26 頼りにしてもいい大人
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ではそろそろ移動しよう、と朝食の後片付けをしてテントやタープを畳み、野営地撤収に取り掛かる。
ティモ、リアム、エミルの三人も手伝ってくれたので、思いの外早く片付いた。
レンニを呼んで幌馬車をつけ、荷物を再び積み込み、しっかり焚火の始末をしたら出発だ。
全員が乗るだけの座席はないし、目的地はすぐ目の前なので、御者台には手綱を取るギルマスだけが座り、俺は子供たちと一緒に歩くことにする。
『じゃあレンニ、ここでしばらく待っていてね』
ギルマスは、子供たちが棲み付いている小屋の横で馬車から降り、レンニに人参を一本差し出す。
レンニは、ここでお留守番である。
「それじゃ、手順を追って説明するね」
俺とギルマスは、三人を連れてラプア農園へと向かう。
この小屋から近い辺りはコーヒーが植わっているエリアで、農園の外周は高さ一メートルくらいの柵でぐるりと囲われているのだが、小川に一番近い辺りに、昨日まではなかった戸が出来ていた。
戸は、閂で留められているだけで、鍵はかかっていないため、柵の外からでもそれを動かして容易に入ることが出来る。
……打合せ通りだ、さすが皆さん仕事が早い。
出入りした後は忘れずに閂をかけるようにと念を押しつつ、全員が入ったのを確認して閂をかけ、俺を先頭に三人が続き、ギルマスは後ろからついてくる形で農園の中を進む。
ちょうど作業中のスタッフが二人、右手前方からやって来たのが見え、おっかなびっくりついて来ていた三人が、ビクッと身を竦めたのが分かった。
なので、俺は意識して明るい声で挨拶をする。
「おはようございます!」
すると、心得た! という感じでスタッフからも飛び切り優しい笑顔付きで挨拶が返ってきた。
『おはようございます!』
「……みんな君たちのことは知ってるし、いい人ばかりだから大丈夫だよ」
そう促すと、三人は一瞬顔を見合わせた後、意を決したように声を揃えて叫んだ。
「おはようございます!!」
緊張したのは最初だけで、その次に出会ったスタッフには、俺が声をかけるより早く、子供たちの方から挨拶をしていた。
なんてやり取りもありつつ、俺たちは柵の戸から一番近い作業小屋に向かう。
戸を開けると、昨日打ち合わせした通りの道具が全て揃えてあり、その上には、一番小さいサイズの分厚い革の手袋が三組。
「まずこれを必ずつけるんだよ、絶対に忘れないでね」
俺も近くにあった魔力対策の手袋を装着し、道具は三人に分けて持ってもらった。
次は、コーヒーの疑似乾季エリアに向かい、根元に木枠が置かれた木が二本あるのを確認する。
そこには既に、シベットの糞がいくつか残されていた。
長老はしっかりみんなに話をしてくれたらしい、こちらも仕事が早くて何よりである。
「じゃあ、そのスコップを使って、こんな感じで一つのバケツにその糞を集めて貰えるかな?」
……棲み処を質に子供に汚れる仕事をさせるのか、という葛藤が、正直言ってないわけじゃない。
そんなつもりは全くなくても、足許を見られたように感じた子供たちに拒まれたら、この作戦は失敗である。
フラットな目で見ても、この子たちにとって決して損ではない取引なので、何とか最後まで、俺の話を聞いて欲しい……。
内心そう祈りつつ、一つ二つやって見せてからスコップとバケツを渡すと、三人は競うように糞を集めだした。
拾い終わった頃合いを見計らって、この木枠が置かれる木は時々場所が変わることと、そのうち数も増えるかもしれないことを補足し、道具と糞の入ったバケツを持ったまま、柵の戸を開けて外に出た。
次に向かうのは、すぐ近くを流れる小川である。
俺は、空のバケツを使って川の水を汲み、糞の入っているバケツに全体が十分浸る程度の水を注ぐ。
