王族がいて、貴族階級がある。

 詳しくは知らないけれど、実働隊トップが王族のハーへ総隊長だから、隊員の入れ替わりの激しいことを叩かれずに済んでいる……多分、そうだよな?


 話を戻して、アルナウトに聞きたいのは、将来の就業に関する書籍ならと見逃されているはずなのに、ここぞとばかりにゴシップ雑誌を持ち込むのは問題行動ではないのか、ということだ。

 しかし現在のオレは日々の寝不足を補うべく、机に突っ伏している。

 四人には本業で夜中に不寝番の当番をしているから、寝かせてほしい、と言ってある。

 細かいことを話してないだけで嘘はついてないし、突っ込んで聞いてこないのが有難い。


 日中は学院に通わないといけないので、夕明勤務後の二連休なのに寝られない。

 明日から半巡りは未明から昼過ぎまで勤務の明昼勤務になるのに、体内時計の調整ができない。

 通常の勤務よりも学院通学が優先になるので、当番を抜けるのは問題ないとしても、一人だけ時差ボケしそうだ。


「お、やった!今回は大当たりじゃないか!」

「へ〜、巻頭特集なんだ」


 嬉しそうに声を上げるロキュス(中身は三枚目)と、ほえ〜っとした表情で、文章に目を走らせるフロール(見た目は穏やか系)

 目がなくなる笑顔で目を輝かせているのがクサンデル。


「身長が低くても、デキる男ってとこがすごいよな」

「背は関係ないだろ、強い男なら身長関係ないって」


 オレよりは背が高いものの、女子とそう身長の変わらないアルナウトの発言には、過剰な憧れが反映されている様な気がする。

 背が低くてもデキる男って、どこの誰の情報なんだよ。

 身長は関係ないとか言ってるロキュスに「オレは身長が欲しい」と言いたいのを我慢する。

 オレのことじゃないだろうけど、聞いていると辛いので、身長に関しての発言は聞き流すしかない。

 どうせチビだよ、チビですよ。

 あー、オレの食べた食事の栄養はどこに消えてるんだ。

 チビデブよりはマシだとしても、チビガリの終わりの日が見えないよー。


「身長なんかよりも、直にド派手な魔術を使ってるとこが見たいな、どうやったら魔術なんて使えるんだか」


 ロキュスは魔術に関する全般が苦手らしく、事あるごとに「魔術の講義なんてなくなればいいのに」と言っている。

 その割に魔術発動が見たいという趣旨の発言をするので、手に入らないものへの憧れはあるものの、天邪鬼的な反応をしているだけなのかもしれない。


 以前に見せあった小テストの成績も「運動能力と魔術関連はダメなんだよなぁ」と本人が言うだけのことはあった。

 運動能力に関しては 身体能力が低いわけではないのに体の使い方が下手という感じで、昼休みに一緒に遊んでいるので理解している。


 オレがテストを見せた理由?

 問題の読み取り方を教えてもらおうと思ったんだ。

 相変わらず言語の文章問題で聞かれていることの意味がわからないので、テストによって点数に差がありすぎる。


 ジョニーはなぜそうしなくてはならなかったか、考えられる理由を三つ書きなさい、と言われても、問題文のどこにも答えが書いてないのに分かるわけがない。

 大前提として、ジョニーってどこの誰だ?

 赤の他人の考え方なんて知るわけがない。



 

魔術で脳を酷使しているヨーは(脳の疲労回復のための)ロングスリーパー

毎日八時間は寝ないとフラフラ

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