24 ギルマスの特製スープ
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一夜明けて空は快晴、風は穏やかでこの様子だと日中は汗ばむくらいになりそうである。
テントのおかげで快適に休むことが出来、熟睡した俺は夜明けとともにスッキリ目が覚めた。
ギルマスもほぼ同時に起きたようで、夕べも結構飲んでいたはずなのに朝から上機嫌で何よりである。
澄んだ空気の中サクッと身支度を整えたら、予定通りの朝食準備に取り掛かる。
焚火に薪を足して火を大きくすると、ギルマスは鉄鍋を吊るして湯を沸かし、大きな腸詰を何本か入れた中に、人参やジャガイモの皮を剥いてカッティングボードも使わずに適当に切りながらぽちゃんぽちゃんと投入していく。
慣れた手つきで扱っているのは、例の足首に装着しているナイフである。
その切れ味の良さはもちろんのこと、しっくり手に馴染んでいる様子からもかなり使い込んでいるように見受けられる。
話半分で聞いていたけれど、得意料理だというのは、あながち嘘でもなさそうだ。
その向かいで俺は、小鍋でハーブティーを煮出したり、器を並べたりパンを切ったりレンニにちょっかいを出されたり。
ちなみに、レンニの朝食は誰よりも早く終了しており、現在は楽しいお散歩タイムである。
火加減を弱めて鍋に蓋をしたギルマスが、レンニに擦り寄られながら小川の方に歩いて行ったかと思ったら、何やら草を取って戻ってきた。
『これはハーブの一種で食べられるんだ、乾燥したものがあの腸詰の中にも入っているよ。スープに入れると美味しいんだよね』
ギルマスは、樽から水を出してハーブを洗い、ザクザクと切って鍋に投入してから、塩やスパイスをいくつか加えて味を調える。
鍋の蓋を外すと、たちまち腸詰の濃厚な香りが立ち昇り、一気に腹が減ってきた。
『……うん、みんな、出てきたね』
ギルマスは例の小屋に背を向ける立ち位置で鍋を覗き込んでいるのに、索敵を使えばいちいち振り返らなくてもそのくらいなら分かるものらしい。
この、調理をしている焚火から小屋までは約百メートルほど離れているが、三人とも物陰に隠れながら、少しずつ近づいてきているようだ。
直視しないように目の端で様子を探ると、確かに、背の高い草や土手の陰から、小さな頭が三つばかりピョコピョコ覗いている。
よし、かかった、あぶり出し成功だ。
ギルマスは、スープの中でナイフを使い、腸詰をひと口大に切っていく。
ケーシングに閉じ込められていたエキスがスープの中に解き放たれ、それに伴い空中に含まれる旨味成分が五割増しになった。
官能的ですらある芳香に思わずごくりと喉が鳴るが、それとほぼ同時に小さな三つの頭が急に伸びあがったのが分かって、笑いを堪えるのがだんだん辛くなってきた。
『よし、完成だ。じゃあ、食べようか』
ギルマスが注いでくれたスープボウルを受け取り、椅子に座る。
それじゃいただきまーす、と二人で食べ始めようとした瞬間、ギルマスの後方約十メートルにあった岩の陰から、グー……と小さなお腹の鳴る音が三つ、聞こえてきた。
「おーい、そこに居るんだろ? こっちにおいでよ、沢山あるから一緒に食べよう」
俺はゆっくり立ち上がり、岩陰に向かって話しかける。
「腸詰がいっぱい入ってて美味いぞー、ほら早く早く、遠慮するなよ」
警戒心を抱かれないよう、百年前からの親友に話しかけるように、それが当たり前であるかの如く気軽な感じで言ってみたら、三人がおずおずと立ち上がった。
前情報の通り、三人とも初等学校に行くか行かないかくらいの年頃で、栄養状態が良くないため皆一様に痩せているが、そこそこ筋肉はついているように見える。
着ている服はボロボロに傷んではいるものの、髪も身体も思ったほど汚れていないのは、近くの川で適度に水浴びなどでもしているせいだろうか。
緊張で固まっているのをいいことに、俺は話しかけながらゆっくり近づいて三人の後ろに回り、そっと背中を押して焚火の近くに連れてきた。
「俺は、リョウって言うんだ」
