4ー2 揺らぐ
午後の第一外国語の座学講義中に、突然ラウテルさんが教室に飛び込んできた。
「授業中に失礼します、ビズーカーさん、あの……」
「了解しました」
普段の怯えている様子とは違う、青ざめて引きつった顔を見れば、言いだされる前に何が起きたのかが分かった。
また、どこかで竜種の暴走が確認された、のだろう。
王都外出張任務が入ったのだ。
楽しい学院生活は、泡沫の夢だったらしい。
「すいません、本業の方で予定が入ったようなので、失礼致します。
数日休むことになるかもしれません」
教壇の男性教員に頭を下げ、早退の申し入れをする。
ざわつく教室内の雰囲気には、気がつかないふりをする。
何が起きているのか、推測であっても任務の内容は話せないし、そもそも本名すら隠しているのに何も言えるはずがない。
背負い鞄に教科書を詰め、荷物を持って教室を後にした。
「ラウテル先生、一つお願いしてもよろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
廊下を足早に進みながら、先導してくれるラウテルさんの背中に告げた。
「何かあった時は、事情があって国外に引っ越した、と伝えてください」
「え……そ、それは」
「お願いします」
拒否しないでほしい。
可能なら自分の口から言えればいいが、それができない場合を見越して頼んでいるのだ。
いつ死んでもおかしくない仕事をしているのに、同時に学院に通わないといけないなんて、できるはずがないとは思っていた。
総隊長やヨー・ビズーカーの出身設定を考えた統括部隊の隊員たちは、オレが同年代の学院生と仲良くなる可能性を、全く考えてなかったのだろうか?
学院生たちに「ヨー・ビズーカーは竜種に食われました」と伝えるのは無理だろう?
仲良くなればなるほど、ごまかすのも難しくなるはずだ。
魔物の駆除任務中に死んだとすれば、遺体がまともな状態で残るはずもない。
当然、葬儀で最後の別れなんてできやしない。
死ぬ気はない。
死にたくない。
誰だってそうだ。
思わぬ偶然や、ケアレスミスがなければ。
「……分かりました」
「ありがとうございま、ぶふっ」
振り返った勢いでラウテルさんの顔を見て、思わず笑ってしまった。
直接の関係者でもないのに、あまりにも悲痛な表情をしていたからだ。
なんで数日前に知り合ったに過ぎないオレのもしも話で、そこまで沈痛な面持ちができるんだろうか?
変な人だ。
「なんで笑っているんですか?」
「いえ、なんでもないです」
覚悟を決めたのに!と言いたそうなラウテルさんを見ながら、学院長室の扉を叩く。
ふざけているわけではないけれど、少しだけ気持ちが軽くなった。
少なくともオレの死について、考えただけで悲壮感を漂わせてくれる人がいるのは悪くない。
「ヨー・ビズーカー、入室いたします」
「はい、どうぞ」
「申し訳ありません、任務中に失礼致します」
学院長室の中には、考えていた通りの人物が立っていた。
申し訳ないが、学院長とラウテルさんにはしばらくの間、背景になっていてもらおう。
腑抜けた学院生のヨー・ビズーカーの時間は終わりだ。
気持ちを切り替えて、情動を平坦に保ち感情の発露を抑えなくては。
感情が揺れると集中が途切れてしまうので、魔術の発動に手こずることになる。
略式敬礼をとるフィンケ副隊長に、同じ略式敬礼を返す。
今日も見事な眉間の縦じわだが、その表情はいつもよりさらに固い。
わざわざ学院まで来させられたら、オレでもそうなるかもしれない。
「フィンケ副隊長、ご苦労。
(※)緊急度は?」
「七になります」
「っ……」
フィンケ副隊長からの思いもしない言葉に、一瞬言葉に詰まってしまった。
緊急度七?
複数の死傷者が出ている?
