23 契約ともう一つの作戦
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やっと自由を得たかと思いきや、とんでもないミッションを与えられたシベットが、ええーマジデスカ……と呟きながら枠に入る。
衆人環視の下で可哀そうな……と思っていたら、やはり我慢が出来なかったらしく涙目で叫んだ。
「んもー! ちょうろう! こっちみないでください!」
おほースマンスマン、なんて笑いながらそっぽを向く長老。
俺もそれに合わせて回れ右すると、固唾を飲んでこちらを見守る農園スタッフ一同と目が合い、慌ててみんなにも後ろを向くようにと頼む。
……何となく気まずい間……。
幽かな気配の後、枠から出てきたシベットは、目にも止まらぬ素早さで、長老の陰に隠れてしまった。
「もう、およめにいけない……」
おや、女の子だったのか、これは気の毒なことをしてしまった……まあ、その後のケアは長老に任せておこう。
「これで良いのだな?」
「そうです。この二つを守っていただけるなら、目印のある木に限り、食べていただいても構いません。もちろん私たちも、約束はきっちり守ります」
心の奥底を見透かそうとするように、長老は鋭い視線で真っ直ぐ見つめてくる。
こちらも負けじと見つめ返すと、険しかった眼差しがふっと緩んだ。
「よし、其方を信用して、契約してやろう。もっと近くに来て、我に顔をよく見せてくれ」
俺は長老の前に進み、近づいて目線を合わせる。
「其方、名は何という?」
「俺は、リョウっていいます。あなたは、長老?」
「ははは、然様、我は長老だ」
笑った瞬間、長老の鼻先が俺の鼻に触れ、一瞬ぴりっと静電気が走ったような感触がした。
突然のことに驚いたが、その後は特に何も起こらず、長老もそれ以上何も言わなかった。
「すっかり長居してしまったな、ではそろそろ行くとしよう」
諸々頼んだぞ、と言い残して、長老は傷心のシベットと連れ立ち、悠々と農園の柵を超え何処かへと帰っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで、一同はしばし無言で見送った。
◇ ◇ ◇
スタッフたちはそれぞれ持ち場に戻り、俺たちも食堂へと移動する。
『勝手なことをしてしまいました、本当に申し訳ありません!』
食堂に帰ってきたコピ・ルアクの試飲会メンバーに向かい、開口一番俺は最敬礼をする。
俄かに信じ難いものを目の当たりにして半ば放心状態の四人とは対照的に、ギルマスのテンションはメチャメチャ高い。
『まず、どういう状況なのかを説明してもらえると有難いな、私たちには全く話の流れが見えていないのでね……ああ、リョウ君はね、動物と会話ができるんだよ、だからさっきもあの特殊個体のシベットと交渉してくれたんだろう?』
確かにそれもそうだ……俺は、話の流れを整理しながら、長老と交わした交渉内容を手近にあった紙に書き出していった。
・疑似乾季エリアにあるコーヒーの木のうち二本を、シベットが食べても良いものとして開放する。
・シベット用に開放する木は、目印としてその根元に木箱の枠を置いておく。
・コーヒーを食べたシベットは、木の根元にある枠の中に糞をして行く。
・目印の枠を置いていない木を荒らしたシベットは、駆除の対象となる。
『そうか、ミノルさんが見つけたコーヒーの木は、シベットたちが守っていた命の木だったんだ。だからミノルさんは、木を移植するのではなく種と枝を持って来るだけにとどめていたんだ……』
『その命の木が枯れたという時期を考えると、うちで食害が出始めた時期との矛盾はないわね』
ミノルさん時代からを含めて、カレヴィさん率いる農園側は、シベットの命の木を脅かすような行動をとったことは勿論一切ない。
そしてシベット側も、命の木が枯れるというアクシデントが起こる前までは、農園に不利益を与える行動は一切していなかったということだろう。
『ちょうど今またコーヒーの木を増やし始めているところですから、その数でしたら対応は十分可能じゃないでしょうか』
『そうよ、一本や二本くらい食べられても大丈夫じゃない? それにさっき頂いたコピ・ルアクだっけ? あれが飲めるっていうことでしょ!』
そうそう、そうなんですよレアさん、俺はそれを言いたかったんです。
『……つまりそこで、夕べ二人で話していたあの件が関わってくる、ということなんだね? リョウ君』
さすがギルマス、俺の企みを正しく理解していただけたようで実に有り難い。
ここで俺はもう一度カレヴィさんたちに向き直り、夕べ客室に引き上げてから、ギルマスと二人で考えたある作戦について説明する。
その内容は四人からも概ね賛同が得られ、さらに良い案や改良点などもたくさん出てくる。
というわけで、俺たちは早速その作戦に向けて各々動き出すこととなった。
『それじゃ、また近いうちに寄らせてもらうよ』
『ごちそうさまでした、ありがとうございます』
『是非またどうぞ、お待ちしています』
農園スタッフたちと一緒に昼食を頂いた後、食料や水、飼葉などを補充させていただいて、ギルマスの幌馬車はラプア農園を発った。
◇ ◇ ◇
ウムネスの街に向けて小一時間ほど進んだ頃。
元耕作地と思われる荒れ地の中に建つ廃屋が見えると、馬車は街道を離れ、そちらに向かってゆっくり進路を変える。
もはや人の住居としての役は果たせないほどに風化した物体の横を通り過ぎさらに少し進むと、道なき道は小川のほとりに出る。
