14 ぐーたら令嬢、リスタート
私は、目を覚ました。
天国に来たのだろうか。体のどこも痛くない。暖かく、心地いいものに包まれている。そう、まるで雲みたいな…
「え?」
『目覚めましたか』
17年ぶりに見たその顔を、しかし私は忘れていなかった。
「女神…」
『ええ、女神ですよ』
にこっと微笑まれて涙が出そうになる。なんせ死に際の私に微笑みかけてくれる人などいなかったので。
「私…死ん、だ?」
『はい。残念ながら』
「そっか」
まあ、あれだけのことをされていたら当然かもしれない。
自分が拷問され、その果てに死ぬ、なんていうのはどうしても非日常的で、こうして離れてしまうとただの夢のようにも思える。あまりに辛かったから、自己防衛のためにそう思おうとしているのかもしれないけど。
とにかく、自分が死んだという事実に私はあまりショックを受けていなかった。寧ろあの日々を抜け出せて嬉しい気持ちのほうが勝っている。
「よかっ、…」
涙がこぼれた。
オフィーリアとしての人生はずっとぐーたらして、なんにもしなかった。たくさんあった本も、公爵邸の美しい装飾も、気にもとめずに過ごしていた。
それを、後悔している。
きちんと読めば、きっと何か学べたはずの本たちを、おとぎ話の中のように美しく整えられていた公爵邸を。そして、辛い思い出の場所ではあるけれど、恐ろしいのと同じだけ美しかったあの白い部屋と、男を。もっと楽しむべきだったのだ。
「いっつも、こうだ…」
『…やり直しますか』
「え…?」
女神が、いつになく優しい顔をしていた。
「世の理に反することはできないんじゃないの?」
『…やろうと思えば、何でもできます』
女神なので、とおどけたように言う。
「ほんとにいいの?」
『あなたの苦しみは、私のせいですから』
空から時々私を見ていた。いつも私はぐーたらしていたけど、その頭にはずっと困惑と恐怖があるのを知っていた、と。
『人間のことに必要以上に手を出すべきでないと、何もできずにいました。まさか…こんな結果になるなんて』
謝罪はしない、できない。彼女は神様だから。
代わりに深く傷ついた顔をして、自分の信念を曲げてでも私の望みを聞こうとしてくれている。
「…もう一回、生きたい」
女神は深く頷いた。
「でも、作戦が必要なの。私一人じゃきっと同じことになる」
私は自分の怠け癖についてよく知っている。どんな恐怖も、私は目の前に現れるまでは無視するだろう。それが、たとえ死であっても。
「だから、何か私を叱咤するものがほしいの」
『では、これを』
私の傍らに手をかざすと、突然黒い靄のようなものが現れた。
『一度目の人生であなたに与えた「努力を可視化する」という能力は効果を発揮しなかったようですね』
「っ…あったね、そんなの!」
自分で望んでおいて、すっかり忘れていた。なんせ努力などしなかったので。
『その能力をベースに作りました。努力している間は消えます』
「しないと…?」
『触れてみてください』
言われて、黒い靄に手を突っ込む。
刹那、這い寄るような気持ち悪さとともに前世の記憶が流れた。
「うわっ!」
『怠けると、これが近づいてきます』
「する!努力する!」
これが傍らにいれば、絶対にサボれない。
『それから…お願いが』
「なに?」
『年に一度、私と話せるようにしておきたいのです。二度と…あんな思いは御免ですから』
何をすることもできず、ただ、私が破滅に向かっていくのを見るのは存外苦痛だったようだ。
「わかった」
『では、毎年あなたの誕生日に』
頷き合って、私は立ち上がる。
「次は絶対に、最高の人生を生きてみせる!」
私の体は光に包まれた。




