再び秘書 真奈美 三
桜ノ宮の桜並木は今満開を迎えている。毎年この時期になると、大川沿いの桜並木の下は、昼はランチを楽しむOLやビジネスマンの姿で埋め尽くされる。
「年に二回も満開を見られて良かったな」
「今度はビールを買っといて良かったわ」
真奈美がニコリと笑ってラオウを見つめた。
「この後、新聞社に行くことになるんだから飲み過ぎるなよ」
今度は桜の花を見上げた。
「アー、やっぱりおつまみも買ってくるんだった」
と言って、愛らしい瞳でラオウを見つめ、暗に彼にパシリを命じようとした。
「だから、たこ焼きを買おうと言ったのに」
「粉物は太るからだめよ」
突然、落語の出囃子音色が辺りに響いた。
「はい。ああ熊さん、どうせニュースのことでしょう。派九里なんたらが島を買ったとか言う……。お花見中でテレビなんか無いけどネットで見るわ」
真奈美は少し首を傾げながら携帯を切った。笑いを堪えて桜を見上げる真奈美の仕草が可愛い。
「小熊からか?」
「例のニュースを見ろって。私が知っていたから驚いていた」
真奈美が再びラオウの方に視線を向けた。
「確めてみろよ」
「ガラ系は画面がちっちゃいから嫌なの。ラオウさんが見て」
そう言って真奈美が携帯を差し出す。
「小さい字は俺の方が苦手だって前にも言っただろう」
「面倒なオヤジね。後でおつまみ買ってよ」
(なんでやねん)
真奈美が鼻歌交じりで携帯を操作してネットを検索している。
「今飲み食いして身に付いたものは、未来に無くなっている保証はないんだろう?」
「アッ、そうだった。黒服さんがそんなことを言ってたわね」
真奈美は目を丸くして驚いている。
「もう忘れていたのか」
ラオウがそう言った瞬間、
「あ、これね」
と、ラオウに画面を見せてから、
「読めないの?」
と、小ばかにしてから画面の文字を読み始めた。
「読めないんじゃなくて、見えないだけだと前にも言っただろう」
「はいはい、読んであげる。大阪に本社を置く派九里興業が、福井県にある無人島を買って巨大リゾートホテルを作ると発表した」
真奈美がヘッドラインを読みあげてから少し首を傾げた。
「全く同じニュースだ。何も変わっていない」
ラオウが落胆気味に呟いた。
「私たち、いったい何のために過去を繰り返したのかしら。バカらしくなってきちゃった」
「今頃か」
「そんな馬鹿らしいことに付き合わされた俺の身にもなれ」
突然、二人の背後から男の声がした。
「何だ、黒服さんか。後ろから来たからまた林さんかと思った」
「何だは無いだろう。こんなに協力してやってるのに」
黒服が無表情なまま文句を言った。
「協力たって、妄想列車を少し戻しただけだろう」
「俺の協力はもう要らないようだな」
ラオウの言葉にムッとして黒服がすねた。
「そんなことない~。私が摂取したカロリー、全部チャラにしてよ」
真奈美が可愛い声で機嫌をとる。
「俺のカードも元に戻してくれ」
黒服はチラリとラオウを睨んでから、
「早く事を終わらせないと、未来への同期タイミングが近づいているようだ」
と言って真奈美に視線を落とした。彼女は可愛く愛想笑いを浮かべている。
「今から奈川の所へゆく」
ラオウが小さく言った。
「え~!お花見は~?たこ焼きは~?」
真奈美が頬を膨らませて不満を訴えている。
「たこ焼きは太るぞ」
と、黒服。
「え!」
黒服の言葉には真奈美も従順なのか、一瞬で顔色が青ざめた。黒服は真奈美には構わず、
「奈川にとっては、お前たちと話をしたのは昨日の出来事だ。それからお前たちが過去に戻ると言う話は信じている」
と言って、クルリと二人に背を向けた。
「ほんとにたこ焼きは太るの?クリア出来ないの?」
真奈美が不安気に確認している。
「まだ、たこ焼きは食ってないんだから気にするなよ」
と言って、ラオウが真奈美に微笑み掛けた。だが、黒服は、
「昨夜、寝る前に食っていた」
と、背中で答えて消えてしまった。
見覚えのある、新聞社の建物に入った真奈美とラオウは、受付で奈川を呼び出した。
「お茶は結構ですからね。それから会議室をひとつ予約しておいて下さいね」
突然、真奈美が受付嬢に依頼した。
「は、はあ」
受付嬢は不器用に頷いた。案内も待たずにソファに向かった二人は、二ヶ月前の様子を思い出しながら、ソファに腰を沈めて奈川を待っているが、彼はなかなか現れない。
