第26話:思い出した誕生日のコート
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「……可愛いな」
俺は誰に聞こえるわけでもなく、小さく呟いた。
俺の腕の中。
俺とお揃いの白いスウェットを着た結愛が、スヤスヤと幸せそうに眠っている。
制服や私服とは違うお揃いの部屋着というだけで、彼女との間に特別な繋がりを感じてしまう。
それにしても、俺の腕が彼女の背中にしっかりと回って、完全に抱きしめるような体勢になっているのはどういうことだろう。
(寝ぼけて、俺から腕を回しちゃったのかな……? 全く覚えてないけど)
そんなことを考えながら、俺の胸にすっぽりと収まっている結愛の寝顔を見つめる。
サラサラと流れる銀色の髪を見ていたら、無性にその頭を優しく撫でてあげたくなった。
俺はそっと手を伸ばし、柔らかな髪を梳くように「よしよし」と数回撫でる。
結愛は気持ちよさそうに身を擦り寄せてきた。
しばらくの間、その温かく穏やかな時間を味わっていた――その時だった。
――ズキンッ。
「うっ……!」
不意に、脳を直接揺さぶられるような鋭い痛みが走った。視界が白く明滅し、今まで全く思い出せなかった『過去の映像』が頭の中に流れ込んでくる。
――窓の外はすっかり暗くなった、冬の夜だった。
俺の部屋の真ん中で、厚手の白いニットを着た結愛が、少し頬を赤らめながら俺の前に立っている。
『はい、湊くん! 誕生日おめでとう!』
彼女は満面の笑みで、少し大きめの紙袋を差し出してきた。
俺が袋を開けると、中には大人っぽいデザインの冬用のコートが入っていた。
『……ありがとう。すっごく嬉しい』
『着てみて着てみて!』
結愛に急かされて俺がコートを羽織ると、彼女は瞳をキラキラと輝かせて喜んだ。
『明日から着ていこうかな』
『うん! すごく似合ってる、かっこいいよ!』
そこで、映像はフッと途切れた。
「……ッ、……ああ、そうか」
痛みが引いた後、俺はハッと息を呑んだ。
こないだデートの服選びをした時、クローゼットの奥にあった見覚えのないあのコート。
あれは、結愛からのプレゼントだったんだ。
俺は結愛を起こさないよう、ゆっくりと腕を解いてベッドから抜け出した。
そのわずかな気配に、結愛が薄く目を開ける。
「ん……湊くん……? あれ、ごめん、私いつの間にか寝ちゃってた……おはよう」
「ああ、おはよう」
俺は寝ぼけた様子の彼女に短く返し、そのままクローゼットへ向かった。
奥の奥まで手を伸ばし、ハンガーにかけられたあのコートを引き出す。
――あの映像の通りだ。
「……あ」
後ろで見ていた結愛が、小さく声を上げた。
その表情には、どこか寂しそうな色が混じっている。
記憶がない俺がこれを着ることはないだろうと、彼女はどこかで諦めていたのかもしれない。
「これ、俺の誕生日に結愛がくれたやつだよな?」
「……えっ? な、なんで……湊くん、もしかして思い出したの!?」
「ああ。さっき結愛の頭を撫でたら、急に映像が浮かんできてさ。冬の夜に、白いニットを着た結愛がこれをくれて、『似合ってる』って言ってくれたな。……まだその記憶だけなんだけど、鮮明に思い出せた」
俺がそう言うと、結愛の瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「うんっ……! そう、それ、湊くんの誕生日に……っ」
感極まった結愛が、ベッドから飛び降りて俺の胸に勢いよく飛びついてきた。
「うおっ!?」
結愛とこんなにしっかりハグをするのは初めてだ。
彼女から漂う甘い匂いと、密着する柔らかい感触に戸惑いながらも、俺はそれ以上に思い出せた嬉しさが勝って、彼女の背中にそっと腕を回した。
「これ着て今日、どこか行きたいな」
「うんっ! 行こう、絶対行こうね!」
結愛は泣き笑いのような顔で、何度も頷いている。
その時、ふと結愛がハッとしたように動きを止めて、俺の胸に顔を埋めたまま小首をかしげた。
「……ん? ちょっと待って」
「えっ」
急に静かになった彼女に、俺は少し我に返った。
冷静になると、この密着度は心臓に悪すぎる。
「あ、ごめん。ちょっと近すぎたね。ごめんね」
飛びついてきたのは結愛の方だったが、俺は慌てて謝り、彼女の肩に手を置いて体を離そうとした。
しかし。
「いや、そうじゃなくて!」
結愛は離れるどころか、さらにギュッと力を込めて抱きつき返してきた。
さっきよりも深く密着して、色々な柔らかい部分がダイレクトに当たっている。
俺の心臓はすでにバクバクと破裂しそうなのに、結愛はそんな俺の動揺など気にも留めず、鋭い視線で見上げてきた。
「さっき、なんて言った!?」
「え? 『これ着てどっか行きたい』って……」
「その前! 『急に映像が浮かんできて』の前! ……頭撫でてくれたの!?」
「あ、うん。寝てる結愛の顔見てたら、なんだか無性に撫でてあげたくなって……ごめん」
俺が正直に答えると、結愛は一気に顔をゆでダコのように真っ赤にした。
「なっ……! なんで、起きてる時にやってくれないの!?」
彼女はそのまま、俺の胸元をポカポカと叩き始めた。
「湊くん!」
「ご、ごめん、ただの反射というか……!」
「頭撫でるの、もう一回やり直し!」
結愛が背伸びをして、自分の頭を俺の目の前へと差し出してきた。
怒っているようで、ただ甘えたいだけの必死な顔が可愛くて、俺は大きく波打つ心臓の音を誤魔化すように苦笑し、彼女の銀髪にそっと手を置いた。
「…あ……はい。よしよし」
「えへへ……んんっ……」
ゆっくりと撫でてやると、結愛はまるで猫のように目を細め、だらしなく頬を緩めて俺の手に頭を押し付けてくる。
過去の記憶が少しだけ戻って、彼女の愛しさがさらに加速した。
このコートを着て、今日はどこへ行こうか。
とびきり幸せそうな彼女の顔を見ながら、俺の休日はスタートを切った。
第26話をお読みいただき、ありがとうございました。




