5 【最終話】
おまけ話『冬休み』の最終話です。
彼女は、自分の気持ちに正直すぎるきらいがある。と、万里の両親はつねづね感じていた。良く言えば、素直。悪く言えば―――無鉄砲。
だから時折、心に浮かんだ考えを、相手からどう思われるか考えずにそのまま口に出してしまうことがある。また言ってしまってから『やっぱりそれ、違った!』なんて怖気づくこともしばしばだ。
小学生女子としては、そう言う迂闊さはよくあることかもしれない。
ただ普段は、割と周りに合わせていることが多いから、そんなタイプに見えないらしい。転校生だから遠慮している、と言うのもあるかもしれない。それに万里の華奢な手足や、小鹿のような佇まいが、見る者に儚げな印象を与えるせいでもある。
ただ、こうと思い込んだら一直線だ。時には明後日の方向に、突き進んでしまうことがある。いつそのスイッチが入るのか、普段は割と聞き分けが良いタイプなだけに予測が付かない。万里の母親である絵里と、その夫であり万里の父親である浩司も、唐突に押されるスイッチに驚かされることがあるくらいだ。
まさに今、呼び止められた疾風も同じような驚きを感じていた。
「私ね、大野の友達になりたいの!」
名を呼ばれて振り向いた。すると『友達になりたい』そう告げられて―――思わず言葉を失った。
「ねぇ、ダメかな?」
真剣な瞳を向けられて、疾風の頭の中は『?』マークで一杯になる。
「は?」
唐突な問いに、返す言葉も浮かばない。万里は一歩ずつゆっくりと、疾風の方に歩み寄った。内心疾風は怯んだが、後退るのはひどく格好が悪い気がしてその場にしっかりと踏みとどまる。
至近距離、少し高い位置から大きな瞳に見据えられてドキリとした。
ところで疾風は、女子と話すのはあまり得意ではない。高学年になったあたりから、更に面倒に思う事が多くなった。
特に直ぐに感情的になったり攻撃的になったりする一部の女子など、立場が悪くなった途端突然被害者然として泣き出すことがあるものだから、非常に面倒くさい。疾風自身が女子と揉めることはほとんど無いが、自分じゃなくとも気に入らない男子を毛嫌いして徹底的に冷たく接するような不安定な所を見せられると、どうにも嫌な気分になってしまうのだ。例えその女子が、疾風に対して好意的な素振りを見せたとしても、いや、かえってその態度の変わりように引いてしまう。
女子の集団ともなると、更に面倒だ。寄り集まり、コソコソと何かしら含み笑いをしていたりする。そして過剰にべったりしていたかと思えば、次の日にはその相手の悪口を陰で言ってたりもする。偶然耳にして、思わずギョッとしたことがあった。
けれども、万里に関してはちょっと違うと感じていた。
見た目は平均以上に女子そのものだが、苦手意識は不思議と感じない。少し、他人の気持ちを気にし過ぎる所があるかもしれない。ただ、裏表がなく正直だと感じたし、例え彼女に対してあまり態度の良くない相手とも、妥協点を探ろうと努力するところに好感が持てた。
それに万里は疾風のことを好きだと告白して来た相手なのだ。単純かもしれないが、その時から疾風にとって万里は、更に特別な存在になった。
帰り道、いかにも嬉しそうに笑顔で駆け寄って来る。純粋な好意を向けられて、嬉しいと感じない訳が無い。
そして最近、漸く気付いたことがある。
万里は、とても綺麗な女の子だったのだ。
細い形の良い手足を、サラブレッドか小鹿のようだと感じたことがある。取り分け、大きな瞳も特徴的なのだと気が付いてはいた。
この港町よりずっと人が多く、ビルに囲まれた都会からやって来た女の子。
彼女はとても綺麗で、周りと同じような服を着ているのに何処か洗練されていて……つまり万里は、とても可愛らしい少女なのだ。時に彼女を揶揄う男子がいて、万里は大層迷惑がっている。だけどそれは、その男子が彼女を意識しているからに他ならない。
母親の歌苗が、学芸会で見掛けた彼女のことを「存在に違和感があるくらいの美少女ね」と評していた。それまで疾風は意識していなかったが―――言葉で定義されて初めて、目からウロコが落ちたような気分になった。それから疾風の中でも、彼女は特別な『美少女』なのだと、意識されるようになったのだ。
その彼女に自分は告白を受けた。
つまりとても可愛くて、ちょっと危うい部分はあるけれども正直で気持ちの良いこの子に好かれている。男として、浮かれない訳は無い。
だけどだからと言って、いきなり親し気にできる疾風では無かった。
自分が話せることと言ったら、馬の話題くらいしかない。
万里は、馬をそれほど好きではないらしい。たまたま疾風の真似をして少年団に入ったことはあったが、それも直ぐに辞めてしまったくらいだ。つまりそう言う話をしても、彼女にはつまらないだけだろう。
なのに彼女が今言った台詞は―――『大野の友達になりたい!』だ。
正直言って、何が何だか分からなかった。
友達でなければ、今までの付き合い全ては何だったのか。学校の帰り道並んで歩きながら、取り留めない話に根気よく相槌を打つ……なんて、友達でもない、嫌いな相手に対して出来る訳がない。
思わず「今更、何言ってんの?」と食って掛かりたい衝動に駆られた。
―――が、とてつもなく神妙な表情で、疾風に迫って来る万里は、いたって真剣なようだ。疾風は一つ、溜息を吐いた。
「いや……もう、友達だろ」
「え?」
これでもか、と言うほど驚きに見開かれた大きな瞳に吸い込まれそうな気がした。
「ホント?」
疾風は、強く頷いてみせた。
「ああ」
すると、彼女はホッとしたように表情を緩める。
「そっかぁ……へへ」
へにゃりと笑った、その笑顔。
時が止まったように、見惚れた瞬間……
「……っくしゅ!」
小さなくしゃみをして、万里は身を震わせた。
「戻ろう。いい加減、寒いだろ」
「だいじょう……っくち!」
風が強くなってきている。彼女は寒い馬小屋での作業に慣れている疾風より、ずっとヤワなのだろう。帰り道を急いだ理由も、それを心配したためだったのだと思い出した。
疾風は無造作にポケットから手袋を取り出すと、万里の胸の前に突き出す。
「これ、使え」
「え! あの……いいの? 大野は?」
一瞬、目を輝かせた万里。だが、ちょっと我に返ったように遠慮の言葉を口にした。
「俺、寒くないし」
「そう?……ありがとう。じゃあ、お借りします……」
照れたようにはにかむ万里を見ていられなくて、疾風は視線を外す。手袋を彼女に押し付けて、ぶっきらぼうに「行くぞ」と言って、背を向けた。
イソイソと手袋を着けた万里が、疾風の後から付いて来る。
うん。
コイツ白鳥じゃなくて、カモだな。と、疾風は思う。
まるで親ガモの後を追う子ガモのように、後ろにピッタリと付いて来る万里をチラリと振り返り。
疾風はフッと口元を緩ませたのだった。
ほんの少しだけ二人の距離が近づいたような、そうでないような。
―――そんな冬休みの出来事。
【『跨線橋の鹿』冬休み・完】