「お茶を断るんじゃなかった」
真奈美が小声で囁いた。
「君は良く後悔する」
「後悔じゃない、反省よ」
「君は良く口ごたえをする」
ラオウがそう返した時、
「もう、戻って来たのか?」
と、奈川が仏頂面で近寄ってきた。
「こっちは何かと大変だったのよ」
真奈美の言葉を聞きながら、奈川は二人の表情を交互に確認して、「結果は変わらなかったようだな」
と言って腰を下ろした。
「何で知ってるの?」
「はあ?」
ラオウと奈川が一瞬言葉を失ったが、ラオウが真奈美の言葉は無視して、
「H2O研究所が協賛カンパニーへ融資しないように試みたが駄目だった」
と言った後、少し羞恥を浮かべながら更に言葉を続けた。
「前回は、融資に反対する広野専務のパソコンにウイルスを仕込まれて弱みを握られたが」
「私がインストールしたのよ」
真奈美が嬉しそうに割り込む。
「自慢するな。今度は広野専務がハニートラップに掛かって、ホテルに入る写真を押さえられてしまった」
ラオウの報告を聞いた奈川は、
「それで協賛カンパニーへの融資が決まって、派九里興業が無人島の買収に乗り出した訳だな」
と、残念そうに言った。
「あっそうか。奈川さんが記事を書いたんだ。だから結果を知っていたのね」
真奈美は嬉しそうだが、男二人は溜息を吐いている。そして、奈川がポツリと、
「歴史は変えられないってことか」
と小さく呟くと、
「変わったわよ!」
と、いきなり真奈美が強気で主張した。そして、
「少なくとも広野専務は奥さんにしばかれたはずよ」
と、強い語気で付け加えた。
「お気の毒に」
「自業自得よ」
真奈美の語気は収まらない。
「俺を電話で呼び出した女はあんたが初めてだ」
突然、真奈美とラオウの背後から男の声が響いた。
「あら、意外。もてないのね」
真奈美がそう言いながら振り返える。
「しかも留守電で」
林は、振り向いた二人を上から見下ろしている。
「普通、メールだろ」
ラオウが真奈美に囁いた。
「私の声の方が喜ぶかと思って。ねえー」
しかし、真奈美の愛想笑いは軽く流されて、林は奈川の方へ歩み寄ってゆく。
「やっぱり後ろから現れたな」
ラオウが面白そうに真奈美に囁いた。
「俺が前から現れる時は逮捕する時だと言っただろ」
林が冷たく返してきた。
「逮捕された~い」
しかし、またも真奈美は無視されて、林は奈川と挨拶を交わしている。無視された真奈美はブスッと立上って、
「じゃあ、会議室を予約してあるから行きましょうよ。奈川さん、コーヒーお願いね」
と、不機嫌に言い放ってさっさと歩き始めた。
「会議室はこっちだ」
「これからどうやって買収を阻止するかが問題だ。契約は進んでいるのか?」
ラオウが奈川に確認した。
「進んでいるのかと言われると、肯定するより他ない」
「何か勿体ぶった言い方ね」
真奈美はまだ口調が強い。
「俺は浮気などしたことがないから、もっと優しく話してくれ」
「ほんと?新聞記者なのに?」
真奈美は疑い深い視線を奈川に送っている。
「新聞記者は関係ないだろう」
ラオウが奈川を擁護する。
「ま、良いわ。信じてあげるから続きを聞かせて」
奈川は小さく咳払いをしてから、
「契約は進んではいるが、契約が成立するには五十億の現金が売主の手元に届かくことが前提条件のようだ」
「何で現金なの?振込の方が安全で良いじゃない」
真奈美が不思議そうに尋ねた。
「現金の方が過去の痕跡を追われ難いからだ」
「意味不明」
真奈美はラオウに助けを求めた。ラオウは小さな吐息を吐いてから解説を始めた。
「協賛カンパニーに集まった金の中には、不正な物や怪しい物も多く含まれているのだろう。例えば、それを一旦金融商品に変えて関連会社に売買して再び現金に変える。いわゆるマネーロンダリングを行っている可能性が高い」
「へえ。それで?」
「金融機関を利用すると、記録が全て残るから、元々の金が不正な物であることが発覚した場合に、不正な金がどのルートで誰に渡ったかばれてしまう」
「なるほどね。でも現金だとわからないの?」
「仮に協賛カンパニーが年間三十億の現金取引をしたとして、不正だと発覚した十億がどのお札かなんてわからない」
と言ってラオウがコーヒーを口にした。
