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第十八章

「事件は会議室で起きているんじゃないの! げんぐぁぐぇ……」

 作戦会議始まって早々の爆弾発言は、僕が涼華の口を手で塞ぐことでなんとか事なきを得た。

 おかげでちょっと女の子が口から出しちゃいけないような言葉になってしまっているけれど、それでも見えざる手の介入だけは避けたい。

「はいはーい。そういうのは誰も見てないとこで言いましょうねー」捜査線ならまだしも、浦安にいるネズミ軍団とかが出てきたらもう僕にはどうすることも出来ない。

 場所は急遽設置された僕たちの部屋改め作戦会議室。光源を部屋の中央に鎮座するモニター群のみに頼っているせいか、見慣れたはずの室内はずいぶんとダークな雰囲気で満たされていた。

 いつの間にこんなに大量のモニターが現れたのかというと、実は最初からあった。

 僕が説明を面倒がって端折っていたわけで、それについてはごめんなさいと言うしかないのだけれど、実は僕と涼華は元々このペンションには二部屋とっていたのだ。

 ひとつは今会議室として使用している、僕たちが寝泊りする部屋。もう一つは、この部屋の隣の涼華いわく『探偵七つ道具』とかいうとても七つではきかない量の電子機器やらなにやらが運び込まれている物置。

 隣の部屋を会議室にしてしまえば機材をこの部屋へ運び込む手間が省けたのは言うまでもないけれど、そこは涼華のことだ何がしかの思惑が……あるのだと思いたい。

 ある…………よね?

 とまあ、こんな具合に現状の整理は終わりにして、っと。「っぷふぁあー」長時間の鼻呼吸が堪えたのか、涼華はおとなしくモニターの前に座るとどこからか出した牛乳とアンパンを手に持ち画面の向こうへと目を向けた。

 形から入るなぁ……。

 座り込んだ涼華の目の前に鎮座するモニターの数は優に十を超えている。

 画面に映りこんでいるのは、食堂やラウンジはもちろんのこと。各部屋のドア、特に生きた人間のいる部屋については複数台のモニターに映りこんでいる。

 膠着状態が一日続いたおかげで、住民の精神状態はピークに達していることだろう。

 何よりも「くふふ」未だに時折強く吹いては窓を揺らす吹雪が、じきに止む。

 だから、涼華は動き出した。限界まで張り詰めた糸を断ち切るために。

 僕はお行儀悪くも胡坐をかいてモニターの前に座っている涼華の隣にそっと座り、これまた同じように胡坐をかいた。

 組んだ足を覆うスカートの上に、懐かしいフォルムをした牛乳ビンと、コンビニでよく見かけるやたらと大きなアンパンが包装されたままの状態で降ってきた。涼華も僕も牛乳を単体で飲むのが苦手なので、ビンの中身はコーヒーと混ざって茶色くなっている。

 アンパンの四角い包装の上部だけを破くと、手のひらからはみ出そうな大きさのパンをちぎって一口サイズにしてから、口へと放り込む。

 芳醇なイースト菌の匂いを纏った柔らかいパン生地と、程よい甘さの小倉を咀嚼しつつ、モニターの画面に目をやった。

 動きはまだ、ない。


 おやつタイムが終了すると、僕らはさっそく本題の『作戦会議』とやらを開催した。

 胡坐をかいたまま向き合った僕と涼華が見ているものは、僕が『かくれんぼ』をしながら見つけてきたもの。

 僕がこれらの戦利品を床に置いてから、涼華は顎に手をあててなにやら唸っ「んんんんんん」……考え事をしている。『ん』を連呼って、逆に言いづらくないのかな。

 床に転がっているのは、血まみれの指輪が一つと比較的綺麗な携帯電話が二つ。指輪と片方の携帯電話は故オーナーさんの物。残るもう一つの携帯電話は故ムッツリ氏の物。

「携帯電話ねぇ……」持ってきたはいいけど、これって何かに使えるのかな。

 二つ折りになっているタイプの故ムッツリ氏の携帯電話を開くと、適当なボタンを押して暇を潰そうと試みた。

けれど、ただでさえ昔から携帯電話なんて家族内の連絡用の持ち歩ける子機としてしか使っていなかったのに、人の携帯電話の操作方法なんか判る訳がない。

「適当にボタンを、ほいっと」ポチ。

 一回だけ押したつもりだったのに、どうやら二回決定キーを押してしまったようで、ムッツリ氏の携帯電話の画面には、データフォルダとやらの中身を映し出していた。

「うわぁ。文字だらけ」さっきから独り言みたいな感じになってしまっているけれど、目の前で涼華がちゃんと『んんん』と相槌をうってくれているので、一応会話にはなっている……はず。

