そこまで妄想して委員会 二
真奈美が学生時代に初めてのデートで訪れた公園で、尾道にいた祈禱師に出会う。そして祈祷師から意味ありげな言葉を聞いた新聞部の一同は謎の解明に進んでゆく。
休日の摂津峡公園は、家族連れや若者のグループで賑わっている。BBQをする者、お弁当を広げる者、みんな秋晴れの中で楽しい時間を過ごしている。てな想像をしていた。が、そんな平和な光景は全く見られず、数組のカップルが静かに歩いているだけで他には人気がない。静かで寂しい光景が温かい陽射しを浴びていた。
「休みだと言うのに寂しいな」
「こんなものですよ」
永山が冷めた口調で答える。
「昔はこの公園も賑わっていたけど、ここ数年で誰も外出しなくなってしまったよな」
隆二が昔の活気ある光景を思い起こすような目をして、懐かしそうに零した。
「監視のせい?」
真奈美は、隆二ではなく永山を見つめて尋ねる。
「監視だけじゃありません。こんな所で遊んでいて、もしも近くでC国の子供が転んだりしたら、たちまちいちゃもんを付けられて俺たちの責任にされてしまいます」
永山が不快な怒気を滲ませた。
「何でも日本人が悪いことにされてしまうのよ」
マナが怒りの表情で吐き捨てるように怒りを重ねた。
(怒った顔は二人ともコワイ)
重い気分に陥った一同は、ひとり歩きを始めた真奈美の後に付いて、公園の端にある、芥川が見渡される展望の良い位置にやってきた。だが、感嘆するほど美しい景色でもない。
「こんな所で初デートしたの?」
隆二が小馬鹿にしたような口調で言ったが、真奈美は完全に無視している。
「桜の季節は最高なのよ」
マナが花の無い枝を見上げている。
「もしかしてお前も来たのか?」
「ええ。初デートで」
「誰と?」
話の流れとは裏腹に、隆二は大して興味はなさそうだ。
「内緒よ」
マナは、真奈美を見つめて微笑み掛けた。
「真奈美ちゃんも春に来たの?」
俺の言葉に彼女は静かに頷いて、遠い記憶の桜吹雪でも思い浮かべたのか、幸福そうにひとりでにやけている。
「キモ」
隆二の冷やかしに、真奈美とマナが同時に冷たい視線で彼を射抜いた時、
「お前さんたち、こんな所で何をしておるのじゃ?」
と、ひとりの老婆が近寄って来た。
(あっ、祈祷師の婆さん!)
真奈美の高校時代、お嬢様の指示で真奈美の不幸を予言した尾道の祈祷師だ。真奈美の顔から血の気が引いて、恐怖心さえ窺えるほど真青になっていった。マナも猜疑の視線で老婆を捕らえている。
「お嬢様は惨めな最期だったのう」
老婆が真奈美を見つめてからケラケラと不気味な笑い声を立てた。そして、急に鋭い目つきに変わって、
「亀田は変わりないかえ?」
と、東北なまりで尋ねた。
(砂の器か!)
