4ー7 ヨドクス・ギュエスト隊長とは
先日までは寒季の畑と集落があった荒野を見回して、思わずため息をついてしまいました。
数日前にできたばかりの荒野を、黒とも灰色とも言える大量の堆積物が、見える限りどこまでも覆い尽くしているのですから。
「いまだに信じられません」
横で小さく呟いた彼女に声を返す。
「同感です、あの小さな体に彼は色々なものを詰め込みすぎています。
今回の失態は適切な作戦を提案できなかった我々の責任です、自分たちにできることは、彼が大人として認められる歳まで周囲から守ることだけだというのに」
「それはあなたの事情でしょう?
わたくしには関係ありません」
長い紫紺の髪を小さくまとめ、実働部隊の戦闘用制服に身を包む彼女は、冷たく言い放ちました。
しかし、ぼくは知っています。
彼女、アヌーク・フィンケ副隊長は、ヨドクス・ギュエスト隊長を心配しています。
頼りない息子を心配する母親か、可愛い弟を心配する姉のように。
ぼくのように庶民枠の一般入隊からの叩き上げでなく、伯爵家出身の指導者階級だからこそ、移民の二世である隊長が不安定な立場に置かれていることを誰よりも理解しているのでしょう。
彼女は初めこそ〝英雄の残した希望〟で〝鬼才の麒麟児〟と呼ばれて、入隊と同時に隊長に抜擢された少年に反感を持っていたようです。
それが四年でここまで変わるとは、隊長は見た目は幼いながらも罪深い男?と言えるのかもしれません。
ぼくは総隊長と統括部隊部隊長に隊長の補佐を頼まれただけで、彼女のようにほだされてはいない、つもりです。
独身を謳歌しているぼくが、隊長をいもしない息子のように思う時があったとしても。
仕事と私事が区別できないと、実働部隊の隊員は続けられません。
「ニュマン副隊長、表層の死骸撤去は完了しました。
埋まっている死骸はどうしましょうか?
すでに炭化しているとは思いますが、確認の仕様がないです」
「ありがとう、埋まってるのは…………燃やしましょうか」
もったいないけれど、という言葉は飲み込みます。
竜の死骸は金になります。
竜種暴走は脅威であるとともに実働隊の予算源として、ここ十数年の活動を支えているのです。
最近の予算が潤沢なのは、竜種の暴走が増えたからというよりも、ギュエスト隊長がいるからですが。
隊長は二階建ての住宅よりも大きな竜を相手に、結界もなしに手を触れられる距離まで近づいて、倒してしまうのです。
振られた尾や爪が、かすっただけでも死んでしまうというのに。
無造作に竜の首を切り落とす姿を見たときは、悪い夢ではないかと思いましたよ。
今回はほとんどが炭になってしまっているせいで、鱗も牙も血も肉も使い物になりそうにありません。
わざわざ地面を掘り返すのは無駄でしょう。
周囲を覆う大量の堆積物は〝火〟属性の魔術だけでもたらされたものではないのですから。
ここまで広範囲の堆積物を撤去するのは、時間の無駄でしょうね。
隊長は竜種の素材の価値をよく理解しています。
普段は素材の価値を考えて、必要最低限度の魔術を選んでいると考えられるのに、今回はなぜこんな高位階の魔術を使ったのでしょうか?