「こうやって少し時間を置くと、ふやけて緩んでくるから、そうしたらバラバラになるまでかき混ぜるんだ」
農園で用意してくれた柄の長い木のへらのようなものを渡すと、三人で代わるがわるつついたりかき混ぜたりしてみている。
乾燥していた時はさほどでもなかったが、固体が液状になるにつれ、得も言われぬ香りが蘇ってきた。
さすがに不安を隠せず、本当にこれで合ってるの? と言いたげに俺を見る子供たちからへらを借り、俺は茶色の液体の中から粒を掬って見せる。
「実はこれが貴重な商品になるんだ、ちょっと汚れ仕事にはなるけど、商品化するためには一番重要な作業工程なんだよね」
そう言って俺は、持ってきた道具の中から柄のついた目の粗い金属のざるを取り出す。
丁度コーヒーの粒が掬える、絶妙な目のサイズだ。
「じゃあ、これを使ってその粒々をもう一つのバケツに移して貰えるかな?」
三人は交替しながらざるを使って液体の中から粒を掬い出す。
特に指示しなかったが、ティモは最後にもう一度へらでバケツの隅まで掬い残しがないか確認していた。
みんな器用だしちょっとした応用も効く、なかなか丁寧な仕事ぶりである。
「出来ました!」
立ち上がった子供たちに、俺は液体の残ったバケツを指さして言った。
「じゃあ次は、それを君たちの畑に撒いておいで」
それは全く予想していない話だったか、きょとんとしている三人にさらに付け加える。
「ほら、良い土が出来て、美味しい芋がたくさん穫れるようになるよ」
途端に三人の表情がぱぁっと明るくなった。
「ありがとうございます! じゃ!」
茶色い液体の入ったバケツを手に駆けだす小さな三つの背中に、急がなくてもいいからなー、転ぶなよー、と声をかける。
振り返ってギルマスを見ると、孫を見つめるおじいちゃんの眼差しでニコニコ見守っていた。
続いての作業は、水が綺麗になるまで粒々を何度か洗うとともに、他の器具も汚れを残さないように小川の水で清めるだけだ。
「これも畑に撒いてきていいですか?」
そう言ってティモは、濃い目の汚れが出る最初の排水も、自分たちの畑へと運んでいった。
お陰で小川の水への汚染は、ごく最小限で済みそうである。
ここまで出来たら、続きは農園である。
閂を外して柵の戸を開けたのはリアムで、戸を閉めて閂をかけたのはエミルだ。
それだけの事でも、満面の笑顔で振り返り、僕にも出来た! とうれしそうにしている。
途中で出会うスタッフたちと笑顔で元気に挨拶を交わし、作業小屋を目指す。
粒々を入れたバケツだけを残してそれ以外の器具を全て元あった場所に仕舞い、手袋も片づけた。
バケツはティモに持って貰って、農園の更に奥に向かって進み、次なる目的地は母屋である。
スタッフ用の出入り口の横に、作業で汚れた手を洗うための水場が設えてあるので、使い方を教えながら手を洗う。
そして、中に入ってすぐの右手にあるのが、農園の事務所のドアだ。
「このドアをノックして声をかけるんだよ」
と言って俺はドアを四度ノックし、「おはようございます! リョウです!」と声をかける。
すると中から、女性の声ではーいと返事が聞こえ、ややあってドアが開くと、打ち合わせ通りに二人の農園主とその奥方の計四人が出てきた。
「ここに来たら、必ずこの四人のうちの誰かがいるから、その人にバケツを渡して終わりだよ。じゃあ、挨拶しようか」
突然出てきた大きな大人に、子供たちは緊張していたようだったが、それでも今朝スープを食べた時に比べればだいぶ慣れてきたようで、俺が促すと一人ずつ元気に名前を言えた。
そして対する大人たちも、一人ずつ名乗ってくれて、顔合わせは無事終了である。
ティモはバケツを手に前に出て、カレヴィさんに手渡す。
「これ、持ってきました」