「わかったわ。よく、お金に名前は書いて無いと言うのはそう言うことだったのね」
真奈美は満足そうに頷いた。
「協賛カンパニーは、まだ現金集めに苦労しているようだ」
奈川が裏情報を話し始めた。
「何しろ総額五十億だ。他にも協賛カンパニーのような会社があるのだろうが、マネーロンダリングには時間がかかるからな」
「どうして?」
真奈美が再び疑問が尾を浮かべている。奈川は面倒臭そうに、
「怪しい金は、疑われない程度の額に小分けして浄化するからだ。浄化にはいろんな方法があるが、金融商品によってはすぐに換金出来ないものもある」
と、真奈美に説明した。
「へえ。大変ね。ところで無人島の売主はどこにいるの?現金をそこに運ぶんでしょう?」
「高知県だ」
「高知?てっきり福井の人かと思ってた」
「寒い所が嫌になったんじゃないのか」
「うちから融資したお金はもう高知に運ばれたの?」
「まだだ」
「じゃあ、その現金が売主に届かないようにすれば良いんじゃない?」
「強盗でもするのか?」
奈川の問いに真奈美がニヤリと笑う。
「恐い女だ。しかし、仮に強盗をするにしても、いつどこから誰が運ぶなんてわからないだろう」
「運ぶのは協賛カンパニーの幹部。出発は大阪USJ銀行の梅田支店よ。時期はまだ不明」
「何で君がそんな情報を知っているんだ?」
「メールか?」
ラオウが瞳を輝かせて言った。
「そう。いろーんなメールが飛んで来るからね」
そう言って真奈美は携帯を指で叩いた。
「岡村のバソコンにウイルスソフトを入れておいたらしい」
ラオウが林と奈川に説明した。
「なかなかやるな。と言うより恐ろしい」
「じゃあ、仮に運搬日時がわかったとして、どうやって阻止するんだ?強盗は犯罪だぞ」
「警察を味方にすれば良いんじゃない」
そう言って真奈美は林に意味深な視線を送った。
「何の目だ?」
「私の魅力に魅了されているんでしょ?」
「本人の前で言うか」
ラオウが呆れている。
「冷たくあしらわれているようにしか見ないが」
奈川も呆れ口調で呟く。
「照れ隠ししているだけよ」
「本当に君はどんな逆境ででも生きていけそうだ」
大阪USJ銀行の梅田支店近くに停車したクラウンの後部座席に真奈美とラオウは座っている。助手席には林が座り、彼の部下が運転席にいる。
また、彼らの車の後ろに白のカローラが一台待機している。更に、捜査令状を持った刑事が現金搬出口を見張っている。
「本当にここから出発するのか?」
林が真奈美を振り返って念を押した。
「指令H四月十五日午前十時。ルートKを選択し、RT点で合流」
真奈美がメールを読み上げた。
「もう時間を過ぎている」
「まだ五分じゃない、良くそれで警官が勤まるわね。コーヒー牛乳とか飲みながら朝まで張込みしたりするんでしょ?」
「そんなことばかりやってる訳じゃない」
林が、テレビドラマに毒された真奈美に冷たく言った。
「奴らも焦っているんじゃないか?」
ラオウが窓の外を見ながら考え込むような表情で呟いた。
この前の新聞社での会議の三日後、真奈美とラオウが蕎麦屋でランチを食べているところへ奈川から連絡があった。
彼の取材によると、C国系の企業が原発近くの島を購入すると言うニュースに驚いた政府が、国防に影響のある土地買収について制限をする法案を検討すると同時に、一番時間の掛からない市の条例変更を求めたようだ。
市も、とりあえず島の買収を凍結出来るように条例の一部を修正したらしい。その発効日が来週の金曜日。そのおかげで、元々取り交わされていた契約成立のための入金期限日が一週間短くなったことになる。
「あれだ」
黒塗りのベンツが静かに真奈美たちのクラウンの横をすり抜けていった。運転手がさりげなく車を発進させる。後ろのカローラも後に続いた。
ベンツは国道一号線を東に向かっていく。
「どこへ行くのかしら?」
真奈美が真面目顔で尋ねている。
「はあ?高知に決まってるだろう」
ラオウが呆れ顔で答えた。
「そっかなあ」
ベンツは南森町から阪神高速に乗り込んだ。真奈美たちも後を追う。
「ベンツのトランクには何百万円くらい入るの?」
真奈美がふと疑問を口にした。
「何百万?」
ラオウは、彼女が冗談を言っているのかといぶかった。
「数億は入る」
林がボソリと答えた。
「数億!」
真奈美が大声を出して驚いている。