 データフォルダの中身を表示したのは良いんだけれど、何やら文字列がたくさんあるだけで、そのデータとやらは一向に見つからない。しかも全部アルファベットだから、何が何だか全く理解できない。「かくなる上は、適当に」「んんんん」キー操作が面倒なのでその場で決定を押し込む。

 すると、両手で持った携帯電話が何やら話しかけてきた。

 マナーモードに設定されていますが再生しますか?

「おおぉ。最近のケータイは賢くなったなぁ」僕の携帯電話なんかこんな親切な事言ったためしがないのに。製造会社が違うとここまで違うのか。

 何かを再生したいらしくて僕に許可を求めてくるなんて、なんて出来た子!

 ムッツリ氏の携帯電話らしからぬ礼儀正しい振る舞いに感動して、僕は『はい』を選んで決定ボタンを押した。

「――――――――」

 ムッツリ氏の携帯電話は、画面のほとんどを肌色で埋め尽くすと、あられもない声を会議室中に響かせた。

 最悪なことに、ボリュームは最大。


『……………………』痛い沈黙が流れる。

 

いや、違うんだ涼華! これはムッツリ氏の携帯電話が勝手に……。

 とっさに考えついた言い訳と言うかこれは事実なんだけど、なんとなく僕が悪いような気がして何も言えなかった。

 それから相変わらず鳴き続ける携帯電話を涼華が電源ボタンを押して黙らせたのが(何で僕はそれに気づかなかったんだ)約五秒後。会議室内を重い空気が漂う中、涼華はやけに可愛らしい(いつも可愛らしいんだけど)笑顔を僕に向けて――――

「立葉ちゃん、ガム食べる?(訳:静かにしなさい)」

 ………………………………。

「………………………………………………………………ごめんなさい」

 本当に、ごめんなさい。「事件は会議室で起きているんじゃないの! げんぐぁぐぇ……」

 作戦会議始まって早々の爆弾発言は、僕が涼華の口を手で塞ぐことでなんとか事なきを得た。

 おかげでちょっと女の子が口から出しちゃいけないような言葉になってしまっているけれど、それでも見えざる手の介入だけは避けたい。

「はいはーい。そういうのは誰も見てないとこで言いましょうねー」捜査線ならまだしも、浦安にいるネズミ軍団とかが出てきたらもう僕にはどうすることも出来ない。

 場所は急遽設置された僕たちの部屋改め作戦会議室。光源を部屋の中央に鎮座するモニター群のみに頼っているせいか、見慣れたはずの室内はずいぶんとダークな雰囲気で満たされていた。

 いつの間にこんなに大量のモニターが現れたのかというと、実は最初からあった。

 僕が説明を面倒がって端折っていたわけで、それについてはごめんなさいと言うしかないのだけれど、実は僕と涼華は元々このペンションには二部屋とっていたのだ。

 ひとつは今会議室として使用している、僕たちが寝泊りする部屋。もう一つは、この部屋の隣の涼華いわく『探偵七つ道具』とかいうとても七つではきかない量の電子機器やらなにやらが運び込まれている物置。

 隣の部屋を会議室にしてしまえば機材をこの部屋へ運び込む手間が省けたのは言うまでもないけれど、そこは涼華のことだ何がしかの思惑が……あるのだと思いたい。

 ある…………よね?

 とまあ、こんな具合に現状の整理は終わりにして、っと。「っぷふぁあー」長時間の鼻呼吸が堪えたのか、涼華はおとなしくモニターの前に座るとどこからか出した牛乳とアンパンを手に持ち画面の向こうへと目を向けた。