更に、
「亀田が鍵を握っておるからのう」
と付け加えてから、老婆とは思えぬ足の速さで去って行った。全員が固まったままでいる。
「何だ?あの婆さん。真奈美さんの知り合いですか?」
永山が気味悪そうに尋ねる。
「マナさんにも話し掛けていたけど」
絵美もマナに答えを求める。
「高校時代に一度会っただけよ」
億劫そうに真奈美が答えた。
「お嬢様の最期って?」
俺が真奈美を見つめて尋ねたが、
「今は関係ないことよ」
と、冷たく答えを拒絶された。
「私も初めてのデートでここへ来た時、さっきと同じように声を掛けられただけよ。その時も、亀田は目医者に通っているとか言っていたわ」
マナが皆に説明した。
「亀田って誰?」
俺は、誰に聞けば良いのかわからなくて全員を見渡した。一瞬冷たい空気が流れたが、
「前の部長です」
と、永山が覚悟を決めたように話し始めた。彼は祈祷師の言った言葉に思い当たるものがあるように見える。
「確かに、彼はその頃眼科に通っていたけど、それがあの事件と関わりがあるとは思えません」
「私がお婆さんに会ったのは3年前だし、亀田部長の事件は去年のことだから、全く関係ないと思うわ」
マナも付け加えた。
「ねえねえ事件て何?」
真奈美が興味津々で永山の瞳を覗き込む。
(完全にオバサンモード)
「亀田部長は、新聞部の顧問である琴美先生に惚れていました」
「まあ、先生と?熟女好きな部長だったのね」
恋愛ネタに、真奈美の瞳がキラキラ輝いている。
「琴美先生はまだ三十歳だよ。だから去年は二十九歳」
隆二が、真奈美をからかうように言った。
「あんた、私の歳を知ってて言ってるの?」
真奈美の鋭い視線が隆二を捕らえる。永山が咳払いをしてから話を続けた。
「亀田部長の思いが通じたのか、幸福なことに琴美先生と二人で食事をすることになりました。ところが、レストランで食事をしている時に、部長は公安警察に逮捕されてしまいました。亀田部長がある活動グループに出した手紙が、公安警察の手に渡ってしまったのです」
「手紙の内容はかなりやばいものだった」
隆二が補足する。
「しかもそのグループと僕たちとの仲介をしていたのが琴美先生で、部長の手紙も先生が中継していたらしいです。ああ、良い忘れていましたけど、今も新聞部の顧問である琴美先生は、僕たちの本当の活動を知っていますし、協力もして頂いています」
「部長が捕まった時の反応は?」
「勿論、とても驚いていました。手渡したはずの手紙が流出していたのですから。責任も感じていたようです」
「琴美先生が裏切ったとか?」
俺は、彼らの気持ちには無遠慮に突っ込んでみた。
「そんな噂もありました」
永山が硬い表情で俺を見つめている。
「琴美先生に限って、俺たちを裏切るなんてあり得ないよ」
隆二が強い口調で反抗する。
「あんたは年上の女性が好きだものね」
真奈美がそう言って彼を横目で睨んだ。
「何でそんなことを知っているの?」
マナが不思議そうに真奈美を見つめる。
「てか、別に年上が好きな訳でもないし」
隆二が不思議顔で真奈美を睨み返している。
「今にわかるわよ」
そう零した真奈美は冷たくそっぽを向いた。
「オホン!それで婆さんが言った言葉との関わりは?」
俺が隆二と真奈美の口ケンカを遮った。
「当時、今の部室とは別に、古い校舎にも部室があったのですが、ほとんど物置状態になっていて余り使っていませんでした」
「で?」
「そこを、琴美先生が研究室として使いたいと仰ったので、お貸ししていました」
「何でそんな物置を?」
「琴美先生は非常勤なので研究室がなく、資料置場もなかったんです。最近は先生も余り使ってないようですけど」
永山がポケットに手を突っ込んで言った。
「それで?」
真奈美も前のめりだ。
「亀田部長は古い校舎の側にある、桜の木の下で本を読みながら、琴美先生の研究室を良く眺めていました」
「まあ、可愛い」
真奈美が思わず口走る。
「ストーカでしょ。いや、覗き魔」
マナが嫌悪を露にしている。
「じゃあ、婆さんの言っていた『亀田は変わりないか』とは、琴美先生に遠くから片想いしていたことを言っているのか」
俺は、話の内容をまとめてみてから、
「じゃあ、亀田部長は変わりないじゃなくて、変わってしまった訳だ」
