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1-444 感染

 ネズミたちに先んじてクマタカは単身、帰駅することにした。新しい発電方法の導入や設定のためにネズミを駅の構内まで招き入れねばならないが、そのためには下準備が必要だ。


 当然駅の者たちは反発するだろう。だがジエイを消すため、そしてその後も電気を使うためには納得させるしかない。ネコたちの襲撃に備える時間も要る。五日後、下弦の月の出に十七番改札に来るようにネズミたちには伝えた。カヤネズミとヤチネズミを交換した場所だ。ネズミたちにもわかりやすいだろうと思ったのだが。


―私も行く―


 またまたまた元夜汽車の少女がでしゃばってきた。


―なんでだよ! お前に電気が繋げるかって!―


 カヤネズミは勝手な行動に憤慨したが、


―ワシの駅に仲間がいるの。夜汽車の仲間。彼女の安全を守るだけだからあなたたちの邪魔はしないわ―


 少女は単独行動を主張した。


―わかった。待ってる―


 クマタカが少女の希望を了承すると、カヤネズミはさらに怒り狂ってヤチネズミを蹴っていたが、


―そいつはネズミじゃないだろう―


 少女はお前たちの一員ではないとクマタカが諭してやると、ネズミたちも静まった。


 おそらく少女はネズミに拉致された身だ。ネズミは所有権を主張するかもしれないが、元々は地下の子どもだったのなら、クマタカにも口を出す権利はある。それにワシとしてではなく、いち地下に住む者として、拉致された女は救い出してやりたい。


 それにしても、ネズミに連れ去られた女たちがどんな境遇でいかなる待遇を受けているのか、クマタカは最悪な想像しかしてこなかったが、でんわ越しの少女の様子だとそこまで劣悪な環境ではなかったようだ。尤もでんわ(音声)では計り知れない待遇を受けているかもしれないし、偶々ハツカネズミたちのところだけが厚待遇なのかもしれないのだが。


―僕も行く―


 やっと落ち着きを取り戻し始めていたのに、マツがまたそんなことを言い始めた。研究所内のみならずでんわ越しのネズミたちも慌てて制止し始める。


―お前は駄目だって! そこでオオアシとアイの複製作って設定いじってって話してたじゃん―


 ハツカネズミが声を荒らげ、


―そうだ、マツ! お前はここに残るとさっき…、昨日話をつけただろう!―


 クマタカも説得に加わった。しかし、


―それは君たちの都合だ。勝手に僕に役割を与えていたようだが何故僕が従うと思った。そもそも僕が君たちに加担する理由がどこにある―


 マツは飄々と自分の自由を主張し、


―ハツ! そいつをそこに縛り付けとけって!!―


 カヤネズミが発狂した。


 聞き分けのない元夜汽車の扱いにクマタカもネズミも手を焼いたが、マツを手懐けている者がいたことをクマタカたちは失念していた。


―シュセキ、ナナは私が絶対に助け出すからあなたはそこにいて―


 主の命令の前でようやくマツは抵抗を止めた。それなのに。


―僕が行くよ! チュウヒにナナは任せられないんだから任せてしまった僕がナナを連れてこないと!!―


 それなのにジュウゴが鼻息荒く息巻いたりするから、マツの駄々が再燃する。


―なぜ君が行くんだ。第一君が行って何になる―


―だってナナが大変じゃないか! サンだって大変なんだから僕がチュウヒの代わりにならないと!―


―行かなくていい―


―なんでだよ! 行かないと!―


―行くな―


 元夜汽車たちの押問答にクマタカは何度目かのため息を吐いた。


 何度などというかわいいものではない。研究所(ここ)に来て以来、おそらく数十回はすでに息を整えている。マツがジュウゴを行かせたくないのは元夜汽車の少女に同行させたくないからだろうし、ジュウゴはジュウゴで責任感が行かないことを許さないらしい。そもそもここを元夜汽車たちの避難場所として使うことが当たり前のような流れになってきたことに、クマタカは当然不服だ。


