第13話:不意によぎった記憶の欠片
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火曜日の初登校から一日が過ぎ、水曜日の昼休み。
結愛と机を向かい合わせにして、二人でお弁当を食べていた。
周囲のクラスメイトは気を遣ってくれているのか、ほどよく距離を空けてくれている。
「今日の玉子焼き、ちょっとだけ甘めにしたんだけど、どうかな?」
結愛が上目遣いで俺の顔を覗き込む。
彼女のお弁当箱には、俺の好きそうなおかずが綺麗に並べられていた。
「うん、すごく美味い。結愛のご飯、毎日食べても飽きない気がする」
「えへへ、よかった。……あ、湊くん。口の端にソースついてるよ」
結愛はブレザーのポケットからポケットティッシュを取り出すと、カサカサと広げて、身を乗り出してきた。
そのまま、俺の口元をサッと優しく拭き取ってくれる。
「あ、ごめん。自分でやるよ」
「いいのいいの。はい、綺麗になった」
至近距離で微笑む結愛から、ふわりと甘い香りがした。
何気ないやり取りだけど、その自然すぎる距離感と世話焼きな姿に、どうしてもドキッとしてしまう。
記憶がない俺から見ても、ただの同級生というにはあまりにも親しげだ。
こんな風に無防備に優しくされて、勘違いしない男なんていないんじゃないだろうか。
放課後。
「一緒に帰ろっか」と結愛に誘われ、二人で学校を出た。
向かう先は俺の家……の前に、駅前のスーパーだ。
「今日ね、スーパーでひき肉が安かったら、夜はハンバーグにしようと思うんだけど……」
「マジで? 結愛のハンバーグ、絶対美味いじゃん」
他愛のない会話をしながら歩く帰り道。
マフラーに顔を半分埋めながら、楽しそうに笑う結愛の横顔をぼんやりと眺めていた、その時だった。
ふと、頭の奥で『カチリ』と何かが鳴った気がした。
――『湊くん、早く帰らないと暗くなっちゃうよ』
――『待てって。お前、歩くの早すぎ』
映像はない。
ただ、冬の冷たい空気の匂いと、笑い合う俺と『誰か女の子』の声だけが、一瞬だけ脳裏にフラッシュバックしたのだ。
病院で目を覚ましてからまだ数日。
俺には、その声が隣にいる結愛のものなのか、まだはっきりと判別がつかなかった。
「……えっ」
思わず足を止める。
「湊くん? どうしたの?」
結愛も不思議そうに振り返り、コテンと首を傾げた。
「いや……今、なんか。ちょっとだけ昔のこと、思い出したかもしれない」
「えっ」
結愛の目が、驚いたように少しだけ見開かれる。
「どんな……?」
「映像は出てこないんだけど……寒かったから、冬だと思う。冬の道を歩いてて、俺が一緒にいた女の子に『歩くの早すぎ』って文句言ってる、みたいな。……ただの、普通の会話なんだけどさ」
俺がそう言った瞬間。
結愛は小さく息を呑み、それから、とても優しくて柔らかい笑顔を浮かべた。
本当に嬉しそうに目を細めて、俺の方へ一歩近づいてくる。
「……ふふっ、そっか。もしかしたら、それ去年の冬なのかもね。その女の子とどっかにお出かけしてた時の帰りなのかも。初詣とか、みたいな」
「初詣か……。そっか」
「うん。……少しずつでも思い出せて、よかったね」
彼女の穏やかな笑顔を見て、俺の胸の奥がじんわりと温かくなる。
ほんの些細な、誰と歩いていたのかも分からない不確かな記憶。
それでも、こうして過去の断片が繋がっていくことが、少しだけ嬉しかった。
「よし、じゃあスーパー急ごっか! ハンバーグの材料、売り切れる前に買わなきゃ」
「あ、おい待てって。だから歩くの早すぎ」
記憶の中と同じような文句を言いながら、俺は足早に歩き出した彼女の背中を追いかけた。
駅前のスーパーに到着すると、俺は自然な流れで入り口にある買い物カゴを手に取った。
結愛はその隣にピタリと並び、お肉コーナーへと一直線に向かう。
「あった、合挽き肉。今日は特売日だから助かるなぁ」
「確か、ハンバーグって他には玉ねぎとか色々使うよな」
「うん。あとは卵と、パン粉と……あ、湊くん。ハンバーグに目玉焼き乗せるの好き?」
「乗せたい。絶対美味いやつだ」
「えへへ、了解」
カゴの中にパックの卵や玉ねぎがポイポイと放り込まれていく。
「あ、こっちの牛乳のほうが安いね」「じゃあそっちにしよう」なんて会話をしながら、二人で店内をぐるぐると回る。
(……なんか、これ)
俺がカゴを持ち、彼女が食材を選ぶ。
そのやり取りがあまりにもスムーズすぎて、ふと不思議な感覚に陥る。
きっと俺たちは前にも、こうやって二人で買い物に来たことがあるのかもな、と自然に思えた。
「よし、買い物終了! レジ行こっか」
お会計を済ませ、袋詰めをしたスーパーのレジ袋を、俺が両手に提げる。
「湊くん、一つ持つよ? 重いでしょ」
「これくらい余裕。結愛は毎日ご飯作ってくれてるんだから、荷物持ちくらいさせろって」
「……そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな。ありがとう、湊くん」
少し照れくさそうにはにかむ結愛と一緒に、すっかり日の落ちた帰り道を歩く。
「ごめんな。まだ少しだけしか思い出せてないけど……これから、絶対思い出すからな」
俺がポツリとこぼすと、結愛は隣で歩幅を合わせながら、小さく首を横に振った。
「ううん、焦らなくていいよ。……私ね、今の湊くんとこうして歩いてるだけでも、すっごく楽しいから」
白い息を吐きながら微笑む彼女の横顔は、街灯の光に照らされてひどく綺麗だった。
俺たちは肩を並べて、温かいハンバーグの待つ家へとゆっくり歩き続けた。
第13話をお読みいただき、ありがとうございました。
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