表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/58

第1章・第15話「鋼の轍、死角の王都」

 一歩踏み出すたびに、視界がぐにゃりと虹色に折れ曲がった。


 セフィラが指し示した「世界の死角」は、道と呼ぶにはあまりに不気味な場所だった。

 城壁の巨大な影が路面にへばりつき、そこだけが世界の塗り絵から忘れられたみたいに、セピア色の霧さえ届かない異質な闇に沈んでいる。

 アニマの濃度が異常に高いせいか、空間全体に薄い油膜が張っているみたいだ。呼吸をするたびに肺の奥がヌルリとした熱に侵食され、意識の端々で、見ていないはずの「誰かの記憶」がノイズのように弾ける。


 最悪だ。


 俺は口元を固く結び、泥まみれのトランクを抱え直した。

 一歩でも「型」を外せば、この歪んだ空間の重圧プレッシャーに肉体ごと捻り潰される――そんな本能的な警告が、首筋のチリつきとなって絶えず警報を鳴らしている。

 

 前世。

 深夜三時、客のいないバイパスを百キロオーバーで飛ばしていた時の、あの「世界に自分一人しかいない」ような奇妙な浮遊感と、今の孤独な疾走が嫌な形で重なった。

 ハンドルを握る手はない。代わりに俺は、自らの重心をミリ単位で制御し、アニマの歪みが最も薄い「最短ルート」を泥の中に刻み続けていた。


「……おじさん、また無口になってる。メーターの音、我にも聞こえそうだよ。そんなに怖い顔しなくても、ちゃんと我が見てるってば」


 影の中から漏れ出すセフィラの声が、僅かに震えている。

 彼女の銀髪は光を失い、その小さな手は自分の耳を強く押さえていた。

 この歪んだ空間から発せられる「星の悲鳴」が、創造主である彼女には俺以上の暴力となって届いているのだ。


「……セフィラ。不味いなら寝てろ。目的地までは、俺が連れて行く」


「……やだ。おじさんが一人で勝手にバックレないように、最後まで見てるもん」


 セフィラがおちゃらけた口調で返してくるが、その姿が陽炎のように透けているのを、俺は見逃さなかった。

 

 その時。

 ポケットの中の金属片が、心臓の鼓動を追い越すような速さで熱を帯びた。


 カチリ。


 昨日から鳴り止まない接続音フィッティング・サウンドが、脳髄に直接ノイズを叩き込んでくる。

 

 驚いた。


 それはガルトの霊殻「断腕」の回路が残した、この世界の「過去の帳簿」の破片だった。

 回路片を通じて俺の意識に流れ込んできたのは、吸い上げられ、濃縮され、そしてどこかへ消えていくアニマの膨大な流れ。

 

 王都ロイヤル・ヴェルディア。

 この国の心臓部は、単に魔獣から人々を守るための盾ではない。

 星のアニマを強引に自分たちへ投資させ、還流を止めることで、城壁の外側――俺がいた貧民街やエリアのいた下級貴族街を、わざと「不渡り」の状態へ追い込んでいる。

 

 搾取。


 そう呼ぶにはあまりに組織的で、冷酷な「敵対的買収システム」の感触が、俺の指先を白く凍りつかせた。

 

 変だな。


 王都が近づくにつれ、空気はどんどん「清潔」になっていく。

 貧民街の泥の臭いも、魔獣の生臭さも、労働者たちの汗の匂いも、何一つ届かない。

 代わりに鼻を突くのは、石鹸と消毒液を混ぜ合わせたような、不自然なまでに無機質な冷気だ。

 

 前方の霧が晴れ、巨大な白亜の壁が姿を現した。

 

 王都、外壁。

 

 驚いた。


 そこには、俺が知っている「老朽化した世界」の欠片もなかった。

 石畳の一枚一枚が磨き上げられ、アニマを増幅させる青い石が贅沢に埋め込まれている。

 城壁内の「偽りの安寧」。

 外側で誰がアニマを絞り取られ、泥を啜っていようとも、ここだけは「投資の成果」を独占し、永遠の繁栄を演じ続けているのだ。

 

 気持ち悪い


 鼻を突く不自然な香水の匂いが、胃の奥を逆なでする。

 この清潔さは、死体を白い布で覆い隠しただけの、無味乾燥な誤魔化しと同じだ。

 

「……あっち。おじさん、あの排水口。あそこだけ、一番『不味い』匂いが漏れてるよ」


 セフィラが指差したのは、豪華な外壁の根元、泥水さえ流れていない乾いた地下水路の入り口だった。

 

 俺は観察眼を研ぎ澄ませ、その闇の奥を透かし見た。

 

 来た


 水路の奥。

 湿った空気と、重苦しい静寂が支配する深淵から、微かな「音」が届いた。

 

 ドクン。

 

 それは心拍ではない。

 俺の手の中にある回路片と同じ、テラの属性を核とした、重厚で、けれど今にも消え入りそうなアニマの共鳴。

 

 ガルト。

 

 あの親父が、まだ地下の底で、自分の「概念」を燃やしながら抵抗を続けている。

 

 俺は迷わず、トランクを抱えて汚水一つない地下水路へと滑り込んだ。

 

 冷たい空気が全身を包む。

 地上にいた聖騎士たちの足音は、もう届かない。

 ここから先は、世界の「帳簿」を管理する神威庁の、本当の裏側だ。


「……行くか」


 俺の声が、石造りの壁に反射して低く響いた。

 

 メーターは、もう止まらない。

 最短ルートの出口は、この死臭の漂う迷宮の最深部――「静寂の檻」の扉の先にある。


 ◇


【知識:世界の支配権システム(SIC/EC)の更なる理解(搾取構造の体感) を獲得しました】

【あとがき】

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


「鋼の轍、死角の王都」


城壁の外側――泥と霧にまみれた貧民街を抜け、カイトはついに王都ロイヤル・ヴェルディアの外壁に到達しました。

セフィラと共に駆け抜けたのは、世界の塗り絵から零れ落ちた「死角」。そこでカイトが垣間見たのは、王都という国家が星のアニマを独占し、外側の世界を計画的に「不渡り」へと追い込むという、組織的で冷酷な搾取構造でした。


石鹸と消毒液が混ざり合ったような、清潔で無機質な王都。それは泥に塗れて生きる人々の悲鳴を覆い隠すための、死に化粧のような繁栄でした。

そんな偽りの街の地下、最も不味い匂いがする水路の奥底で、カイトは確かに感じ取ります。今なお燃え続ける、ガルトの「断腕」の共鳴を。


カイトは迷わず、暗く重苦しい迷宮の奥へと足を踏み入れました。

地上に溢れる聖騎士たちの影も、ここではもう届きません。ここからは世界の「帳簿」を管理する神威庁、その本当の裏側――『静寂の檻』へ繋がる地獄の入り口です。


最短ルートの先で待つのは、救いか、それともさらなる絶望か。

「泥の王」が、この国の歪んだシステムをどう「清算」していくのか。いよいよガルト奪還に向けた、最も危険な潜入が始まります。


皆様から応援、レビューが、カイトを走らせるガソリンになります!


ぜひ次回も見届けてください。

第16話もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