その小川に沿って上流方向に進めば、先ほどまでいたラプア農園のコーヒーが植わっている裏あたりにたどり着く……といった位置関係だ。
あまり近づきすぎても良くないが、遠すぎても効果が薄い、ということでそれから適度な距離を取ってギルマスが野営地を決める。
それ、とは、例の子供たちがいる小屋である。
実は、かつてミノルさんがコーヒー栽培の実験をしながら生活していた場所であり、現在の持ち主は、何を隠そうギルマスなのだそうだ。
『うん、今は三人とも中に居るみたいだねぇ、多分こちらにはもう気付いているんじゃないかな』
馬車から天幕などの道具を降ろしながら、現役時代から索敵は得意だというギルマスが言った。
『お散歩しておいでレンニ、あまり遠くに行っちゃだめだよ』
ギルマスが語り掛けながら馬車と手綱を外してやると、レンニと呼ばれた馬はまず小川で水を飲んでから、「わーい♪」なんて言いながらそのあたりで跳ねている。
夕べは農園の馬房でひとりで過ごしていたようだが、今夜はギルマスの目が届く範囲で放し飼いになるらしい。
タンポポの花をくわえて走り回るはしゃぎっぷりが、ちょっと大型犬みたいで微笑ましい。
喫茶店でのアルバイト時代は、気候が良くなると定休日のたびに多趣味なマスターと黒犬の店長に連れられて、海に山にとキャンプ三昧だった。
どことなく、あの頃を彷彿とさせる風景である。
冒険者の野営なら、真冬以外は焚火のそばで毛布にくるまる程度で過ごすのが常のようだが、今回は俺という素人がいるし明け方には結構冷え込むからと、ギルマスがテントやタープを用意してくださったようだ。
キャンプ道具はどれも初めて見る形のものばかりで、前の世界で使っていたそれに比べると古めかしい印象だが、使い方自体にそれほど変わりはなく、ちょっと教えて貰ったら俺にも問題なく使えた。
『ん? リョウ君手つきがいいねぇ、キャンプの経験があるのかな?』
なんてギルマスに言われながら、手分けして設営をしていると、レンニがいつの間にかすぐ近くに来ていた。
俺と目が合うと、ニコニコしながら人懐っこく寄ってくる。
「ねえねえ、りんごたべないの?」
屈託のない少年の声で、おねだりされてしまった。
「え? リンゴは無いよ、全部食べちゃった」
「じゃあ、にんじんは? さっきいっぱいもらってたよね?」
農園を出るときに見てたのか……小腹でも空いたのかな、甘いものが欲しいのかな、でも俺が勝手にやるわけにいかないし……。
「ちょっと待ってて、ギルマスに聞いてくるから」
そう言ってギルマスの方に向かうと、にんじん♪ にんじん♪ と鼻歌を歌いながらレンニも後ろをついてきた。
『あの、レンニが人参が食べたいって言ってるんですけど、あげてもいいですか?』
振り返ったギルマスは一瞬不思議そうな顔をした後、納得の声を上げた。
『そうか、君はレンニとも話ができるんだね! ああいいとも、欲しがっているなら、一本やってもらえるかな?』
ギルマスの返事を聞いて、人参の入っている麻袋の方に向かうと、レンニはあと先になりながら擦り寄ってくる。
「ぱぱ、なんていってた? いいっていったでしょ?」
「うん、一本だけだよ、はいどうぞ」
袋から一番大きなのを取り出して差し出すと、レンニはバリバリと小気味良い音を立てて、あっという間に食べてしまった。
「にいちゃんありがとう、ぱぱありがとう」
おやつを貰って満足したのか、人参を食べたレンニは、また小川の方に駆けていく。
『……けっこう気難しい馬だと思っていたのに、初対面の君にここまで懐くとはねぇ……』
その後ろ姿を見送りながら、ギルマスがしみじみと言った。
『みんなから逐一報告は受けていたけど、実際に目の当たりにすると、やっぱり驚くねぇ。動物と、獣人さんと……あと、子供とも話せるんだろう? うちの孫娘が、リョウさんリョウさんってうるさいんだよ』
実は今回も、俺とラプア農園に行く話をしていたら、エリカさんが自分も一緒に行きたいと言い出して大変だったらしい。
まあ、そのおかげで、これから実行しようとしている作戦も成り立つわけですが。
◇ ◇ ◇
太陽が西の山並みに沈みかけ、薄暗くなる前に、焚火を作って夕食の準備をする。
今夜のメニューは、農園であれこれ料理を包んでくれたのでそれに加えて、農園特製のジャガイモやソーセージを焚火に埋めたり炙ったりしたもの、そしてギルマス持参の赤ワインとチーズである。
木製のマグにワインを注ぎ、軽く合わせて乾杯する。
ぐっとあおると、いつしかとっぷりと暮れた濃紺の空に、降るような星空が瞬いていた。
レンニももう遊びはやめたようで、焚火から少し離れたあたりで休んでいる。
焚火に炙られてじゅうじゅうと脂を滴らせるソーセージにかぶりつくと、パリっと皮が弾けて熱い肉汁が溢れだす。
濃厚な肉の旨味を後押しするハーブとスパイスの風味がまた良く、重い赤ワインにも決して負けていない。
『明日の朝はこの腸詰を使って私がスープを作るよ。冒険者時代も、朝食のスープは私が良く作っていたんだ、得意料理だね』
恐らく今、焚火で炙っているこのソーセージの、暴力的なまでに良い香りも、風に乗って例の小屋の方まで漂っているに違いない。
明日はその、ギルマス特製スープによるあぶり出しを狙っていたのだが、これならかなり良い結果が得られそうである。
次回は、2022年3月11日金曜日18時頃の公開を予定しています。