 形から入るなぁ……。

 座り込んだ涼華の目の前に鎮座するモニターの数は優に十を超えている。

 画面に映りこんでいるのは、食堂やラウンジはもちろんのこと。各部屋のドア、特に生きた人間のいる部屋については複数台のモニターに映りこんでいる。

 膠着状態が一日続いたおかげで、住民の精神状態はピークに達していることだろう。

 何よりも「くふふ」未だに時折強く吹いては窓を揺らす吹雪が、じきに止む。

 だから、涼華は動き出した。限界まで張り詰めた糸を断ち切るために。

 僕はお行儀悪くも胡坐をかいてモニターの前に座っている涼華の隣にそっと座り、これまた同じように胡坐をかいた。

 組んだ足を覆うスカートの上に、懐かしいフォルムをした牛乳ビンと、コンビニでよく見かけるやたらと大きなアンパンが包装されたままの状態で降ってきた。涼華も僕も牛乳を単体で飲むのが苦手なので、ビンの中身はコーヒーと混ざって茶色くなっている。

 アンパンの四角い包装の上部だけを破くと、手のひらからはみ出そうな大きさのパンをちぎって一口サイズにしてから、口へと放り込む。

 芳醇なイースト菌の匂いを纏った柔らかいパン生地と、程よい甘さの小倉を咀嚼しつつ、モニターの画面に目をやった。

 動きはまだ、ない。


 おやつタイムが終了すると、僕らはさっそく本題の『作戦会議』とやらを開催した。

 胡坐をかいたまま向き合った僕と涼華が見ているものは、僕が『かくれんぼ』をしながら見つけてきたもの。

 僕がこれらの戦利品を床に置いてから、涼華は顎に手をあててなにやら唸っ「んんんんんん」……考え事をしている。『ん』を連呼って、逆に言いづらくないのかな。

 床に転がっているのは、血まみれの指輪が一つと比較的綺麗な携帯電話が二つ。指輪と片方の携帯電話は故オーナーさんの物。残るもう一つの携帯電話は故ムッツリ氏の物。

「携帯電話ねぇ……」持ってきたはいいけど、これって何かに使えるのかな。

 二つ折りになっているタイプの故ムッツリ氏の携帯電話を開くと、適当なボタンを押して暇を潰そうと試みた。

けれど、ただでさえ昔から携帯電話なんて家族内の連絡用の持ち歩ける子機としてしか使っていなかったのに、人の携帯電話の操作方法なんか判る訳がない。

「適当にボタンを、ほいっと」ポチ。

 一回だけ押したつもりだったのに、どうやら二回決定キーを押してしまったようで、ムッツリ氏の携帯電話の画面には、データフォルダとやらの中身を映し出していた。

「うわぁ。文字だらけ」さっきから独り言みたいな感じになってしまっているけれど、目の前で涼華がちゃんと『んんん』と相槌をうってくれているので、一応会話にはなっている……はず。

 データフォルダの中身を表示したのは良いんだけれど、何やら文字列がたくさんあるだけで、そのデータとやらは一向に見つからない。しかも全部アルファベットだから、何が何だか全く理解できない。「かくなる上は、適当に」「んんんん」キー操作が面倒なのでその場で決定を押し込む。

 すると、両手で持った携帯電話が何やら話しかけてきた。

 マナーモードに設定されていますが再生しますか?

「おおぉ。最近のケータイは賢くなったなぁ」僕の携帯電話なんかこんな親切な事言ったためしがないのに。製造会社が違うとここまで違うのか。

 何かを再生したいらしくて僕に許可を求めてくるなんて、なんて出来た子!

 ムッツリ氏の携帯電話らしからぬ礼儀正しい振る舞いに感動して、僕は『はい』を選んで決定ボタンを押した。

「――――――――」

 ムッツリ氏の携帯電話は、画面のほとんどを肌色で埋め尽くすと、あられもない声を会議室中に響かせた。

 最悪なことに、ボリュームは最大。


『……………………』痛い沈黙が流れる。

 

いや、違うんだ涼華! これはムッツリ氏の携帯電話が勝手に……。

 とっさに考えついた言い訳と言うかこれは事実なんだけど、なんとなく僕が悪いような気がして何も言えなかった。

 それから相変わらず鳴き続ける携帯電話を涼華が電源ボタンを押して黙らせたのが(何で僕はそれに気づかなかったんだ)約五秒後。会議室内を重い空気が漂う中、涼華はやけに可愛らしい(いつも可愛らしいんだけど)笑顔を僕に向けて――――

「立葉ちゃん、ガム食べる?(訳:静かにしなさい)」

 ………………………………。

「………………………………………………………………ごめんなさい」

 本当に、ごめんなさい。

続きは夜に

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