12話 裏切りの残光
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小屋の囲炉裏で薪がはぜる音が、今はひどく遠くに聞こえた。
老人は床に膝をついたまま、震える声で語り続ける。
それは、かつて同じ夢を見た男たちの、あまりに悲しくて残酷な決別の記録だった。
「……信じられぬのも無理はない。だがアッシュ、これだけは覚えておけ。この国――今の王が治めるこの場所も、かつて大陸を一つに束ねていた統一国家。エルダン王国の土地そのものなのだ」
アッシュは息を呑んだ。
今、奴隷が路地裏に溢れ、傲慢な王族が闊歩するこの歪んだ場所が、かつて父がいた国だったというのか。
「今の王も、かつては違った」
老人は低く続ける。
「……あの男は、かつてその国の王子だった。だが、統一国家が崩れ、国が分かれた後――先代の王が死に、あの男は王座を継いだ。…そして、お前の父と同じ志を持ち、共に戦った男でもあった」
アッシュの目が、わずかに揺れる。
「カイゼル大将と共に肩を並べ、再び諸国を統一しバラバラになった民を救い出す。そしてまた皆が笑って暮らせる平和な国を作ろうと誓い合った仲だったのだ。二人で一つの理想を追い、外からの敵国に攻め立てられたときも、共に剣を振るって民を守り抜いた」
老人の拳が、床の上で白くなるほど握りしめられる。
「だが…王としての重圧。敵国の圧倒的な力。そのすべてに、あの男は耐えきれなかった」
空気が、わずかに重くなる。
「そして王と救国軍は敵国に追い詰められ窮地に立っていた。その時…敵国から『カイゼルの首を差し出せば、国を存続させてやる』と突きつけられ、その恐怖に屈したのだ」
短く、息を吐く。
「……それだけではない。民から絶大な支持を得る大将の存在が、志を同じくしていたはずの王には、次第に自分を脅かす影のように映ったのだ」
かつての戦友だからこそ、その強さが、その正しさが、恐怖へと変わる。
「王は志も、敵国に抗う力も捨て、自らの地位を守るためだけに、カイゼル大将を罠に嵌めた」
囲炉裏の火が、小さく爆ぜる。
「カイゼル大将は、信じていた王に背後から刺される形で、その志半ばで命を落とした。……平和を願った、その同じ手によってな」
アッシュの指が、わずかに強く握られる。
「エレン様も、捕まり処刑されたと聞いていた。だが、あのお方は生きておられた。お前を身籠ったまま、あの地獄から逃げ延びておられたのだな」
老人は再び声を詰まらせた。
「敵国への恐怖と、自らの保身。それだけのために、この国を歪め、民を奴隷に…しかも敵国に売り飛ばした……それが今の王の正体だ」
アッシュの脳裏に浮かぶ。
鎖に繋がれた人々。
虚ろな目。
「お前の父が守ろうとした民は、今や王の手によって家畜のように扱われている」
胸の奥で、何かが変わる。
復讐ではない。
もっと重く、逃げられないもの。「使命」へと形を変えていくのを感じた。
父。
母。
そして路地裏で枷を嵌められた民の姿。
すべてが繋がる。
「……許さない」
低く、静かな声。
それは、怒りではなく――覚悟だった。
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