―お前たちは…―


 ここを何だと思っている、そうクマタカが言おうとした時、


―だったら俺がジュウゴと行くよ。そしたら安心だろ?―


 ハツカネズミがジュウゴの肩を叩きながら行った。ハツカネズミがワシの駅に来る!? あり得ない提案にクマタカは舌を噛みそうになる。


―そうですね。ハツさんが一緒ならばジュウゴの身の危険は問題ないでしょう―


 でんわ越しに落ち着いた声のネズミが賛同して、


―確かにハツには道案内が必用だよな―


 ヤチネズミも別の角度から同意する。


―……ハツ、狩らないよね?―


―狩らない、狩らない! お前らの護衛だけだよ―


 ジュウゴとハツカネズミのやり取りにマツが不服そうにも閉口して、


―では決まりですね。早速取りかかりましょう―


 なんやかやで上手くまとまってしまったので、クマタカは口を挟む隙を失った。



  * *



 駅に着く。ほんの二日間空けただけにも関わらず随分ぶりに感じた。自分を黙視して見張りの者たちが姿勢を正す。四輪駆動者は部下に任せて改札に足を踏み入れ開口一番、


「ノスリを呼べ。手の空いてる者は会議室に集合しろ」


 小銃と太刀を渡しながらクマタカは指示を出した。


 しかし部下たちは困ったように顔を見合わせる。クマタカが視線で意見を促すと、太刀を受け取った男がおずおずと進言してきた。


「時間が時間なんで日が沈んでからにしてはどうですか?」


 言われてみれば東の空は既に色付いていた。


「それにお(かしら)も、お疲れじゃないですか? 一度ちゃんと休まれた方が良いかと」


 言われて気がついた。そう言えば最後に寝たのはいつだったろうか。


 思案顔で固まったクマタカに部下たちは気まずそうにしていたが、突然、小銃を抱えていた男が叫んだ。


「お頭、怪我されてるんですか!? どこで…、だ、誰がお頭に!?」


 自分たちの駅の頭首が打ち負かされているところなど見たことのないワシたちは、あり得ない負傷の痕跡に驚嘆した。


 怪我? クマタカは首を傾げる。それから部下たちの指差す先を見下ろして、ああ、と思い出す。


 ハツカネズミとの一戦で左の上腕を負傷したのだ。マツが不器用に包帯を巻いていた。そこまで思ってクマタカは目を見開いた。



 何故忘れていた? あんな大怪我を。



 無口な頭首の顔色の変化に部下たちは直立不動になる。そんな部下たちの緊張など知りもしないで、クマタカは左腕の包帯を掴む。


 ずり下ろす。自分で巻いた方がまだきれいに巻けると思っていた包帯はしかし、思いの外固く巻き付けられていた。歯噛みしながら力任せにずらした包帯の下からは、朝日に照らされた健康な皮膚が覗いていた。



  *



 部下たちの進言を採用して、その日はそのまま自室に戻った。


 部下たちを下がらせて扉を固く閉じる。誰もいない部屋の中でクマタカは灯りの下に行き、刀掛けから脇差を一振、手に取った。


 揺れる灯りの中で刀身が光る。鞘を握りしめたまま左腕を突き出し、その腹に刀身を軽く当てると、クマタカは一気にそれを引き抜いた。


 迫り来る痛みに顔をしかめる。脇差を握りしめる右手が筋張る。反対に左腕は呑気だった。一瞬何が起こったのか理解出来ずにきょとんとしていた左腕は、初め呆けたように白い口を開けていたが、時間差で切られた事実に気付き、疼き、傷口の端を濡らすと、やがて止まらない嘔吐を始めた。


 だくだくと流れ出る血液をクマタカは仁王立ちで見つめる。徐々に左手が痺れてくる。だがクマタカの予想が正しければ……。


 気合いを入れた。止まれ、止まれ、閉じろ、塞がれ。


 大量の血を吐きだしていた傷口は脳からの命令に従った。流れ出る血量は徐々に少なくなり、やがてぱっかりと開いていた口は奥歯を噛みしめるように固く閉じて、終いには傷口など最初から無かったかのようにすまし顔で全てを忘れた。



 鞘が床に落ちる。クマタカは脇差しを抜き身のまま刀掛けに戻す。信じられない気持ちで左腕を擦り、睨め回し、消えた傷痕とその痕跡をしばし探した。


 薄暗い部屋に乾いた笑いが短く響いた。可笑しかった訳ではない。絶望したのとも違う。ただ笑わずにはいられなかった。クマタカ自身にはその理由など到底推し量れない。単なる生理現象だ。


 感情のない高笑いに、黒い影が揺れていた。





ここまで読んでくださった方々へ


私事ですが警察に相談することがありまして、現在は担当してくださる弁護士の方を探しているところです。

いつ収拾がつくのか今のところは目星もつかず、ちょっと他のことは今は手が回りません。

なので大変中途半端なところですが、ここで一旦しめさせてください。

ここまで読んでくださった方には心から感謝しております。

でも今は書けません。ごめんなさい。

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