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記憶をなくした俺を、銀髪彼女が全力で甘やかしてくる。〜「1からやり直そ?」から始まる二度目の初恋〜  作者: 比津磁界


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第30話:新しい思い出の1ページ

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

遅めの昼食を終えた俺たちが向かったのは、ショッピングモールに隣接する形で最近オープンしたばかりの『ボタニカル公園』だ。

公園といっても野外の広場だけではなく、巨大な水とガラスで作られた温室ドームがメインになっていて、どちらかというと『花鳥園』に近い施設らしい。


エントランスに向かう遊歩道は、冬の冷たい風が容赦なく吹き抜けていた。

歩き出しのタイミングで、俺はごく自然に右手を差し出し、結愛の左手を取って指を絡めた。

先ほどのようにコートのポケットの中で繋ぐのも温かくて好きだが、今はなんだか気分的に、外でしっかりと恋人繋ぎをして歩きたかったのだ。


「えへへ……」


結愛は嬉しそうにはにかむと、繋いだ手にギュッと力を込め返してくれた。


「湊くん、体調は大丈夫? 疲れてない?」

「ん? ああ、美味しいオムライス食ったばっかりだし、すこぶる元気だぞ」

「そっか、よかった。でも、湊くんは頭打って記憶喪失中なんだから、無理は絶対禁物だよ? もし歩き疲れたり、頭が痛くなったりしたら、すぐ言ってね」

「わかった。その時はちゃんと言うよ」

「うんっ。言ってもらえたら、私がすぐベンチで膝枕して、よしよししてあげるからね!」


結愛は冗談めかして、でも少し本気の色を混ぜてそう言った。


「……さすがに人前での膝枕は、ちょっと恥ずかしいかもな」

「えー? 私は全然平気だけどなー」


くすくすと笑い合う。

そんな他愛のない会話をしているうちに、俺たちは巨大なガラスドームのエントランスをくぐった。


ゲートを抜けた瞬間――ふわりと甘い花の香りと、心地よい暖気が全身を包み込んだ。


「わあ……! すごい、外はあんなに寒かったのに、中はこんなにあったかいんだね!」

「ほんとだな。これだと少し汗かきそうなくらいだ。……でも、せっかく思い出したコートだし、できれば脱ぎたくないんだよな」


俺が少し名残惜しそうに襟元を掴むと、結愛は優しく首を横に振った。


「ううん、汗かいて風邪引いちゃったら大変だよ。それに、またこれから何度でも着てくれるんでしょ?」

「……まあ、そうだけど」

「じゃあ、脱いでロッカーに預けよっ。身軽な方がいっぱい見て回れるしね」


結愛の言葉に促され、俺たちは大人しくコートを脱いでコインロッカーに預けた。


身軽になって再び歩き出す。ドームの中央には、広大な中庭の池が広がっていた。

ただの池ではなく、足元の側面が一部ガラス張りになっていて、透き通った水の中を覗き込める作りになっている。


「湊くん、見て見て! ガラスの向こう、お魚がいっぱい泳いでるよ! 熱帯魚かな、すっごく綺麗……!」

「ほんとだ。色鮮やかだな。……あっちは、上に咲いてるのはハスの花か? こっちもすごく綺麗だぞ」

「わあ、ほんとだね! ピンク色で可愛いー!」


水面を彩る見事な花々に、結愛は目をキラキラと輝かせている。

俺は「綺麗だな」と相槌を打ちながらも、隣で無邪気にはしゃぐ彼女の横顔をそっと見つめた。


(花も綺麗だけど……楽しそうに笑ってる結愛の方が、ずっと可愛いな)