と、結論を出した。
「そうよね。もう、ストーカできないものね」
絵美がそう言って笑い掛けたが、言葉が不謹慎なことに気づいて中途でやめた。亀田が囚われていることを思い出したようだ。
「亀田さんが鍵を握っている。とはどう言うこと?」
続いて真奈美が質問する。
「言葉のとおりですよ」
永山がそう言って全員の顔を見渡した。
「亀田部長は研究室の合鍵を持っていた」
「ええ!あり得ない!」
絵美も嫌悪感を露骨に表して叫んだ。
「まさにストーカ」
マナも不快な表情を浮かべている。
「こっそり侵入して何かしてたんだろう」
隆二がニヤついている。
「何かって何よ?」
マナが冷ややかな視線を彼に注いでいる。
「そう言えば、大きなソファもあったわね」
絵美が含み笑いを浮かべた。
「ひとりでソファに座って何するの?」
真奈美が絵美の含み笑いを理解できないまま、
「それより、勝手に合鍵作るなんて犯罪じゃないの?」
と、珍しく真っ当なことを言った。
「合鍵を作った訳じゃありません。元々部室だから、部長が鍵を管理しています。鍵は二つあってひとつは先生に、もうひとつは部長が持っています」
永山がポケットから取出した鍵をみんなに振って見せた。
「じゃあ、俺たちも琴美先生の部屋に入れる訳だ」
隆二の声が弾んでいる。
「顔がやらしいわよ」
「研究室だぞ。何でやらしいんだよ」
「何かドキドキしちゃう」
絵美までもが乗り気になっている。
「何かの痕跡が残っているかも知れない」
俺が真面目顔で呟いた。
「何の痕跡?」
真奈美も真面目顔で俺を見つめたが、絵美はくすっと意味深な笑いを零した。
「とにかく、婆さんの言葉から察するに、先生の研究室に何かありそうだ。今から行ってみよう」
みんなを誘った俺は、真奈美に視線を送って同意を求める。
「アイス食べたい」
「え?」
真奈美の突然の言葉に、みんな自分の耳を疑った。
「アイス食べるでしょう?」
当然のように、真奈美が女子たちに視線を送る。
「そ、そうね。隆二、買ってきて」
マナが隆二に命じてから、俺に手を差し出してきた。
「何?」
「お金。ただでアイスはもらえないわよ」
俺は隆二にお金を渡しながら真奈美の表情をちらりと見た。彼女は子供みたいに素直な笑顔を浮かべて、
「早く買ってきて」
と、億劫そうな隆二を急かしていた。
新しい校舎が立ち並ぶ大学の敷地内。その片隅にひっそりと佇む木造づくりの古い校舎。二階建てのその校舎の周囲だけは、何十年も前から時間が止まっているような懐かしい空気が漂っている。亀田部長がよく寄り掛かっていたと言う桜の木も、秋に向かって準備を進めているようだ。
「あの部屋です」
永山の指差す部屋を、桜の木の下に立った一同が見つめた。
「ちょうど、デスクに座っている先生の横顔が見えていました」
そんな永山の言葉に、
「青春してる」
「青くさ」
「キモーイ」
「可愛い」
と、賛否両論の言葉が溢れた。
「とにかく部屋に入りましょうよ」
真奈美が先へ進んでゆく。全員が、芝生を歩いて古い校舎へと向かった。一同が歩くと軋み音を響かせる古い廊下を歩いて、永山がポケットから取り出した鍵を穴に差し込んだ。
木製のドアを開けると、籠もっていた空気が一気に廊下に抜け出して全員が一瞬身構えた。部屋は20畳ほどの広さで、入口近くにソファと机の応接セットがあり、奥には机が二つ向き合っている。そのひとつが琴美先生用の机みたいで、書籍などが積んである。
一同は部屋の中を見渡しながらゆっくりと部屋に足を踏み入れる。床の軋む音が不気味に聞こえるほど建物の中は静かだ。
「殺風景な部屋ね」
薄汚れた壁を目で追いながら真奈美が感想を漏らす。壁には絵画が一枚掛かっているだけだ。
「この部屋に何かあるのかしら?」
絵美が窓際に近寄りながら誰にともなく尋ねる。だが、誰も即答はせずに、わずかなしじまが去った後、
「メイシャさんの書込みによると、この学校のどこかに隠し金庫があるらしいから、もしかしたら、ここにあるのかもね」
と、マナが絵美の問いを拾った。
「何となく、祈祷師の婆さんに誘導されているような気もするけどね」
俺は肯定とも否定とも取れる言葉を吐きながら、部屋の中をうろついてみる。
「金庫なんて見当たらないぞ」
