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7日目 最終決戦!?

「なんとか……終わったわね。よくやったと自分を褒めてあげたいわ」


 午前の冷血婦人による鬼講座を終え、自室で昼食を食べた私は、レイエの入れてくれたお茶を飲んで、ふぅと息を吐いた。


「今日まで本当にお疲れ様でした、ライカ様」


 今日は七日目。ルークが帰ってくる。

 ほんと、長い戦いだったわ。でも苦労した甲斐あって、完全勝利とまではいかなくてもそれなり成果は得られたと思う。悩みの種が減って心が軽くなった気がするもの。心なしか、窓から見える景色が前より綺麗に見えるし。


「ルークっていつ頃帰ってくるのかしら? 今日としか聞いてないんだけど。レイエ、知ってる?」


「いえ、私も存じません」


 早く戻って来られるといいですね、とレイエはふわりと笑う。

 うーん、可愛いわねえ。私が男で彼女と同年代だったら絶対惚れてるわ。……そういえば、今まで訊いたことなかったけど、好きな男性はいないのかしら。もしくは彼氏とか。

 

「ねえ、レイエって好きな人いるの?」


「な、な、何です突然!? い、い、いないですよ、そ、そんな人」


 わたわたと持っていたティーポットを落としそうになるレイエ。動揺の手本みたいな動揺の仕方するわね、この子。


「なるほど。で、誰なの?」


「だっ、だからいませんって!」


 顔を真っ赤にして否定しても説得力ゼロだって。

 ふむ……。しかし、なんとなく訊いただけだったけど、こうも分かりやすく否定されると相手が誰なのかもの凄く気になるわね。私が訊いて慌てるってことは、私が「ああ、あの人」って分かるってこと? 私の知ってる男性なんて数えるほどしかいないけど、全然誰か分からないわ。


「あのね、今の自分の顔を鏡で見てごらんなさい。どこからどう見ても“私好きな人います!”状態だから」


「う、ううう……」


「諦めて自白ゲロなさいな。誰にも言わないから」


 正確には言う相手がいないと言った方が正しいけど。だって、この城に親しく雑談できる人なんていないし。ルークに「レイエって〇〇〇が好きなんだって」と言ったところで「そうか」と返されて会話が終わるに決まってるし。基本的に他人に興味ないからなぁ、ルーク。


「……本当に誰にも言いませんか?」


 どうやら私の追及を逃れることは出来ないと悟ったみたいね。レイエがティーポットを胸に抱いて、迷子になった子リスのような眼で見てくる。

 どうでもいいけど、ポット熱くないのかしら。


「ええ、約束する」


「…………です」 


「もう一回言ってくれる?」


 レイエの声があまりにも小さすぎて、耳に手を当てて訊き返してしまった。


「ヴェインさん、です」


「ああ、ヴェインさんか。……え? …………ええええええええええええええっっっ!?」


「ラ、ライカ様、声が大きいですっ!」


 窓際にとまっていた鳥が、私の声に驚いてバサバサッと飛んでいく。多分、廊下にも響いたよね。誰も聞いてないといいけど。

 って、そんなことどうでもいいわ。レイエの好きな相手がヴェインさん? ヴェインさんってあのヴェインさんよね? ディナム侯爵家の執事の。

 うーん、結構な歳の差じゃない。ヴェインさん恰好いいし優しいし素敵だから気持ちは分かるけど、それにしてもいつの間に? 数回しか会ってないと思うんだけどなー。

 あ、もしかして昨日一緒に行きいって言ったの、ヴェインさんに会いたかったからなのかしら。だったら可哀想なことをしてしまったわね。

 

「ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃって」


「ちょっと、ではなかったようですが」


「あはははは。細かいことは気にしないの。いいじゃない、ヴェインさん。お似合いだと思うわよ」


 私がそう言うと、レイエは顔をこれ以上ないほど赤くして「い、いいんです。わ、私みたいな子供、相手にされないでしょうから」と、後ろ向きな発言をした。顔の状態と言葉が合ってない。私の言葉とも噛み合ってないし。お似合いって言ってるのに。よっぽど混乱してるみたいだわ。初々しいというか、いじらしいというか。応援してあげたくなっちゃうわね。

 でもねえ……彼女の恋は前途多難な気がする。だって、ヴェインさんって堅物を絵に描いたような人だもの。私が突然眼の前で豚の真似を始めても眉一つ動かさないような人が、誰かと恋愛するなんて想像できない。……実際に試したことはないからね。今後も試す予定はないし。