「今更、何をビビってるんだ?」
「別にビビってはいないけど。ほんとに強奪出来たら、一生遊んで暮らせるなって思っただけよ」
その言葉に林がゆっくりと振り向いて、
「お前ならやりかねないな。しかし強奪に失敗したら、一生刑務所暮らしだぞ」
と、冷たく言い放って前に向き直った。
「痩せるかもね」
真奈美は意外に真剣な表情でラオウに言った。ベンツは難波を通り過ぎてゆく。平日の高速道路は混んでいるが、渋滞は起きていない。と、前のベンツと同じ型で色も同じのベンツが近寄ってきた。
「あれ、良く似た車が近寄ってきたわね」
真奈美の言葉を待つまでも無く、全員が視線を前に集めている。
「合流とはこう言うことだったのか。ナンバーを覚えているか?」
ラオウが林に向かって言った。
「当然だ。しかし、最初のベンツに現金が積んであるとは限らないんじゃないか?」
「百パーセントとは言い切れないな」
ラオウも得体の知れないメールを信じ切ってはいない。
二台のベンツは時々順序を入替わったり、併走したりして、目くらましをしているかのようだ。
「私たちに気づいているのかしら?」
真奈美が不安そうに林に尋ねた。
「いや、もし気づいているのなら、もっと迅速な動きで俺たちを巻こうとするだろう。これは基本行動だ。俺たちがいなくてもこう言う動きをするはずだ」
「バカな人たちね、余計に目立つじゃない。そもそもこっそり運びたいならベンツなんて目立つ車を使わなきゃ良いのに」
真奈美はそう言って軽く笑った。
「いざと言うときに高速で長時間運転できる車でなければ相手を振り切れないだろう」
ラオウが真奈美に説明した。
「ベンツってそんなに運転しやすいの?」
「高級車はパワーもあるし高速で安定するように作られている」
「この車も?」
「だから覆面パトカーにはこの車種も多い」
「じゃあ、私にも運転させて!」
真奈美が急に前シートに身を乗り出して、運転手にせがみ始めた。
「試乗会にでもいけ。頼むから今は大人しくしていてくれ」
林に叱られた真奈美が少し口を尖らせた時、
「あれ、もう一周するのか?」
と、ラオウが思わず口にした。ベンツは環状線から抜け出ようとしない。
「道を間違えたんじゃない?ふざけた運転してるから」
真奈美の言葉が終わった時、南森町入口からもう一台黒塗りベンツが現れて、三台が固まって走り始めた。
「しまった。RT点と言うのは、R点とT点と言う意味だったのか」
林が少し焦っている。
「三台にバラバラの方向に走られると、俺たちは二台しかないから振り切られてしまう」
真奈美が質問する前にラオウが先に答えた。
「じゃあ、次回は皆で一台ずつ運転しましょうよ。私はベンツで良いわ」
だが、林は彼女の言葉など完全に無視している。三台になったベンツ団は、環状線を抜けて神戸方面を目指しているようだ。
「どの道、四国へ渡るには明石大橋か瀬戸大橋、尾道大橋を渡るしかないでしょう。私、尾道で暮らしていたことがあるのよ」
真奈美が嬉しそうに林に向かって言った。だが林は無反応だ。
「もうひとつルートがある」
ラオウが真奈美に言った時、縦列になって走っていた三台のうち先頭の二台が天保山方向に分岐し、最後の一台だけが神戸方面に向かった。梅田から尾行している最初の一台だ。
真奈美たちの車は神戸方面の車を追い、後ろのカローラが天保山方面の二台を追った。
「もう、橋は無いでしょう?」
真奈美がラオウに確認した。
「船だ」
ラオウがそう言って、
「天保山方面へ行った二台のうち少なくとも一台は南港辺りからフェリーにでも乗るんだろう」
と、続けて言った。
「じゃあ、この一台はどこかの橋を渡る可能性がある訳ね。もしも尾道まで行ったら私を降ろして下さる?久しぶりに尾道へ帰りたいわ」
真奈美が嬉しそうな声で運転手に言った。
「尾道の海に放り投げてやりたいところだが、残念ながら明石までも行かないようだ」
林の言葉通り、ベンツは阪神高速を下りて梅田に向かって戻り始めた。
「こっちはオトリだったわけか」
ラオウの言葉に、
「オトリを引くなんて、林さんは運の悪い人なのね」
と、真奈美が笑った。
「ああ、そのとおりだ。事実、お前なんかに出遭ってしまった」
林はそう言ってから、無線でカローラを呼び出した。