最初から興味を持っていない隆二は投げやり口調だ。
「隠し金庫よ。目立つ所に置いてある訳がないでしょ」
真奈美が棘のある口調で隆二を刺す。永山が琴美先生の引き出しを順に開けている。
「引き出しに入るような軽い金庫に、重要な物を入れるとは思えないけど」
俺が遠慮気味に指摘する。
「いえ、鍵とかリモコンとか、ヒントになる物がないかと思って」
引き出しの中を捜しながら永山が答えた。
「ドラマとかで良くあるのが、壁に隠されているパターンよね」
この部屋で唯一の飾りである、額に入った絵画をマナが手にとってずらせてみる。
「残念」
ただの壁だ。彼女は口惜しそうに絵を見つめて考えている。
「隠し壁なんてある訳ないだろう。隣の声が聞こえるくらい薄い壁だぞ」
隆二は、馬鹿らしいと言った態度でソファにどっしりと腰を下ろして、さっきから手に持っている、飲みかけのペットボトルをテーブルに置いた。
「壁に細工はなさそうね」
隆二の言葉など耳にも掛からない様子でマナが言った後、
「天井裏はどうかしら」
と言って、隆二の前にあるローテーブルにひょいと飛び乗る。
「土足で上がるものじゃないでしょう」
真奈美が眉をひそめて注意した。
(だいぶ性格が違うな)
「だって汚いじゃない、このテーブル」
「て言うか、そこに上がっても意味がないだろう」
ショートパンツから伸びている美脚を目の前にしている隆二が、ヒップを見上げながら零した。
(ちょっと羨ましい)
マナが精一杯手を伸ばして天井を触ろうとしても、手が届いていない。隆二はそれを予想していたようだ。
「るさいわね。だったらあなたも手伝いなさいよ」
そう叱った後、テーブルの上で思い切りジャンプしたマナの足がペットボトルを蹴った。ボトルは転げ落ちて水が溢れ出す。
「おいおい!」
隆二が溜息を吐く。
「ゴメーン」
「あれ?」
溢れる水を見て思わず叫んだ俺の声に、全員が振り返って俺の視線の先を一緒に追った。床に零れた水がどんどん床に吸い込まれている。床は、十センチ幅ほどの長い板を張り合わせてある。板と板の間には継ぎ目があるが、テーブル下の一角だけ、その隙間が大きいようだ。
「ゴメン」
テーブルから飛下りたマナが、もう一度謝りながらボトルを拾った。
「ちょっとごめんよ」
俺がマナを押し退けてテーブルを除けてみる。すると、床には1メートル角ほどの細い切込みが見える。
「もしかして、地下に部屋があるの?」
マナの瞳が輝き始めている。
「どこかにスイッチがあるんじゃないですか?」
永山の言葉に皆が辺りを探し始めたが、真奈美だけは水に濡れた床をじっと見つめている。
「これかな?」
俺がスイッチを入れると電灯が点いた。
「この置物を回すと」
隆二も乗り気になったのか、狸の置物に手を伸ばしてみたが何も変化は起きない。
「ソファの下にスイッチがあるのかも?」
俺がそう提案した時、
「普通に開ければ良いんじゃないの?」
と、真奈美が床にしゃがんだ。全員の視線が彼女の挙動に注がれる。彼女は小指が入るほどの小さな節穴に指を差し込んで、床板をグイと持上げた。
「なるほど」
俺はポツリと呟いた。隆二が手を貸して床板を反対方向に倒す。すると数段の階段が現れたがその先は真暗だ。早速、真奈美が階段を下りようとする。
「こう言う時は男が先だ。何が潜んでいるかわからない」
俺はそう言って隆二を見つめる。
「俺かよ?」
「君が一番俊敏そうだ」
「逃げ足は速いわよ」
真奈美が付け加える。
「何でお姉さんにそんなことがわかるんですか?」
不承不承に隆二が階段を下り始めた。
「異常はないですよ」
隆二の声が地下から届いた後、地下室の電灯が点いた。隆二がスイッチを見つけたようだ。と、
「あった!」
突然隆二の大声が響く。吸い込まれるように全員が次々と階段を下りてゆく。地下室は上の部屋の半分くらいの広さで、男性の頭が触れるくらいの低い天井だ。階段を下りた所から反対側の壁に、冷蔵庫ほどの大きさの、黒くてどっしりとした金庫が置いてあった。
「年代物ね」
積もった埃を見たマナが、ゆっくりと金庫に近づく。
「そうでもなさそうだ」
隆二が金庫の扉に張り付いた液晶パネルに手を触れた。パネルが明るくなってカタカナ文字が刻まれたキーパネルが浮かび上がった。