 もし彼が恋愛経験豊富で、それを自慢げに誰かに語っているのを目撃したら、ショックで泣くかもしれないわ。それくらい私の中でヴェインさんは堅物ということになっている。


「どうしたものか」


 腕を組んで唸っていると、部屋の扉がノックされた。レイエが返事をしながらティーポットを置いて扉を開けに行く。

 相談できそうな人は……侯爵様に言ったらヴェインさんに無理強いしそうだし、アリシア様は面白おかしく話を膨らませそうだし。あとは……エルさんか。彼なら相談に乗ってくれそう。といっても、誰にも言わないって約束したから遠回しな訊き方しか出来ないけど。

 例えば――ヴェインさんの恋愛偏差値ってどれくらいですか、とか? 女性経験はどんな感じですか、とか? 十以上年下の女性は守備範囲だと思いますか、とか?

 ……全然遠回しになってないうえに、色々誤解されかねないわね。

 そもそも、エルさんがヴェインさんの女性の好みを知ってるかどうかがまず疑問だし。

 駄目だ。直接訊いた方がいいわ。恋愛偏差値うんぬんは到底無理だけど、そうね、無難に好きな物でも訊いてみますか。

 可愛い侍女のため、一肌脱ごうじゃないの。


「あの、ライカ様。ベルナルド様よりお届け物です。湿布薬と花束ですね。あ、あと手紙も添えられてます」


 私が意気込んでいると、両手いっぱいに荷物を抱えたレイエが戻ってきた。


「はい?」


 ベルナルド様ってどちら様? そんな人知らない、と思うんだけど。少なくとも名前を聞いたことはないはず。湿布薬と花束? 随分と斬新な組み合わせだこと。

 とりあえず、手紙を読んで見た方がよさそうね。

 私はレイエからくるくると巻かれた筒状の手紙を受け取って、内容に眼を通した。 

 ええっと、なになに……先日の無礼な振舞いをお許し下さい。騎士の鍛錬に参加された貴女を私は尊敬します。よろしければ、またおいで下さい。

 なるほど、騎士の方でしたか。多分、山の中で話しかけてきた人ね。私が筋肉痛になってるんじゃないかと心配して湿布薬をくれたんだわ。いい人じゃない。まだ身体痛いし、ありがたく使わせてもらおう。


「それと、国王陛下、王妃様、リーシェレイグ殿下、ディナム侯爵様、バイロンハイデルエトーナ公爵令嬢ロマリナ様からもそれぞれ封書が届いております」


 ベルナルドさんの気遣いに喜んでいると、レイエが次々と封された手紙を渡してくる。


「はいぃ?」


 なんでまたそんなに? 差出人は全員が昨日までの六日間に会った人だわ。く、苦情だったらどうしよう……。

 ドキドキしながら封を開けて手紙を読む。


 “リーシェレイグとジュリエラがぎこちなく会話してるのを目撃した。見事な働き、称賛に値する。今後また何か問題が起きれば、お前に相談するとしよう。”


 国王様、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、私を相談係に任命しないで下さい。というか、リーシェレイグ様たちのことストーキングしてないですよ、ね?


 “もっと色々犬の取扱い方を教えてほしいわ。それに芸も覚えさせたいの。だって面白そうじゃない? だから、数日に一度は来てくれないかしら。”


 取扱い方って……飼い方の間違いよね? うん、間違いだと思っておこう。しかし、芸を覚えさせるとか、そのうち侍女さんに巡業行ってらっしゃいとか言い出しかねないな。もしくは城に人を集めて発表会とか。王妃様が楽しければそれでいいとは思うけど、周り人たちを振り回し過ぎるのはちょっと、ね。変な方向に突っ走らないよう、それとなく軌道修正してあげた方がいいのかしら。


 “ライカのおかげでジュリエラとの距離が縮まったよ。ありがとう。これからも時々、私とジュリエラの話し相手になってくれると嬉しい。今度ルークウェルとも話してみる”


 良かった。両想いなのに勘違いですれ違いとか悲し過ぎるものね。お互いが思っていることを相手に素直にぶつけて、もっともっと仲良くなって下さいな。そして早く子供を産んで下さい、私のために、じゃなくて、国王様のために。


 “もうすぐ戦戯盤せんぎばんの腕を競う会があるのだが、私と参加しないか。”


