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国畜少年は、今日も超過勤務中  作者: 木示申
四 無理算段
24/96

4ー1 心境の変化(通学三日目)

 





 学院生活三日目の始まりも、いつもと何ら変わらないものだった。

 寝不足なのは勤務時間が変えられない以上、どうしようもない。


 重たくてたまらない頭をなんとかまっすぐに起こして、眠い目をこすりながらいつものパン屋に行って、おばちゃんにいじられながら朝食のパンを買う。

 ここの店ではパンに切れ目を入れてもらい、その場でハムやフライ、調理済み野菜やチーズを挟んでもらうことができる。


 今朝は魚のフライサンドとハム野菜サンドにした。


 学院で食べたのとは違う(名前は知らない)大型の白身魚のフライが、大きな四角いパンに挟んである。

 挟んであるというか、どう見てもはみ出てる。

 フライを直に持つと食べにくいからパンに挟んでみた、と言われても納得しそうなサンド、いや魚フライとおまけのパンだ。


 切り身の状態なのもあって魚の種類は不明。

 この店のタルタルソースは自家製ではないようだが、すごく濃厚で酸味が強い。

 何種類もの刻み野菜がどっさり入っているタルタルが、粗めザクザク食感のフライの衣に絡んで油っぽさを中和してくれるし、中の白身魚はあっさりとした味でほろほろとほぐれる。

 濃厚なのに後味はくどくないので、大きなパンでも軽く食べられてしまう。


 もう一つのサンドは同じパンに、何種類もの塩漬け野菜を塩抜きしたものと、刻んだハムとシュレッドチーズをたっぷりと挟んでもらう。

 くたっとしているのに歯ごたえのいい野菜と癖の強いチーズは、意外にも相性がいい。

 ハムの食感だけでなく、燻製のような香りもいい。


 ここのハムは、二軒横の肉屋の自家製ハムの端っこを安く仕入れている(と店にいた隊員たちが話しているのを聞いた)から、そこらの店売りのサンドとは一味違うのだ。

 ちなみにチーズは、反対側に三軒横のチーズ専門店のオリジナルブレンドらしい。

 細かく削られているので、何のチーズがどれだけ入っているかは不明。


 両方とも食べ応えがある上に手軽に食べられて、値段も手頃だ。

 これに暖かいスープがあれば完璧だが、残念ながらパン屋にスープは置いてない。

 熱々のポテトフライにベイクドポテト、(塩漬け刻み野菜がたっぷり入った)コロッケパンはあるのに、スープがないってのは、おかしいような気もするけれど、一度聞いてみたら「うちは、持ち帰りの飯屋じゃないんだよ」と言われた。

 スープのあるなしで何が変わるのかは知らない。


 本部のオレの部屋には自炊できる設備はないし、そもそも料理ができない。

 成人後に職を得て本部を出るとすれば、飢え死にしないために最低限の料理技術が必要になる。

 本部で暮らしている間は食堂と外食で済むものの、借金の残高を思うと自立はかなり先の話になるので、先延ばしにしている。


「あいよ、お待たせ。

 お家の人と一緒に暖かいうちに食べなよ」

「ありがとう」


 料金を払って、紙で巻いたまだ温かいサンドを持参した布袋に入れてもらい、毎日同じ言葉で見送られる。

 オレがお使いだと思われている理由は、いつも複数のパンを買うからのようだ。

 量的には、大人一人では多いけれど二人が食べるには少し少ないくらい。


 どうやら片親と一緒に暮らしていて、朝ごはんで食べる分だと思われているらしい。

 全部自分で食べている、と一度説明したほうがいいのか。

 しかし未成年が一人暮らし云々〜と言われでもしたら、このパン屋に通いにくくなる。


 こうして今日も、事後の面倒臭さを考えると、勘違いされたままでいいかと思う。

 私服でしかこの店には来ていないし、実働部隊の隊員かどうかすら明かしていないのに、燃費の悪い魔術のせいで腹が減る、と説明できないので、これでいい。




 本部に戻って、自室で朝食を摂る。

 仕込み前の食堂で糖蜜入りのヨーグルトと熱いお茶を用意してもらえば、栄養バランスも考えられた朝食の完成だ。


 今日のサンドもうまい。

 まだ温かい白身魚のフライはザクザクの食感が残っていて、タルタルの中の刻み野菜が時々パリパリしゃきしゃきと音を立てる。

 ハムとチーズのサンドも、噛めば噛むほど味が出てくる気がする。


 味音痴だとは思わないが評論できるほど繊細な舌も持ってないので、何がどう美味いかなんて語れる気がしないけれど、間違いなく肉体労働者が歓喜に咽び泣く味だと思う。

 熱いお茶を飲み下すと胸の下まで熱が下っていって、幸福感でホッと息をついた。

 腹に食事が入ると何もかもどうでもよくなるなー。


 美しい筋肉標本のニュマン副隊長の情報によると、成長を促すためには、朝は過剰な運動をしないほうがいいそうなので、食休みを挟んでから魔術鍛錬に精を出す。


 体内魔力回路の確認と、魔力の循環を簡単に確認した後は、魔力の術式変換効率、魔力の精密運用、使う頻度の多い術式の発動時間を確認して、今までに習得してきた魔術の術式を頭の中だけで構築する。

