9
この教室は時空転移を経由して、この異世界に到達している。おそらく俺には見えないが、禍々しいまでの魔素というか、転移エネルギーのような物が堆積した状態だと考えられる。それはマリアンヌがここに来た顛末が物語っている。彼女はここに禍々しいまでの瘴気を感じたと言っていたから。そしておそらくその瘴気はバトスと相性がやたらいい。もしかしたら教室の転移自体にパトスが介入しているのかもしれない。だから、そのエネルギーを有効活用しない手はない。つまりはそのエネルギーが飛散してしまう前に『現状維持』で永続的に利用出来るようにする目的だ。
「この教室の現状維持には目的がある。そこに至る過程として、まずエミルとアリシアの空間を捻じったような感じで二人の人間の首を捻じ切った能力は、この教室内だったから出来た事だと俺は予想した。パトス付与もそうだ。流石に人知を越えた能力だと思う。本来なら、異世界行きへのアドミニストレータたる女神とかがやる事だ。人を簡単に握りつぶせるとか、チートをホイホイつけられる能力が場所を問わず使えたなら、わざわざ勇者を立てる必要はない」
「考えてみたら、ほんと魔王とかの所業だよね」
「魔王? 村木紗英さん、アニメの見過ぎです。あなたは女の子なのだから、もう少し可愛い女の子のお話とか、童話とかで心を豊かにするのが……」
佐伯先生、それ今はどうでもいいよ……。やはりちょっとズレた人だよな。
「総じてアリシアは、それほど脅威ではないって言うのが俺の見解だ。転移したエネルギーがこもった教室だから出来た事だと確信してね。その確信を確定に変えたのが、村木さんの射弓だ。おそらく教室の魔素の恩恵を受けなければ、『ウルトラエイミング』と言えども、流石にあれはない。矢速にしても射程距離にしても宇宙の理に逆らうような感じだったからね。この教室内から発動させたからこそ可能になった事だ。チート能力をチート化したと言うべきなのだろう」
「……すごいです。英多様の洞察力。何かわたくしあなたとなら、何でも出来るって気がしてきました」
「イリア様、だ〜か〜ら〜、英多さんはすごいってさっきから言ってますよね? あたし最初から分かってたんですよ。この人普通じゃないって。何か実力とか隠したがる系って言うんですかぁ。まあそんな所もそそりますよね? あっ! 『現状維持』早速入りました! この教室って言うんですかぁ? そこ全部カバーです。バッチリです」
無駄が多いが、マリアンヌはやってくれた。俺は彼女の評価を一段階上げる事にした。
「もう一つ。何故俺にだけパトスが付与されなかったのか? この問題だけど、これは単純に俺が寝ていたからだと思う。まず気になったのが、エミルの行動だ。村木さんの話によると、最初に細田先生と少し、おそらく10秒ほど問答があったようだけど、それは時間稼ぎだ。その間に、エミルは細田先生に体質変異の為の思考誘導をかけていたと考えられる。地球人がパトスを受け入れる為の下準備と言うところだ。″この世界にはパトスと言う特別な力がある。あなたはこれからこの特別な力を享受する事が出来る″ と言うような。これにより細田先生はパトスに耐性がなくなった。パトスをもらう事を出来るようになる反面、パトスの介在した攻撃も当たるようになってしまったんだ。そしてエミルのあのパワーパトスが教室内の魔素の影響もありより強力に発動した。細田先生の死は、見せしめになり、その後のクラスメート全員へのパトス付与の時間を稼ぐ為の布石にもなっていたんだ。対象は30人以上だ、あらかじめ最低10分は必要だと予想してね。エミルがクラスメート全員に立席を許さなかったのも、自分の眼に注目させ一同にパトスを受け入れる為の体質変異を起こさせる思考誘導をかける為。おそらく思考誘導発動中のエミルの眼を見てしまう事がトリガーだったんじゃないか? 俺は眠っていたから、勿論エミルの眼を見ていない為、パトス享受の体質変異は起こっていない」
この結論に至るまでにかなり時間がかかったのが痛いところではある。もしこの時、授業中自分が寝ていなかったのなら、細田先生の惨劇の時点で気がついたかもしれない。″エミルの眼を見るな!″ こう一喝出来たから。これだけで状況が変わったかどうかは今更分からないが。
「じゃあ、如月英多君には、パトスの介在した攻撃は通用しないって事になりますね」
頭の回転の早い佐伯先生は、俺の最後に言わんとしていた所を先回りした。
勘ではあるけど、この事はこれからの武器にもなる気がしていた。
「イリア、余計な話がはさまってすまなかった。君の能力が生かせそうなのが水の調達だ」
イリアが小首を傾げる。
「水ですか? わたくしのパトスは土魔法ですが」
「イリア、気付いていたかな? ここは迷いの魔境の真っただ中にもかからわず、森ではなく平原だ。教室を中心に半径500㍍四方にわたって続いている。ただ土壌が貧祖で植物が育たないと見てもとれるけど、おそらくある程度草木が育てきらない原因がここにはあるんだ。通常は1000㍍以上掘り起こして運がよければようやく見つけられるものが、この平原の地下、それも比較的地表に近い場所にあると判断できるんだ」
佐伯先生があっ! と言うような表情。
「温泉!!!」
「うん! かなり期待できると思う。異世界のご都合主義的な要素もあるのかないのか、おそらく地表付近にまで源泉が通っていて、たまに間欠泉が起きてるんじゃないかな。だからこの平原は草木が育たない、手ごろな石が多い」
「温泉? ですか……」
「温泉??」
イリアとマリアンヌはぴんと来ないようだが、これは日本と異世界の意識というか認識の差異だろう。
湯浴みの水源と言えばわかるのかもしれない。
「すっごー!! この修羅場で温泉とか、そんな考え全く浮かばなかったよ」
村木さんも調子あがってきたようだ。女性は温泉が好きだから無理もないだろう。
「もう一つ確定的な要素もある」
「まだあるんですか~? 何かすごそうですね?」
マリアンヌはまだよく分かっていないようだが、良い知らせである事は分かっている様だ。
「この迷いの魔境は周りの森は凶悪な魔物が徘徊している、だけど平原にはほとんど魔物の侵入がない。まあ、だからこそキングタイガーの肉が調達できたんだけどさ。おそらくは温泉の成分に関係していると思うんだ。つまり温泉自体に魔除けを促す成分があると予想出来る」
「神水……」
マリアンヌがはっとしたような表情で呟いた。
「それって神水ですよ~!! すっごい貴重で、怪我の治療、病気の療養の他に、疲労回復の効果まであるんですぅ! 魔境の森クラスのハイレベルの魔物も滅多に寄り付かないとなると、神水レベルのものしかありませんから」
「なるほど、神水か、魔除けになるくらいだから飲用にも適すると思うんだ。それをイリアの土魔法で掘り起こそう」
俺達は水の確保に奔走する事になった。