「パスワードが必要なようね」
絵美がわくわくした口調で口走る。
「何で取手が両方に付いているんだろう?」
扉は1枚なのに、レバーのような取手が扉の左右両方に付いている。
「さあな。何にしても暗号がわからないと先には進めない」
俺はそう言いながら、キーパネルに『カメダ』と入れてみた。だが反応しない。
「コトミじゃない?」
絵美が提案する。
「そんな単純なパスワードにする訳がないだろう」
永山がバカにしながらも試してみる。
「やっぱり駄目ね」
結果を見た絵美は既に次の言葉を考えている。
「ストーカは?カタカナだし」
絵美が更に提案する。
「いきなりそんなパスワードを思いつくか?」
永山が呆れ顔で彼女を見つめた。
「とにかく一度戻ってゆっくり考えよう。きっとどこかにヒントがあるはずだ」
俺がそう言ってみんなを見渡す。
「ストーカも駄目。残念でした」
永山が絵美のために最後のトライをしてから、打切り口調で宣言した。
「も一度婆さんに会ってみるか?」
隆二が階段を上りながらひとりごちた。
「摂津峡公園に行けばまた会えるかも」
珍しく真奈美が彼に同意している。
「メイシャさんの書き込みにヒントがあったりして」
床から出てきたマナが思い付きを口にした。
「そんな書込みなんて思い当たらないよ」
「まあ、一度部室に戻って確認しよう」
永山が前向きな態度で全員のモチベーションを統率しようとしている。
「それよりもお腹が空いた」
周囲の熱い空気を全く無視して、真奈美が大声で訴えながら俺を見つめている。
「何で俺の顔を見る?」
真奈美は意味ありげに笑っている。
「一番年上だから」
絵美が優しく示唆する。
「金持ってるでしょ?おごってよ」
マナがストレートに俺の懐をえぐってきた。
(コワ~)
俺はベッドだけが用意された殺風景な部屋のベッドに横たわった。永山が手配した学生寮の一室にいる。小さなユニットバスが付いている贅沢な部屋だ。
「最近の学生寮はこんなに贅沢になったのか」
俺が小さく感嘆した。
「これが普通だと思うけど、昔はどんなだったの?」
マナは俺の言葉にキョトンとしている。
「てか、何で君らがここにいるんだ?」
俺はベッドから二人を見下ろした。真奈美はマナの部屋にやっかいになる。隣の棟が女子寮だ。
「だってラオウさんが寂しいだろうと思って。しばらく一緒にいてあげるのよ」
マナがそう言って、真奈美と顔を見合わせて微笑んだ。
(こうして並ぶと双子の姉妹みたい)
床は畳になっている。二人は畳に膝を畳んで、コンビニで買ってきた飲み物と酒のあてを広げている。
「俺が自分で飲むために買ってきたんだけど」
「こんなにたくさん?ひとりで飲んだら身体に悪いわ。だから手伝ってあげます」
真奈美がケラケラと笑いながら紙コップにビールを注ぎ始める。
(こいつら、もう酔ってるのか?)
居酒屋で食事をした新聞部のメンバーは、二軒目に行くこともなくそれぞれの自宅に戻った。寮住まいは永山と隆二、それにマナの三人だ。
居酒屋も静かなものだった。話し声や笑い声も多少聞こえては来るが、店中に響き渡るような若者らしい騒ぎは皆無だった。皆、周囲に気を配って話していた。
しかも当たり障りのない話題で酒を飲んでいた。外では深酒をしないように気をつけているようだ。酔って余計なことを話さないためだろう。
俺たちも金庫の話は一切せずに、彼らのコイバナや、真奈美の学生時代の、どうでも良いような話ばかりをしていたが、やはり緊張が緩むことはなく今一盛上がりに欠けていた。
飲み足りない俺は、コンビニで酒とあてを買った。マナと真奈美はご機嫌な様子で、手を繋いで俺の後ろに付いていた。財布の匂いに敏感なのは女の特技だろう。コンビニ袋にはなぜかスイーツまで紛れ込んでいた。
「永山君と絵美ちゃんは付き合っているの?」
俺は、肘枕をしてマナに尋ねてみる。
「見ればわかるでしょ」
マナはそう言ってスルメを口にくわえた。
(ちょっと酒乱系か?)
「あんな男のどこが良いの?」
真奈美も目がトロンとしている。
「永山君は正義感が強くて責任感もある。頼れる男よ」
マナが立て膝をしてビールを口にする。
(オッサンか)
「永山君じゃなくて隆二のことよ」
(他人の彼氏を呼び捨てか?)