 竜種を前にして術式を「ど忘れした」なんて言ったら、フィンケ副隊長の眉間の縦じわが恐ろしい深さになりそうだ。


 完璧は目指さなくていいが、完成を常に追え、だったか。

 教師の一人が強度の理想論者で、散々言われたからな。


 満を辞して、事に向かえ。

 つまり、今日も学院に行くかーって事だ。


 避難経路を抜けてから転移陣に魔術を流し込もうとすると、ふと視線を感じた。

 遥か上を見上げると、最上階の総隊長室の窓から、統括部隊の隊長さん?がこちらを見ていた。


 何か用があるのか?と思いつつ、略式敬礼をとる。

 視覚強化をしていないので表情までは見えなかったが、敬礼を返されると共に微笑まれたような気がした。




  ◆




 今日も学院は平和だ。

 学院生活に慣れてしまうと、通常の任務生活に戻れない気がする。


 実働隊本部では、通常の勤務時間内十一時間の内、六時間が(緊急時対応要員として)本部待機当番になる。

 本部待機当番は朝昼、昼夕、夕深、深明、明朝までの五交代体制で人が詰めており、生活は規則的な不規則と言える。

 オレの場合は本部内に住んでいることもあり、勤務と任務と鍛錬と寝るだけの日常。


 学院は全く違う。

 退屈な講義という要素は、オレにはどうしようもないので諦めるしかないけれど。

 自由に過ごせる時間が長いのは、何のためだろう。


 講義の合間の休み時間を級友たちは思い思いに楽しみ、長い昼休憩には校庭に飛び出していく。

 図書館や教室内で本を読む者もいれば、ただただ無意味そうなおしゃべりに興じる者もいる。


 みんなとても自由で、楽しそうで、なぜか胸が痛い。

 これは、羨ましいっていう気持ちなんだろうか?


 ニュマン副隊長の筋肉が羨まし……いや、羨ましくないけど、羨ましかったと仮定しても、今までにこんな気持ちになったことはなかった。

 胸をざわめかせるこれが、どんな感情なのか分からない。


 そんなことを思っていると、目の前に球が飛んできた。

 初日の失敗を繰り返さないように、と気をつけて蹴り返した球を、ロキュス(ノーコンイケメン)が「まかせろっ」と言いながら、誰もいない方向へと蹴っ飛ばす。

 何をどうまかせたら、人がいない方向に球を蹴る必要があるのか。


 それを見たアルナウト(黒縁メガネ)フロール(穏やかだけど……)が「あーあー」と呆れたような、慣れたような様子で見送り、クサンデルが「ロキュスーッ!」と笑いながら怒る?


「ごめーんっ」


 全く悪びれることなく、ロキュスは球を拾いにいって、今度は手で持って投げようとするが、それすらも人がいない方向へふっ飛んでいく。

 もちろんロキュスはわざとやっているわけではなく、徹底的に下手なのだと聞いた。

 もはやコントロールが下手なんてレベルじゃないと思うんだが、これは練習でなんとかなるのか?

 魔術的な感じで、球にロキュスを避ける術式でも刻まれてるんじゃないか?


 個人的には、ロキュスが部下でこの場が遊びでなければ叱責すると思うが、これは遊びだ。

 誰も怒り出したりはしないし、問題はないらしい。

 つまり、平和すぎる。


 まだ三日目だと言うのに、オレは学院生活を楽しんでいる。

 そう、楽しいと思っている。

 初日のいたたまれなさが嘘のように、オレは学院生活を楽しいと感じてしまっているのだ。


 総隊長はこうなることが分かっていたのか?

 オレが外側だけでなく中もガキだと思い知らせるために、学院に通わせたってことか。

 任務で使い物にならないから、学院に通わせとけとか思われてないよな?


 ああ、平和すぎて変なことばかり考えてしまう。

 こんなのオレらしくない。


「ヨー、どうした?」


 自分の思考に埋没していたことに気がついて、顔を上げる。

 クサンデルの眼を細める笑顔を見返して、自然と自分の顔が笑顔になっていることを知る。

 新発見だ、オレは意識しなくても笑えたらしい。


「なんでもない」


 学院生活を〝楽しいと思うことが、怖い〟なんて、こいつらには言えない。

 失いたくないって、思ってる。

 このまま正体がバレないように三年間、通いたい。


 オレは、自分で思っているよりも単純だったようだ。


「もう一回やらないか?」

「おう」


 向けられた級友たちの笑顔が、たまらなく嬉しかった。

 同時にたまらなく怖くなった。



 

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