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閑話 冒険者としての父と母 後

※3日連続で閑話を更新中※ 本日は3話目を投稿します。

猫舌のリザードマンくんが、お汁粉を食べながら昔のことを思い出しています。

投稿スケジュールの詳細は活動報告をご覧ください。

 『まああなんてきれいな目なの?! まるで宝石みたいねぇ』

 俺の嫁だ、とサイラスから紹介されたタイナが、ミカエルの顔を満面の笑顔で覗き込むと、サイラスもガハハと笑いながら言った。

『オマエ髪長えな、そうだタイナにバリカンしてもらうか? ちょうどいいや、タイナ、俺もついでに刈ってくれや』


 それまでミカエルは、他の種族と異なる外見を気にして、いつも目元を隠すように髪を伸ばしていた。

 それが今回の旅を経て、自分の持てるものを誇れるようになりたい、と気持ちが変化してきていたのである。


 『ありがとうございます、お願いします!』

『じゃあ二人とも上を脱いでそこに並んで頂戴。お風呂が終わったらみんなでごはんにしましょ』

 かくしてミカエルは子供の頃以来の短髪になり、サイラスの家に入って一時間後には裸の付き合いが始まったのだ。



 着替えて居間に戻ると、他の下宿人たちも五人ほど席についていた。

 夕食を食べながら全員に紹介され、長旅で疲れたろうから今日は早く休めと促されて、自室へと引き上げる。

 二人部屋の相棒はカールという一歳年上の人族で、ここで世話になって一年半ほどになり、得物は弓とのこと。

 ニコニコと穏やかな雰囲気の男で、家の中の決まり事などを簡単に説明してくれ、分からないことは何でも訊いてと笑った。

 話しやすそうな人で良かった……安堵したミカエルは、久しぶりのベッドに横になると同時に深い眠りに落ちていった。


   ◇   ◇   ◇


 翌日、ミカエルはサイラスと一緒に、街の北端に隣接する森に来ていた。

 市街地から近い辺りは一般市民もレジャーや採取などでよく訪れ、二時間も歩けば端から端まで到達する程度の広さで、生息しているのはせいぜいウサギやキツネ、奥まで行ってもたまに鹿を見かける程度という、豊かで安全な森だ。


 歩きながらサイラスは、冒険者の心得に始まり、多岐にわたる話題を面白おかしく聞かせてくれる。

 特に、ネイチャーガイドよろしく語ってくれるウムネスの植生や動物、魔物などに関する知識は、さすが元S級冒険者と思わせる視点からの解説で実に興味深い。


 やがて街側よりも外側に近くなり、一般市民はまず入ってこないほどに深い辺りまで移動した頃、サイラスはふと立ち止まると声を潜めた。

『左前方の灌木の陰に、ホーンラビットが一頭いる。オマエ、一人でやれるか?』

『はい』

 短く答えたミカエルが大剣を構えると同時に、成体のホーンラビットが飛び掛かってきた。


 Fランク冒険者にとって、ホーンラビットはそれほど難しい魔物ではないが、なんといっても敏捷でかつ戦闘モードに入った個体はかなり気性が荒い。

 大丈夫だ落ち着いて動きをよく見れば狩れる、自分にそう言い聞かせつつ対峙すること数分、ミカエルは無事ホーンラビットを仕留めることができた。


 ミカエルは土の露出したところを探し、軽く掘った穴の中でホーンラビットの血抜きをすると、自分の火魔法で血を焼いてから、土をかけて穴を埋める。

『やるなぁ、オマエ』

 いつもそうしてきたのでついやってしまったが、サイラスには褒められた。

 帰りに冒険者ギルドに寄って買取に出したら、状態がとても良いからと銀貨六枚で買い取って貰えた。


   ◇   ◇   ◇


 それから一週間ほど、サイラスと一緒に近郊の狩場を巡る日が続いた。

 二人きりの時もあれば、時には他の下宿人も一緒だったり、冒険者ギルドでメンバー募集をしていた人を誘ったこともあった。

 サイラスは、ミカエルだけでなく他の同行者にも、実体験に基づく貴重な情報や真摯なアドバイスを惜しみなく与えている。

 傍で聞いていても多くの気付きや学びがあり、実りの多い毎日だった。



 十日ほど経ったある日、サイラス宅で夕食後にくつろいでいた時、サイラスはミカエルに言った。

『オマエ、もう少し軽くて細い片手持ちの長剣を使ってみないか?』

 今ミカエルが使っているのは、鍛冶の親方から譲られた両手持ちの大剣である。

 命よりも大切なその剣を蔑ろにするのか?! そう思った瞬間自分の全身から抑えきれずに殺気が溢れたのを感じた。

『あああ待て待て!! 今使ってる剣を捨てろって言ってるわけじゃない、今のオマエの持ち味を生かすなら、もっと身軽に動ける片手持ちを使ってみるのも悪くないんじゃないかって話だ』