「隆二?口は悪いけど案外良い奴よ。エッチも上手いし」
マナがさらりと言ってのけた。ビールをクイと喉に流し込んだ真奈美は、にこりと微笑んでから、
「知ってるわよ」
と言って、マナの表情を固まらせた。
「何で知ってるのよ?」
マナの目が鋭く輝いている。俺も驚いて、ベッドから身を乗り出して真奈美の瞳を見つめる。
「だって私も付き合っていたもの」
「え?」
マナはあんぐりと口を開いている。
(時空の異常のせいで、真奈美の過去とは異なる世界が展開されているはずだが、付き合う男が同じと言うことは、誤差は少ないのだろうか?)
「私も大学時代に隆二と付き合っていたの。初デートで摂津狭公園に誘ったのは奴よ」
そう言った真奈美は、マナに軽くウインクした。
「じゃあ、自分がデートに誘った場所をダサイとか言ってバカにしてたのね、愚かな奴」
マナはケラケラと笑った。
「いつまで付き合ったの?」
俺にも興味が湧いてきた。
「卒業まで付き合ったわ。将来は結婚する積もりだったの」
「ほう」
「隆二もその積りだった……はず」
「はず?」
マナと俺の声がハモる。
「両親に紹介すると言ってくれたもの」
真奈美は少し照れ臭そうに回顧している。
「たったそれだけで、結婚すると信じていた訳?」
マナは呆れ顔だ。
「昭和の女は純情なんだよ」
俺の冗談に、真由美が冷たい視線を返してから、
「私が寮の部屋を引き払うタイミングで、彼の実家へ一緒に行く約束をしていたの」
と、懐かしそうに瞳を輝かせた。
「へえ」
マナは複雑な表情で彼女を見つめながら、相変わらずスルメを口にくわえて上下に動かしている。
「新大阪駅で待ち合わせしていたのよ」
真奈美は、マナがくわえたスルメに手を伸ばして引き千切り、
「でも、彼は来なかった」
と言って、スルメを口に運んでビールに手を伸ばす。
「マジ?」
「ひどい男よ」
真奈美はビールをグイと飲み干した。
(いい飲みっぷり)
しばらくの間気まずい沈黙が続き、どう言葉を掛けて良いのか俺もマナも迷っていた。
「二股掛けていやがったのよ!」
沈黙の中で突然大声を放った真奈美は、再びビールをグイグイと一気に飲干す。
「まあまあ」
マナが立て膝のままビールを注ぐ。
「ドモ」
真奈美も右膝を立ててビールを受ける。
「あいつはね、女にしか興味のないバカ男なのよ。学生時代も遊んでばかりいてね、就職も決まっていなかったの」
「それでよく結婚する気になったな」
「どうやら、バイト先で知り合った年上の女と私に二股を掛けてたみたいでね、私との約束の日にその女と駆け落ちしやがったのよ!その後は、携帯も繋がらないし実家にも帰っていない」
「仕事も無いのに女と駆け落ち?ホント、バカ男ね」
マナが冷たく言い放つ。
「女のヒモにでもなったんでしょう」
「エッチ上手いしね。まあ特技を生かした生き方じゃない」
そう言ったマナが、隆二をバカにしたような笑いを浮かべる。
「あなたも気をつけなさいよ。あいつは必ず裏切る男だから」
真奈美はマナに警告しながらビールを返杯する。
「ドモ。でも私は平気よ、隆二がいなくても」
マナは受けたビールを一気に飲み干した。
「あのう。俺もビールもらって良いですか?」
俺は、同じ人間であるはずの二人の女が、同じ人間であるはずのひとりの男に対して、それぞれの異なる体験談を語っている様子に、頭が混乱してしまって考えることを止めることにした。
「飲むの?」
真奈美が面倒臭そうに俺を睨む。
「だって俺のビール……」
「どうぞ」
マナが、愛想良く微笑んでビール缶を俺に放り投げた。
「おつまみは?」
俺は遠慮気味に頼んでみる。
「自分の小さなウインナーでもつまんでなさい」
そう言った真奈美が再びケラケラと笑い始める。
「それ、昭和のギャグ?ウケル~」
マナもケラケラと大喜びした。
(酒乱どもめ)
摂津公園はハイキングコースもあって、年中楽しめる場所です。夜景も綺麗かも。。。低い山なのであまり期待しないでください。