第1話:初めまして、私の大好きな人
新連載となります。
記憶喪失から始まる、甘くて少し切ない、けれど最高にストレスフリーな「二度目の初恋」の物語です。
少しでも皆さまの日常の癒しになれば嬉しいです。
よろしければ、ぜひ楽しんでいってください!
11月後半。
吐く息はすっかり白くなり、街は少しずつ冬の装いを始めようとしていた。
「湊、明日で結愛ちゃんと付き合って一年だろ。準備はバッチリなのか?」
放課後の教室。
帰り支度をしながら、中学からの腐れ縁である親友・柴田涼が、ニヤニヤと笑いながら肩を突いてきた。
「バッチリってなんだよ。まあ、帰りに予約してたプレゼントを受け取って帰るつもりだけど」
「おーおー、余裕じゃん。さすが、うちの高校が誇る『高嶺の花』を射止めた男は違うねえ」
「からかうなよ。じゃあな、また来週」
「おう、記念日楽しんでこいよ!」
涼と別れ、俺、結城湊は一人、ショッピングモールへと向かった。
コートのポケットに入っているのは、綺麗にラッピングされた小さな箱。
中身は、少し奮発して買ったペアのブレスレットだ。
明日は、俺の最愛の彼女である『神崎結愛』の誕生日。
そして、俺たちの交際一年の記念日でもある。
結愛は、目を引くようなサラサラの銀髪に、蜂蜜やトパーズを思わせる温かい黄色の瞳を持った、息を呑むほどの美少女だ。
クォーター特有の透き通るような白い肌と、日本人離れしたスタイル。
誰にでも分け隔てなく優しい性格も相まって、学校では完全に『高嶺の花』として扱われている。
だけど、俺の前でだけ見せる彼女の素顔は、そんな印象とはまるで違う。
二人きりになると、あの綺麗な瞳をトロンとさせて、俺にデレデレに甘えてくるのだ。
『湊……えへへ、大好き』
俺の腕にすり寄りながら見せる、あの無防備な笑顔。
そのギャップがたまらなく可愛くて、俺は彼女のことが好きで好きでたまらない。
(早くこれ、渡したいな)
プレゼントを受け取った時の、彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
あの綺麗な黄金色の瞳がパァッと輝く瞬間を見るのが、今から楽しみで仕方なかった。
自然と頬が緩んでしまうのを誤魔化すように、俺はマフラーに口元を埋めた。
その時だった。
「あ……っ!」
少し先の道端。
母親の手を離れた小さな子どもが、フラフラと車道側に飛び出した。
そこへ、猛スピードの暴走した自転車が突っ込んでくる。
「危ないっ!」
周囲の大人が悲鳴を上げる中、俺の身体は思考より先に動いていた。
一切の躊躇なく、子どもと自転車の間に飛び込む。
ドンッ! という鈍い衝撃。
身体が弾き飛ばされ、アスファルトに強く打ち付けられる。
(結愛へのプレゼントだけは、絶対に……!)
俺が本能で庇ったのは、自分の頭ではなかった。
コートのポケットに入った小箱が壊れないように、強く身体を丸め込んで――。
そこで、俺の意識は完全に途切れた。
……ツンとした、消毒液の匂いがする。
重い瞼をゆっくりと開けると、そこは知らない天井だった。
視界がぼやけているが、どうやら病院のベッドの上らしい。
ズキズキと痛む頭を動かし、ふとサイドテーブルに目をやると、血のついたコートと一緒に綺麗な小箱が置かれていた。
(なんだ、この箱……?)