 とにかく実際に触ってみろ、と連れていかれたのはサイラスの武器庫で、各種の剣や槍やハンマーに斧などありとあらゆる武器がずらりと大量に並ぶ中で、一人の職人が黙々と武器の手入れをしていた。

 サイラスと二言三言交わした後、ミカエルの全身をちらりと見た職人は、迷いなく壁から一本の長剣を外す。

『これあたりがいいんじゃないですか? グリップはすぐ調整できますので』

『それなら、持ったまま飛んだり走ったりかなり自由に動けるだろう。今とは違う形でオマエらしさが出せるぞ。貸してやるからしばらく使ってみろ』

 促されて柄を握り、軽く振ってみる。

 それは思わず戸惑いを覚えるほど、握った瞬間からまるで自分の身体の一部のように手に馴染んでいた。



 その夜自室に引き上げてから、カールに剣のことを話してみた。

 するとカールは、自分の昔話だと前置きして、ここに来るに至った経緯を話してくれた。


 元は長剣持ちとして地元の仲間とパーティーを組んでいたが、自分たちのレベルギリギリの魔物と対峙した時に、倒すことはできたものの自分も仲間も大怪我を負ってしまう。

 怪我は痕もなく治っているが、それ以来接近戦になるとどうしても身が竦んでしまい、冒険者を辞めるしかないのかと悩んでいた時にサイラスを紹介された、らしい。

『接近戦が怖いなら接近しなけりゃいいだろう、オマエは目も耳もいいし、風魔法も使えるんだから弓なんかピッタリじゃねえか、ってすすめられたんだ。目から鱗ってああいうことを言うんだろうね。言われたときはまるで自分を全否定されたみたいに感じたけど、そのおかげで今の僕があるんだよ』


   ◇   ◇   ◇


 次の週末、ミカエルはタイナの手伝いで一緒に市場まで買い出しに行くことになった。

 一応護衛の練習でもあるようで、サイラスから腰に剣を佩いて行けと指示を貰う。

『あとこれだ、俺からプレゼントするから風呂に入るとき以外は必ずつけて、いつでも抜けるように練習しとけ』

 そう言って、ベルト付きの革のケースに入った短剣を手渡し、サイラスはズボンの裾をめくってそこにあるナイフを見せる。

『これが無かったら、俺は既に五回は死んでる』


 そうね、とそれを受けてタイナが言う。

『冒険者にとって大事なのは、大物を倒すことでも、大金を稼ぐことでもないの。元気で家に帰って来て、お母さんにただいまって言うのが、良い冒険者なのよ』

 そして、サイラスもこう続けて笑った。

『お家に帰るまでが冒険なんだ、最後まで気を抜かずに、無事に帰って来いよ』



 市場では、食料や雑貨の買い出しの途中で、タイナは古本屋に寄り一冊の本を買った。

 休憩にしようとベンチに座り、屋台で買ってきた串焼きを一緒に食べながら、これは私からのプレゼントと言ってミカエルに持たせる。

 開いてみると、それは女の子が読むような、お姫様と騎士の物語だった。

『これなら難しくない言葉ばかりだから読みやすいでしょう。どうしても冒険者の中にいると荒い言葉遣いになっちゃうから、きれいな言葉を覚えた方がいいわ』

 特に護衛任務の時は、クライアントと直接会話をする機会も多いので、挨拶や基本的な会話程度でも貴族言葉や丁寧な話し方が出来るだけで舐められずに済む、ということのようだ。


   ◇   ◇   ◇


 その後もミカエルは、サイラスの家に下宿しながら冒険者活動を続けた。

 サイラス同行の下で指導を受けたり、下宿人同士で一緒に行動することもあったが、程なく単独で出掛けることが多くなり、ギルドのメンバー募集などをきっかけにパーティーでの依頼も受けるようになった。

 いつしか長剣を持ち歩くことが常となり、着実に実績を重ねて信頼を掴み、ウムネスに来て半年後にはEランクに、その約一年後には十八歳になるとほぼ同時にDランクに昇格していた。



 冒険者ギルドの掲示板を見て連絡を取り、何度か一緒に行動し背中を預け合っているうちに、気心の知れた仲間と呼べる存在も増えてきた。

 その幾人かから、北隣の街の近くにあるダンジョンに行ってみないかと誘われたのをきっかけに、ミカエルはサイラスの下宿から卒業することを決めた。


 『今まで本当にありがとうございました。じゃ、行ってきます!』

 サイラスもタイナも、ミカエルの右肩を強くたたいて笑顔で見送ってくれた。


   ◇   ◇   ◇


 生まれた町の鍛冶工房の親方夫婦が生みの親で、ウムネスのサイラスとタイナが育ての親だ……冒険者ミカエルは、そう思っている。

 自室の一角には、今は使っていない大剣と、ボロボロになった女の子向けの本が大切に飾られていて、帰宅するたびに必ずこう語りかけているという。


 『お母さん、ただいま』

次回は本編の更新です。明日、2022年1月14日金曜日18時頃の公開を予定しています。

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