第34話:看病の終わりの添い寝
【結愛 視点】
一階の洗面所で、湊くんの体を拭いたタオルを丁寧に洗い、ハンガーにかけて干す。
冷たい水で手を洗いながら、私は小さく深呼吸をした。
(……うん。看病、ちゃんとできたよね)
静かな足取りで二階の部屋へと戻る。
ベッドの中の湊くんは、さっきまで荒かった呼吸が嘘のように、今はスースーと規則的な寝息を立てていた。
そっと前髪をよけておでこに手を当ててみると、先ほどまでの熱っぽさはすっかり消え、平熱のサラリとした肌の感触に戻っている。
「よかった……熱、下がったみたい」
安堵の息を吐き出した瞬間、今日一日ピンと張っていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。
朝からずっと心配で、どうにかしてあげたくて、無我夢中で看病していた疲れが、ここに来てどっと押し寄せてくる。
「少しだけ……休んじゃおっかな」
私はベッドサイドの椅子から立ち上がり、彼が寝ているベッドの、ぽっかりと空いている隙間へともぐり込んだ。
邪魔にならないように、そっと端っこの方へ。
布団の中から出ている彼の大きな右手を両手で包み込むと、ひどく安心しきった温もりが伝わってくる。
「湊くん、早く元気になってね……」
大好きな彼の匂いと、手のひらの熱。
心地よい安心感に包まれながら、私はゆっくりと目を閉じた。
【湊 視点】
ふと目を覚ますと、カーテンの隙間から差し込む光はすでに赤みを帯びていた。
どうやら、夕方までぐっすり眠ってしまったらしい。
「……あれ?」
体を起こそうとして、自分の体に起きた変化に気づく。
朝からずっと付きまとっていた鉛のような重さも、関節の痛みも、嘘のように消え去っていた。
視界もクリアで、頭の奥でガンガンと鳴っていた不快な熱っぽさもない。
(完全に熱、下がったな……)
たっぷり寝て汗をかいたおかげか、驚くほど体が軽い。
ほっと息を吐き出し、ふと右手に温かい重みを感じて視線を落とした。
「……っ!?」
心臓が、大きく跳ねた。
俺の右手を両手で大事そうに抱え込んだまま、結愛が俺の隣でスヤスヤと眠っていたからだ。
綺麗な銀色の髪がシーツの上に広がり、無防備な寝顔がすぐ隣にある。
俺が起き上がっても気づく気配はなく、幸せそうに小さく寝息を立てている。
(……ほんと、ありがたいな…)
猛烈な愛おしさが込み上げてくる。
俺は空いている左手を伸ばし、彼女のサラサラとした銀髪をそっと撫でた。
「ん……ぅ……」
数回撫でたところで、結愛が身じろぎをし、ゆっくりと綺麗な黄色の瞳を開いた。
「……湊くん……? あれ、私……」
寝ぼけ眼で周りを見渡し、自分が俺のベッドで添い寝している状況に気づいた瞬間、彼女の顔がぽんっと赤く染まる。
「ご、ごめっ、私、いつの間にか寝ちゃってて……っ!」
「いいよ、そのまま寝てて。俺の看病で疲れさせちゃったんだろ」
「ううん、疲れてないよ! それより、湊くん体調は!? まだ頭痛い?」
慌てて起き上がった結愛は、俺の言葉を遮るように身を乗り出し、俺のおでこにピタリと自分の額をくっつけてきた。
「……うん。熱、すっかり下がってる。よかったぁ……」
「ああ。結愛がずっと看病してくれたおかげだよ。本当にありがとう」
「えへへ……どういたしまして」
至近距離でホッと微笑む彼女に、俺もつられて頬を緩める。
ベッドに並んで座りながら、のんびりとした温かい空気が二人の間に流れた。
ふと、結愛が何かを思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、私たちって、よく考えたらまだ『お泊まり』とかしたことない」
「えっ? そうなのか。」
記憶喪失前の俺たちは、まだそこまでの段階には進んでいなかったようだ。
「ならさ。……今度のクリスマス、もし一日空いてるなら、夜はクリスマスパーティーして、そのままうちでお泊まりしていくか?」
俺が少し照れくさそうに提案すると、結愛の目がパァッと輝いた。
「えっ!? お泊まり、していいの!?」
「もちろんだ。……前に一緒に買った、お揃いのスウェットもあるしな。せっかくなら、あれ着てパーティーしようぜ」
「うんっ! 絶対お泊まりする! 約束だからね!」
結愛は満面の笑みで、俺の腕にギュッと抱きついてきた。
彼女の嬉しそうな顔を見ているだけで、俺までどうしようもなく満たされた気持ちになる。
(クリスマスのお泊まり、か……)
記憶をなくしてから、不安なこともたくさんあった。
でも、こうして結愛と一緒に過ごす日々が、確実に『今の俺たち』の新しい関係を作ってくれている。
数日後に迫ったクリスマスが、俺は今から待ち遠しくてたまらなかった。
第34話をお読みいただき、ありがとうございました。