ぼくには複雑すぎて、術式すら理解できない高位階の魔術を。
確かに報告とは異なる中級竜種が出てきたことで部隊が崩壊しかけましたが、魔術の選択如何では撤退して立て直すこともできたはずです。
……犠牲は免れなかったでしょうが。
直に聞いてみても、答えが得られないのはわかっています。
隊長は自分の立ち位置を理解しているが故に、部下である隊員にさえ本音や弱音を漏らしはしないのです。
第一隊に間諜がいるとでも思っているのでしょうか。
実年齢以上に背が低くて童顔、保護対象としてしか見れない容姿の彼が、実働部隊内の単独最高戦力というのが、悪意ある冗談ならいいのですけれど。
冗談ではないから、この先もずっと対等に横に立ち並ぶことはできないのでしょう。
ぼくも含む隊員たちは、ギュエスト隊長の素顔が年相応の少年であり、未熟な精神面を持つ世間知らずだと、四年をかけて知りました。
それと共に、魔術と戦闘技術に関しては疑いようのない傑物だということも。
第一隊の隊員たちに、ギュエスト隊長はどんな人か?と聞くと。
「内心を吐露するのが下手くそで、一人でいることも苦手な、不器用で生真面目な子供」
という答えが返ってくるでしょう。
この評価内容は他の隊の隊員たちには、決して言えません。
隊長の生い立ちを正確に知っているのは、おそらく総隊長と統括部隊部隊長のみですが、第一隊の隊員たちは意見を統一しています。
ギュエスト隊長は、どこかに隔離されて育ったとしか考えられない、と。
全員がそう思っているのには、根拠も理由もあるのです。
そうでなければ、納得できないことが多すぎて。
本人は決して戦うことが好きではないようなのに、戦いの寵児のように迷いなく戦いの場に赴き、毛筋ほどの動揺も見せずに魔物を屠るくせに、隊員が軽い怪我をしただけで顔色を変える。
何を言われても、基本的に疑うことをしないで騙される(主犯は問題児の三人組)。
金銭取引を知らなかった(知識として本で読んだことがある、と言われた時は何の冗談かと思いました)。
自動洗濯機、乾燥機の使い方を知らず、食事の最低限のマナー、シャワーや風呂の作法を知らない。
十二歳でこんなに生活力のない少年を、初めて見たのです。
誰が隊長を育てたのか?と本気で悩みました。
孤児であったはずはありません。
戦い方だけを、幼い子供に教える育て親?
そんな親が、存在していていいのでしょうか。
信じたくない気持ちと、信じたい気持ちの板挟みになっています。
隊長は、危険な任務に身を晒す隊員にとっての癒しであり、同時に誰よりも頼りになる上司。
総合すれば尊敬に足るギュエスト隊長の過去を憂う、第一隊の隊員たちの静かな怒りに、総隊長と統括部隊部隊長は気がついています。
それを承知の上で、我々には釘が刺されています。
「奴が成人するまで待て」と。
もしも、成人したギュエスト隊長が粗末に扱われるのであれば、第一隊の隊員たちは立ち上がるでしょう。
四年の間に、何度も命の恩人になっている、ギュエスト隊長を守るために。
あの坊やは自分がそんな風に思われていると、全く気がついていないのでしょう。
他人事だと思っていたいのに、その中に、ぼくも入ってしまいそうです。
「下がっていてください」
隊長が自分を犠牲にして、燃える石と灰と泥で埋め尽くした荒野を見回す。
もしかしたら今回の高位階魔術の行使も、隊員たちを守るためだったのでしょうか。
そうだとしたら、随分と自分の命を安く見積もっていますね、あの世間知らずの坊やは。
一日が経って地表は冷めたものの、地中にはまだ熱がこもっています。
適性を持つ隊員が手分けして探知をした後で、別の隊員が〝穿孔〟を撃ち込んで穴を開けます。
そこにぼくが範囲を絞った〝火炎円舞〟を撃ち込むという、手間がかかる方法しかありませんが、後始末はきっちりしなくてはいけません。
もしも埋められた竜種が生きていたら、最悪の事態が想定されますし、死骸が動き出しても困りますからね。
報告によれば、あと五箇所でしたね。
ぼく一人では魔力が足りませんが、同行しているコークが〝火炎円舞〟の発動ができるようになったと聞きました。
若い隊員が上を目指すのはいいことですし、疲労と枯渇で倒れるのは確定でしょうが、キャリアアップに繋がるようにせいぜい頑張ってもらいましょう。
この地獄絵図を、隊長に見せるわけにはいきません。
隊長の魔術で引き起こされた、立っていられないほどの魔素の乱れは、結界がなければ耐えられません。
結界系の魔術に耐性を持っている隊長には頼れないのです。
何しろ今は、寝台の上で唸ることさえできず、人形のように横たわっているのですから。
後処理に同行したいと騒いでいた、重傷を負ったはずなのに、寝台から起き上がろうとする隊員たちにも、馬鹿正直にこちらの言葉を信じてくれる、素直な隊長を見習ってほしいものです。
穿孔:最低発動位階4〜の土属性魔術、範囲は極小、そして穴を開ける(堆積物に残った魔力のせいで、すごく大変)
火炎円舞:最低発動位階7〜の火属性範囲魔術、範囲は小〜中(一軒家〜小さな集合住宅くらいの範囲)
中級竜種の駆除には位階8以上が必要(熟練すれば範囲を絞って威力を上げることも可能)
本部隊付き隊員の平均習得位階は6なので、コーク隊員は倒れるまで頑張ることを強要される予定