カレヴィさんは受け取ったバケツと引き換えに、三人の手に一枚ずつ銅貨を握らせる。
びっくりしてカレヴィさんと俺の顔を何度も見る子供たちに、カレヴィさんは優しく言った。
『それが君たちの労働に対する対価だ。よく頑張ってくれたね、ありがとう』
「いいんだよ貰って、それが君たちのしてくれた仕事に対する対価だから。頑張ってくれてありがとう、だって。良かったね」
念のために獣人の子供でも分かるはずの俺の言葉で繰り返してやると、三人の表情がぱぁっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
子供らしい屈託のない笑顔で声をそろえる三人の前に、次はナラさんとレアさんが出てきた。
目線を合わせるように膝をつき、子供たちに伝わるように人狼語と兎人族語で話しかけた、ようだ。
「ティモ君、これ、お弁当を作ったのよ。三人分あるから、後でお家に帰ったらみんなで食べてね」
ナラさんがティモに包みを手渡すと、レアさんはもう一つの包みをリアムに持たせた。
「リアム君、こっちは古着だけど良かったらみんなで使って! 着替えはいくらあっても困らないでしょ」
さすがは、初等学校で先生をしていたナラさんと、子育て経験があり診療所で働いていたレアさんである。
二人とも子供の扱いは慣れたものだし、人狼語と兎人族語なら、簡単な日常会話程度なら喋れるらしい。
子供たちも、驚いてはいるけれど、それほど警戒はしていないようだ。
そしてレアさんは、更に身をかがめて一番小さなエミルと向かい合うと、ゆっくり手を伸ばして小さな両手をそっと握った。
エミルは一瞬ビクッと身をこわばらせたが、すぐに落ち着きを取り戻したようで、怖がっている様子はない。
『あなたがエミル君ね、お顔をよく見せて?』
元々なのか怪我のせいなのかは分からないが、エミルの左目は瞼が腫れていて開かず、その上左目の周囲に複数の傷痕があってかなり痛々しい。
レアさんは、優しい声でゆっくり語り掛けながら、右の手のひらでエミルの左目の周りを覆うように静かに当てた。
『大丈夫よ大丈夫、痛くないから少しだけ私に触らせてね……ヒール!』
レアさんが短く唱えると、その手のひらから光が出たように見え、それは柔らかくエミルの身体を包んでいった。
初めて間近で見る光景に、おおーファンタジーだ! と思わず感動する俺。
随分と長く感じたが、実際は二十秒くらいだろうか、レアさんがゆっくり手のひらを離すと、そこにあったエミルの傷は全て消えていた。
エミルの怪我が治ってる! と叫ぶティモとリアムの声に、エミルが閉じていた瞼をゆっくり開くと、すっかり腫れの引いた左目の瞼も一緒に開く。
眼球は残念ながら白く濁っているが、今までの状態を思えば大きな進歩である。
『症状が固定しちゃってるから少し時間はかかるけど、少なくとも光が分かる程度にはなるわよ。これから少しずつ治していこうね』
エミルの頬をその手で包み、レアさんが優しく語り掛ける。
『……ママ……』
エミルは小さな声でつぶやくと、見る見るうちにその両目から涙がぼろぼろと溢れ出す。
レアさんにきつく抱きしめられながら、涙を流すエミル。
その様子に、沢山のことを飲み込み乗り越えてきたであろうティモとリアムも、とうとう堪え切れなくなったようで、ナラさんに抱きしめられながら声を上げて泣き出した。
「今までみんな、三人だけで頑張ってきたもんな。でも、ここには、頼りにしてもいい大人がいるからな」
ひとしきり泣いてまだしゃくりあげているティモに言うと、三人は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で大きく頷き、力強い声が返ってきた。
「はい! ありがとうございます!」
次回は、2022年4月1日金曜日18時頃の公開を予定しています。