一度目の追跡を終えてから一週間余りが過ぎた。結局、カローラが追跡していた二台ともが、南港から貨物船で運ばれていった。恐らく、前もってチャーターされていたであろう小型貨物船だった。
一度目の追跡の三日後に二度目の追跡を行った。真奈美に届いたメール内容は、指令A。ルートLを選択し、RV点で合流せよとのことだった。
この追跡の結果、ルートLは瀬戸大橋を渡るルートであることが判明した。また、二台目のベンツは道頓堀で加わり、三台目は同じく南森町で合流したことから、R点とは南森町であると断定出来た。しかし、真奈美はまたもや尾道まで届かなかった。
「瀬戸大橋まで行ったんだから、最寄駅に降ろしてもらえば良かったのに」
ラオウがお好み焼をひっくり返しながら真奈美に言った。
「電車なんて面倒だもの。車でなきゃ」
「お好み焼を返すのも面倒なのか?」
林が真奈美に言ってから自分にビールを注いだ。
「ラオウさんの方が上手だからよ。人には得て不得手があるの」
そう言って彼女はグラスを空にした。
「お前の得意技は人に仕事をさせることか?」
林が真奈美のグラスにもビールを注ぎながら皮肉った。
「ありがとう。昔から、周りの皆が世話をやいてくれるの。不思議でしょう?」
三人はお好み焼屋で最後の打合せをしている。
条例発効は二十五日の午前零時。実質は明日の二十四日が最後の輸送日となる。そして、思ったとおり、最後の輸送と思われる指令が真奈美にメールされていた。
「指令N。四月二十四日午前十時。ルートKを選択しRS点で合流せよ。S点は初めてだけど、R点は南森町だからもう大丈夫よね?」
真奈美が林に確認する。
「ああ、街の防犯カメラでベンツの待機場所を確定しているし、USJ梅田店から二〇分間隔で三台のベンツが出発していたことも確認できた」
「要するに、三台のうち一台がオトリで、指令で指定された時間に出発するベンツが毎回オトリになっている訳だ」
ラオウが事実を確認した。
「指定された時間に出発したベンツがオトリだったことは、梅田店に戻ったことで確証があるが、後の二台共に現金があるとは限らない。もしかしたら更にもう一台オトリである可能性もある」
林が慎重論を披露した。
「それで?どうやって現金を強奪するの?」
真奈美が楽しそうに大声で言った。
「シッ!他人に聞かれるだろう」
ラオウが慌てて真奈美を叱ってから、ソースと海苔、鰹節を掛けたお好み焼を、彼女の前まで鉄板の上を滑らせた。
「マヨネーズは?」
「邪道だ」
「ラオウさんが子供の頃はマヨネーズなんてなかったのよ」
真奈美が林に告口をした。
「マヨネーズはあった。でもお好み焼には掛けなかった」
ラオウの弁解に林が小さく頷いた。
「林さんもそっち派?一度試してみれば良いのに」
真奈美はそう言いながら自分でマヨネーズを掛けてから、小ヘラでお好み焼を切り取り、
「ハフー、ハフー」
と、冷ましながら口に放り込んだ。
「美味しい!でも、お好み焼はやっぱり広島風の方が美味しいわ」
真奈美は幸福そうな笑顔を浮かべてビールを流し込む。
「ダイエットは良いのか?」
ラオウの心配そうな言葉が、一瞬、真奈美の動きを止めた。
「強奪方法にはもう興味は無いのか?」
今度は林が呟いてからビールをあおった。
「そうだった。ダイエットよりも現金強奪よ。で、どうするの?」
そう言って真奈美は更にお好み焼を口に運ぶ。
「南森町に待機している車を借用する」
「その車に現金があるとは限らないだろう」
ラオウが意見する。
「そんなの、荷物を調べればすぐにわかるじゃない。本物だったらそのまま車を強奪。偽者だったら、南港まで行って、もう一台の車を強奪すれば良いのよ」
真奈美が能天気な提案をしている。
「そんなことをしたら本当に犯罪者になってしまうぞ。手荒なことをして相手がかすり傷でも負ったら強盗傷害罪だ。いくら国家権力があってもそんな犯罪者を簡単に釈放出来ない」
そう言った林が、真面目顔でお好み焼きを見つめている。
「だから借りるのか?」
ラオウが林に言った。
「そうだ。ある事件の調査のために車を借用する。そこにたまたま現金があった。だから荷物を探すような真似はしてはいけない」
「もう一台の車も調査に必要な訳だ」
ラオウがニヤリと笑う。
「そう言うことだ」
林もニヤリと笑ってから、おもむろにマヨネーズをお好み焼に掛けた。