 絶対にしません。はい、次。


 “わたくしのお茶会を途中で退席なさるなんてひどいですわ。まだ訊きたいことがありましたのに。次は必ず最後まで参加して下さいませね。”


 もう最初から最後まで参加したくないんですけれども。あんな言い合い――ほぼ私が一方的に言ったんだけど――をしてまだ誘うつもりですか。貴族のお嬢様の考えることはよく分からないわ。

 ん? 用紙の下の方に小っちゃい文字でまだ何か書いてある。


 “あの、エルクローレン様はどのような女性を好まれるのでしょうか”


 ……そうだったのか。ピンク令嬢のロマリナは、エルさんが好きだったのか。へえぇ、ふぅん、なるほどねえ。

 困ったわ、顔がニヤけてくる。レイエのときもそうだったけど、他人ひとの恋の話を聞くと、なんかニヤついちゃうのよね。でも手紙読みながらニヤニヤするとか危ない人だから、こらえないと。

 エルさんの好きな女性のタイプかぁ。訊いたことないけど、真っピンクのドレスを着る女性ではない気がする……。

 今度エルさんに会ったとき訊いてみよう。ヴェインさんは無理だけどエルさんならいける……と思う。


「この六日間、体力的にも精神的にも疲れたけど、そのおかげでこれからの生活が楽しくなりそうだわ」


「良かったですね、ライカ様――と、今度はどなたでしょう?」


 また部屋の扉がノックされ、レイエが扉へと向かう。誰だろうと思っていると、彼女はすぐに戻ってきた。今度はえらく早いわね。


「誰だったの?」


「ルークウェル殿下付きの侍女です。先ほど殿下が城にお戻りになられて、もうすぐこちらにいらっしゃるそうです」


「なんですとぉ!?」


 手紙をくれた人たちにどんな返事を書こうか考えていた私は、慌てて椅子から立ち上がった。

 まずいまずい。今まで内緒にしてきたことが全部バレる。


「手紙と湿布薬は引き出しにでも入れればいいけど、花束の入れられる場所なんてないし……。レイエ、どこかいい隠し場所ない!?」 


「え、えっと、じゃあ束を外してこれに活けるのはどうでしょう」


 部屋をキョロキョロ見回していたレイエが、壁際の棚に置かれた水差しを指差す。


「それ、花瓶じゃないよね?」


 花を入れられなくはないけど、水差しは水差し。取っ手もあるしどうみても花瓶には見えない。


「大丈夫です。殿下はライカ様しか見ないはずですから、部屋の些細な変化なんてきっと気付きません」


 ……一体レイエはルークのことをどんな風に思っているのかしら。一度じっくり訊いてみたいわ。


「分かった。じゃあお願いね。私は手紙と湿布薬を化粧台に隠してくるから」


「はい!」


 わたわたと二人でルークのいなかった六日間の痕跡を隠す。

 隠し事なんてよくないとは思うけど、私の行動が彼に知れたら迷惑がかかる人がいるから仕方ない。特に騎士さんとか騎士さんとか騎士さんとか。

 全部隠し終えて椅子に座ったところで扉がノックされた。ふぅ、ぎりぎり間に合ったわ。


「戻ったぞ、ライカ」


 レイエが開ける前に扉が開いて、長身の黒髪の騎士が入ってくる。六日ぶりに見るけど、やっぱり男前だわ。なんて、これって惚気のろけかしら。


「お帰りなさい、ルーク」


 座ったばかりの椅子から立ち上がってルークに近づくと、ぎゅっと抱きしめられた。ああ、なんかすごく安心する。


「しばらくは離さないからな」


 前言撤回。全く安心できません。

 なにさらっと横抱きにして寝室に行こうとしてるんですか。今まだ真っ昼間なのよ。

 はあ、私の戦いは昨日で終わったと思ってたけど、まだだったみたい。これが俗に言う最終決戦というやつなのかしらね。一番の強敵だわ。

 でも、負けるわけにはいかない。何としても身の安全を確保してみせる!


「ルーク! 離しなさい!」


「断る。戻ったら限界までライカを愛そうと決めていたのだ」


「勝手に決めるな! 私の身体が死ぬわ!」


「愛してるぞ、ライカ」


「人の話を聞けー!」




 決戦の結果はどうなったのかって? ……それは想像にお任せするわ。

 ただ、一つだけ言えるのは、私の戦いは七日間じゃ終わらなかったってことかしら、ね。

 


 最後までお読み下さりありがとうございました。(作者としては)予想以上に長い話となってしまいましたが、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。

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