突発的に起こったとしても短時間でそこまでの被害が出ることは珍しい、そんな報告は聞いていない。
「何故、今朝の時点で報告が上がっていない?」
「大規模な地盤の崩落と複数の隆起に陥没、これが報告されたのが半刻前です。
十を超える下の地が確認されています」
フィンケ副隊長は、学院長とラウテルさんがいて言葉に出せない内容を、かなり端折っているが、とてつもなく嫌な予感がする。
フィンケ副隊長は常に冷静な判断の下せる、とても有能な人物だ。
オレを呼び出すだけなら隊員を動かすか、学院へ通信を一本入れるだけでいいのに、副隊長である彼女がわざわざ学院にまで来ていることが、事態の緊急性を語っている。
現在進行形で情報の規制が行われているのか。
「十で緊急度が七?」
「先行が不明(となったことで緊急度が上がり、迎えに来ることになりました)との話です」
普通なら下級竜種が十程度で緊急度が七になることはない。
王都近辺にまで近づいているとすれば話は別だが、そこまで緊急だったりするのか?
もしも王都に近い場所での発覚なら、等級に関わらず竜種が複数いる時点でまずい。
信じたくない!と言いたいのを、学院長とラウテルさんの存在があることで我慢する。
ここでフィンケ副隊長と会話をしているのだって、すでに情報漏洩なのだ。
とはいえ、学院内を歩きながら話すのはもっとまずいし、どこかに移動して話している時間もない。
「本部に戻る猶予はあるか?」
「失礼ながら、装備を揃えさせていただきました。
入室許可は総隊長閣下の権限を頂いております」
フィンケ副隊長は、背負っていた鞄を差し出してくる。
上級隊員用、男性更衣室の個人ロッカーと自室を漁られたらしい。
片付けは手抜き気味だが、ゴミは溜めてないし散らかってなかった……よな?
「それは構わない。
学院長先生、ラウテル先生、どこか着替える場所をお借りできますか?」
渡された装備品を抱えて尋ねると、何故か二人とも血の気のない真っ白な顔になっていた。
ここまでの会話でそこまで重要な話はしていない、地名も竜種の固有種名も出てきていない。
概要だけで、そんなに白くなるような話があったか?
任務の詳細については現地に移動した後で聞くとしても、戦闘準備を現地でするのは嫌なので、学院長専用の休憩室で戦闘用制服の上下に着替え、前髪をかきあげてから保護ゴーグルをはめて、イヤーガードは首にかけておく。
爪先と甲に上級竜種の鱗が仕込んであるブーツに履きかえて、上級竜種の皮革製手袋をはめてから、頑強、防汚、防水魔術の刻まれている戦闘用オーバーコートを羽織ってフードを深くかぶる。
外傷治療道具一式と各種薬品、携帯食料、水、魔核の入ったボディバッグを背中に斜めがけにして、階級記章を左腕上腕に、通信用の魔術具を左肩近くに固定し、杖を腰の杖帯に吊るしたら準備完了だ。
一応、声を変える魔術具は首にかけたままにしておく。
「待たせてすまない」
「いいえ」
学院の制服と腕輪やイヤカフなどの、身につけていた各種偽装用の魔術具は、フィンケ副隊長に預ける。
血まみれ体液まみれになる予定のオレが持っているよりも、安全安心だ。
幾らオーバーコートに防汚の魔術が使用されていても、滝で水浴びをするように何度も体液をかぶったら、全身が悲惨なことになる。
誰でもいいから、耐性持ちが戦闘中も使える結界魔術を開発してくれ。
結界も必要だけど、体液の臭いが取れなくて洗濯が大変なんだよな。
次に制服を新調するときには、臭いがつかない、もしくは臭いがすぐ消える、そんな魔術を基布に織り込んでもらえないだろうか。
そんな魔術があるのか知らないけれど。
「学院長先生ありがとうございました。
私情により、早退をさせていただきます。
フィンケ副隊長、頼む」
「はっ」
学院長たちの返事も待たずに、フィンケ副隊長に緊急時用の短距離転移陣を使用してもらい、現地に跳んだ。
※:緊急度
実働隊における緊急事態の数値一覧
0:極小型魔物の出現
1:小型魔物の出現
2:中型魔物暴走程度の損害
3:大型魔物暴走程度の損害
4:下級竜種暴走程度の損害
5:中級竜種暴走程度の損害
6:上級竜種暴走程度の損害
7:複数の死傷者ありの竜種暴走程度の損害
8:複数の町、王都の周辺集落被害(死傷者多数
9:王都を含む主要都市の崩壊
10:全国土の崩壊
緊急度は出動の指針にすぎないため、基準が非常に曖昧
ヤバそうな時は行け!人が死ぬよりは良い!くらい