中身は分からない。
けれど不思議と、「これだけは絶対に守らなきゃいけない」と必死に握りしめていたような、そんな妙な感覚だけが残っていた。
「湊……っ! 気がついたのか!?」
「湊! よかった、本当によかった……!」
バンッと病室のドアが開き、父さんと母さんが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
ネジや精密金型の油の匂いを染み込ませた作業着姿の父さん。
仕事中の町工場から、慌てて駆けつけてくれたらしい。
「父さん、母さん……俺、」
「無理に喋らなくていいわ。車道に飛び出した子を助けて、頭を強く打ったのよ」
母さんの言葉で、少しずつ状況を理解し始めた。
そうか、俺は子供を庇って…事故に…。
(でも、なんだろう。すごく大事な用事があったような……)
ふぅ、と息を吐き出したその時。
「湊……っ!!」
再び、病室のドアが勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、息を呑むほど綺麗な女の子だった。
透き通るような白い肌に、サラサラの銀髪。
誰もが見惚れるような美しい顔立ちは、涙でくしゃくしゃになっている。
その子は俺の姿を認めるなり、ボロボロと大粒の涙をこぼしてベッドにすがりついてきた。
「無事で……本当によかった……っ」
俺の右手を両手でギュッと力強く握りしめ、顔を伏せて泣きじゃくる。
その小さな手は、酷く震えていた。
(……なんだ、これ)
状況が全く理解できない。
なのに、俺の心臓はドクンと大きく跳ねた。
なぜか分からないけれど、この子の涙を見ると、胸が締め付けられるように痛い。
今すぐその頭を撫でて、安心させてやらなきゃいけない。
そんな強い無意識の衝動が、身体の奥底から湧き上がってくる。
自分の記憶を必死に探る。
自分の名前は結城湊。
父さんと母さんのことも、親友の涼のことも、当たり前だけどちゃんと覚えている。
だけど――。
目の前で泣いているこの美少女のことだけが、どうしても思い出せないのだ。
胸がズキズキと痛む。
泣かせたいわけじゃない。
笑ってほしいんだ。
俺は彼女の涙を拭おうと、ゆっくりと手を伸ばしかけ――。
戸惑いとともに、空中でその手を止めた。
「……ごめん。泣かないでほしいんだけど」
俺は、申し訳なさに押しつぶされそうになりながら、素直に告げるしかなかった。
「えっと……君は、誰ですか?」
その瞬間。 ピタリと、病室の空気が凍りついた。
「え……?」
彼女の口から、掠れた声が漏れる。
俺の右手を握る力が、すっと弱まった。
「湊、お前……何を言ってるんだ!? 結愛ちゃんだぞ!」
父さんが、信じられないものを見るような目で俺を見た。
結愛ちゃん? 誰だそれ。聞いたこともない名前だ。
「そうよ湊、冗談はやめて……! 結愛ちゃん、あなたが運ばれたって聞いて、ずっと泣きっぱなしだったのよ!?」
「冗談なんかじゃないよ。本当に……分からないんだ」
悲痛な声を上げる母さんに、俺はゆっくりと首を振る。
ふと、ベッドの横で立ち尽くす彼女の服装に目がいった。
ブレザーの胸元にあるエンブレム。見覚えのあるそのデザインに、俺は少しだけ目を丸くした。
「……あれ。その制服って、俺が受験する予定の高校のだよね?」
「え……っ」
「そっか。俺、無事にあの高校に入学できたんだね。よかった……」
俺が安堵の息を吐くと、病室の空気がさらに重く、冷たく沈んだ。
「湊……お前、自分が今いくつか分かってるのか?」
父さんが、震える声で尋ねてくる。
「え? 中学三年生……受験を控えた、15歳だろ?」
その言葉が決定打だった。
俺の時間が過去で止まっていることを悟った両親は、言葉を失って立ち尽くした。
「湊……くん?」
震える声がして視線を戻すと、彼女――結愛と呼ばれた少女が、ぽっかりと穴の空いたような瞳で俺を見つめていた。
美しく温かい黄色の瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。
ただ自分のことを忘れられただけでなく、自分と過ごした高校生活という時間そのものが消え去ってしまった絶望に染まっていくその表情を。
俺はただ、胸をかきむしられるような思いで見つめることしかできなかった。
第1話を読んでいただき、本当にありがとうございます。
記憶を失ってしまった湊と、健気に彼を想う結愛。
突然ゼロからのスタートとなってしまった二人の関係は、果たしてこれから良くなっていくのでしょうか……?
少しずつ、けれど確実に甘くなっていく二人の「二度目の初恋」を、温かく見守っていただけると嬉しいです。
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次回もよろしくお願いいたします。