そんな気恥ずかしい本音は、今は心の中にだけしまっておくことにした。



少し歩くと、今度は色鮮やかな鳥たちが放し飼いにされているエリアに出た。

頭上や木々の間を綺麗な鳥たちが自由に飛び交い、ガラスの天井から降り注ぐ陽の光も相まって、まるでここだけ季節が違う世界のようだ。


「湊くん、あそこで鳥さんのご飯売ってるみたい! あげてみよっか」

「いいな。ちょっと買ってこよう」


俺が小さなカップに入った餌を買ってくると、結愛が手のひらに少しだけ餌を乗せて、そっと腕を伸ばした。

すると、すぐに人懐っこい小鳥がパタパタと飛んできて、結愛の指先にちょこんと止まった。


「わわっ、乗った。ご飯、どうぞ」


小鳥が餌を啄むのを、結愛は慈しむような、とても優しそうな顔で見つめている。

その穏やかな表情があまりにも綺麗で、俺は無意識のうちにスマホを取り出していた。


カシャッ。


静かなシャッター音が鳴り、小鳥と戯れる銀髪の彼女の姿が画面に収まる。


「えっ? あれ、湊くん、今写真撮った?」

「ああ。すごくいい顔してたから、ついな。……これ、記憶喪失になってから、俺が初めて撮った結愛の写真だ」

「あっ……」


結愛は目を丸くした後、嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうに口元を綻ばせた。


「……ちゃんと、可愛く撮れてる?」

「ばっちりだ。大事にするよ」

「えへへ、じゃあ後で私にも送ってね」



鳥のエリアを抜けると、温室の一角に小さなテントがいくつも並んでいるのが見えた。

手作りの雑貨やアクセサリー、布小物などを販売する、ハンドメイドのマーケットが開催されているらしい。


「手作りのものがたくさんあるね。ちょっと見ていこっか」


俺たちは手を繋いだまま、色鮮やかな花々に囲まれたマーケットの通路を歩いた。

様々なテントを見て回る中、結愛があるガラス細工の店の前で足を止めた。

彼女の視線の先には、透明なガラスでできた、雪の結晶をモチーフにした繊細なヘアピンが並べられている。


「わあ……これ、すっごく綺麗……」

「ほんとだな。結愛の銀髪に、すごく似合いそうだ」

「えへへ、ありがとう。……よし、あっちのテントも見てみよっか!」


結愛は綺麗なガラス細工を見て満足したのか、にっこりと微笑んで俺の手を引いて歩き出そうとした。

だが、俺はその場から動かず、結愛の手を優しく引き留めた。


「ちょっと待ってて」

「えっ、湊くん?」


俺は店主のおばあさんに声をかけ、先ほど結愛が見つめていたガラスのヘアピンを購入した。

小さな紙袋を受け取り、きょとんとしている結愛の前に戻る。


「はい、これ」

「えっ? 湊くん、これ……買ってくれたの?」

「ああ。どうしても、結愛に着けてほしかったから。……高価なものじゃないけど、『今の俺』からの、最初のプレゼントってことで」


俺がそう言うと、結愛はハッと息を呑み、その綺麗な黄色の瞳をみるみるうちに潤ませた。


「湊くん……」

「着けてみても、いいか?」

「……うんっ、お願い」


結愛が少しだけ顔を下に向ける。

俺は袋からヘアピンを取り出すと、彼女の綺麗な銀髪のサイドに、そっとそれを留めた。

透明な雪の結晶のガラス細工が、温室の光を受けてきらきらと輝く。


「うん。やっぱり、すごく似合ってる」

「……ありがとう。えへへ……大事にするね」


結愛はヘアピンにそっと触れながら、泣き笑いのような、とても幸せそうな笑顔を見せてくれた。




温室ドームを出てコートを受け取ると、空はすでに夕暮れの色に染まり始めていた。

再び冬の冷たい風に包まれるが、俺の右手に握られた結愛の左手は、さっきよりもずっと温かく感じられた。


「今日の写真も、このプレゼントも……すっごく嬉しかった」

「俺も楽しかったよ。……これからも、少しずつ新しい思い出を増やしていこうな」

「うんっ! よろしくね、湊くん!」


記憶喪失という見えない壁は、まだ俺たちの間にある。

過去の俺に追いつける日が来るのかは、まだわからない。

けれど、結愛の心の中にある『寂しさの影』を、今日の温かい思い出が少しでも溶かしてくれたのなら。


俺は『今の俺』として、彼女の隣を歩く自信を少しだけ持てたような気がした。

第30話をお読みいただき、ありがとうございました。



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