ひっくり返した木箱などを並べて即席に拵えた席にそれぞれ座らせると、ギルマスが良い人オーラ全開の笑顔で一人ひとりにスープを手渡していく。
『ヒューゴ、デス』
「こちらは、ヒューゴさんだよ。このスープは、ヒューゴさんが作ったんだよ」
俺がフォローすると、ビクビクしながらではあるが、三人も順に名前を教えてくれた。
「俺は、ティモ、です」
さりげなく他の二人をかばうように前に出てくる一番背の高い子は、人狼のようだ。
「リアム、です」
大人しいが一番身軽そうに見える子は、兎人族らしい。
「……エミル……です……」
消え入りそうな声は一番身体の小さい人族の子で、左目の辺りにある傷痕がかなり痛々しい。
「みんなお腹空いてるだろう? まずは食べよう! いただきます!」
『いただきます!』
空腹と緊張と警戒の間でぐらぐら揺れている様子の三人にスプーンを握らせ、俺とギルマスで声をかけて、食べているところを子供たちに見せるようにしながら食べ始める。
夕べ直火で炙った時にじわじわと溢れ出していた腸詰の旨い脂が、表面に薄っすら浮いた澄んだスープを、ひとさじ掬って含む。
程よく煮込まれた肉と野菜の旨味に、爽やかなフレッシュハーブの風味が効いて、美味しいのはもちろんだが、かなり滋養のありそうな深みのある味わいとなっていた。
『うわ、うっま。ギルマスめっちゃ旨いっすねこれ!』……「ほら、君たちも遠慮しないで食べて食べて! 美味しいよ!」
『おかわりもあるから、いっぱい食べてね』
「そうそう、おかわりもあるからいっぱい食べてね。あ、そうだ、パンもあるんだった」
俺は立ち上がり、三人の前にもう一つ木箱を置くと、スライスして軽く焚火で炙った雑穀パンを皿に盛って出してやる。
「これ、ちょっと硬いけど、こうしてスープにつけると美味しいよ」
こちらで庶民が良く食べるこの手のパンは、とても硬いのだけれど、薄くスライスして軽くトーストすると俄然食べやすくなるのだ。
俺はパンをひと切れ取り、先端をスープに浸して食べてみせる。
滋味の塊となったしみしみパンが口の中でほどけ、食道をつるりと下っていくなりたちまち胃袋からエネルギーが湧いてくるのが実感できる。
人参、ジャガイモ、腸詰、と幸せな咀嚼と嚥下を繰り返しつつ、俺はちらりと子供たちの様子をうかがう。
三人はおっかなびっくりスプーンを手にしていたが、ひと口スープを含むやその目を見張り、お互い驚きの表情で視線を交わした後は、無我夢中といった風情でがっついていた。
見よう見まねでパンにも手を伸ばし、上手に食べている。
頃合いを見計らって、俺は空になったボウルを手に立ち上がり、ギルマスの前に進む。
「ヒューゴさん、おかわりをください」
ギルマスは俺のボウルにスープのおかわりを注ぎ、俺に手渡す。
『リョウ君、どうぞ』
「ありがとうございます」
俺は席に戻ると、リーダー格のティモと視線を合わせる。
「まだいっぱいあるから、遠慮しないで貰っておいで」
一瞬迷っていたようだがやはり目の前の芳香には勝てなかったらしく、意を決したティモは、ボウルを手に立ち上がりギルマスの前に進んだ。
「ヒューゴさん、おかわりをください」
かなり緊張している小さなリーダーに、ギルマスは、この上なく優しいおじいちゃんの笑顔でおかわりを渡す。
『ティモ君、どうぞ』
「ありがとうございます!」
ちゃんとお礼も言えたなぁと安心しつつ眺めていたら、席に戻ったティモからめちゃめちゃいい笑顔が返ってきた。
「リアムもエミルも貰っておいで、いっぱい食べるといいよ」
俺は追加のパンを切りながら二人を促すと、順におかわりを貰いに行ったらしい。
『リアム君どうぞ、エミル君どうぞ』
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
多少ぎこちないながらも、なかなか元気なやり取りが、青空の下に響いていた。
ひとつ鍋の飯を分かち合う仲となった、三人の小屋の子たち。
ギルマス特製スープの効果は絶大で、おかげで例の作戦の第一段階は無事クリア、と相成った。
次回は、2022年3月18日金曜日18時頃の公開を予定しています。




