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第3章・第15話「最終バイアウト、不渡りの神域へ」

 深夜の営業を終え、最も重いロング予約を受けた時のような、あの胃の腑がせり上がる緊張感が戻ってきた。ガルトの移動ワークショップの奥、アニマの排熱とオイルの匂いが混じり合う薄暗い空間で、俺は黒銀の光を放つ霊殻アーマチュアのコアユニットを見上げていた。


 ガルトが俺の横で、包帯の巻かれた腕を震わせながら無理やり工具を回す。赤いシーリングが引きちぎられる硬い音は、この世界の常識である「安全リミッター」を物理的に破棄する宣告だった。


「いいか、不渡り息子。……この霊殻はもう、お前の肉体を守るようには作っちゃいねえ。アニマの逆流、神経の焼損……それら全ての安全装置をバイパスして、ただ『出力を出し切る』ことだけに特化させた。……お前の腕が、一ミリでも型の設計図からズレりゃ、そいつはただの鉄の棺桶だぞ」


 親父の指先は、隠しようもなく震えていた。だが、剥き出しになった回路は、これまでのどんな霊殻よりも美しく、鋭いアニマの拍動を刻んでいる。

 ……信じてるぜ、親父

 **俺は、その熱を帯びた回路へと、自分の空白の回路を迷わず接続アクセスさせた。


 カチリ、カチリ、カチリッ


 脳髄に直接響く重厚な接続音と共に、俺の意識が王都の北門を越え、虚無の地平へと拡張されていく。全身の神経が霊殻の末端まで走り、まるで自分の皮膚が鋼鉄になったような錯覚。その鋭敏な感覚が捉えたのは、王都の厚い石壁の向こう側に広がる、アニマの澱んだ死の世界の質感だった。


「……準備、いいわよ。カイト」


 声のした方を向くと、そこには旅装を纏ったエリアが立っていた。騎士団の重苦しい鎧を捨てた彼女は、どこか吹っ切れたような、清々しい表情をしている。俺は、出発の直前、ガルトの作業台の隅にあった汚れた伝票の裏に、一本のメモを書き残した。


「……これ、持っとけ。……エリア」


「メモ……? 何よこれ。『目的地:最高の青空。運賃:生きて帰ったら請求』……?」


「……領収書だよ。……俺のタクシーは、客を目的地に届けるまで、精算は終わらねえ。……だから、それを持ってる限り、あんたはまだ俺の『預かりもの』だ。……勝手に降りるんじゃねえぞ」


 ……不器用だな、俺も。

 俺は彼女に顔を見られないように背を向け、霊殻のハッチを閉じた。モニター越しに、メモを大事そうに懐へしまい、少しだけ頬を赤くして頷く彼女の姿が見えた。


『おじさん……出発だね。……外のアニマ、すごく怒ってる。……でも、大丈夫。……あたし、おじさんの空白の中に、全部の感覚を預けるから。……一緒に行こう』


 セフィラの声が、魂の芯から響いてくる。彼女の神力が、俺の「空白の株」と完全に同期し、世界のノイズを遮断する最強のナビゲーションを展開した。


 王都北門が、重々しい音を立てて開放される。その向こう側、空に浮かぶ黄金の「98.0%」に照らされた荒野は、もはやこの世のものとは思えない死の色に染まっていた。アニマが高濃度すぎて物理的に「凍りつき」、視界を遮る吹雪となって渦巻いている。


 吹雪の向こう側、前方視界をゼロにする勢いで、レベル2から3に至る魔獣の群れがこちらを察知し、黒い津波となって殺到してくるのが見えた。

 ……さて、最後のロング、営業開始だ。

 俺は、霊殻の全ての属性ペダルを、同時に底まで踏み抜いた。


「——全属性同時駆動フル・バイアウト! どけ、お前らに払う小銭はねえんだよ!」


 ドォォォォォォォォォンッ!


 火、水、風、地、雷、光、闇。七つの属性が霊殻の装甲表面で臨界点を超え、虹色の衝撃波となって爆発した。

 前方の魔獣たちが、俺の霊殻が放つ圧倒的な「不確定の光」に触れた瞬間、存在を定義できずに蒸発していく。普通の加護持ちなら、この高濃度アニマ地帯に踏み出しただけで「存在の汚染オーバーライト」を受けて正気を失うだろう。

 だが、俺は「空白」だ。どこにも属さず、誰にも定義されない俺の魂は、この汚染された空気の中を、宛先不明の電波のように自在に突き抜けていく。


「カイト、右からレベル3が二体! 受け流しはあたしがやる!」


「ああ、頼むぜ! エリア、しっかり掴まってろ!」


 エリアが放つ迷いのない斬撃が魔獣の急所を貫く。俺は風の属性で音を置き去りにし、地の属性で慣性をねじ伏せ、最短ルートの直線を荒野に刻み続けた。モニターの端で、世界の終焉カウントが刻一刻と数字を減らしていく。


 脳内のナビゲーションが、目的地まで残り10kmであることを非情なアラートと共に告げる。

 ……見えた。

 俺は、折れかけた右腕のアニマをさらに加速させ、聖域の入り口を塞ぐように降り立った「巨大な影」を、真っ向から見据えた。


 それは、ヴェスターでも、あの監査人でもない。この星の支配権を守るための、最後の、そして最も巨大な「債権者(門番)」だった。


 俺のタクシーのメーターは、ついに最終区間へと突入した——。

【あとがき】

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


「最終バイアウト、不渡りの神域へ」


かつてない重圧の中、カイトはついに「安全リミッター」をすべてかなぐり捨て、最後の戦場へと足を踏み入れました。


ガルトが仕立て上げた「鉄の棺桶」という名の霊殻。

エリアに手渡した、未来を誓う領収書。

そして、セフィラと共に世界のノイズを切り裂く、虹色の七属性駆動


すべてを「空白」に接続し、王都を離れ、吹雪く荒野の先にある「始まりの聖域」へとアクセルを踏み抜きます。

カイトの視線の先には、この星を支配する最後の債権者たる「門番」の影


「——全属性同時駆動フル・バイアウト! どけ、お前らに払う小銭はねえんだよ!」


カイトの走りには、もう迷いはありません。

たとえ身体が壊れようとも、アニマが焼き尽くされようとも、彼は最後まで「客」を目的地へ送り届けることだけを考えています。


カウントダウンは残り2%。

王都から始まった不渡りの営業は、ついに星の運命を左右する神域へと突き当たりました。

果たしてカイトたちは、この「最後のロング予約」を完遂し、最高の青空を買い戻すことができるのか——


カイトの走りを、ぜひ最後まで伴走していただけると嬉しいです!

次回の更新も、どうぞよろしくお願いします!

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