1-442 説き伏せる
「どれくらい『掃除』したんだ?」
クマタカはハツカネズミに尋ねる。ネズミの言葉に合わせてやったつもりだったが、ハツカネズミは驚いた顔で硬直した。クマタカが再度促して、ハツカネズミはようやく話し始める。
「数なんて数えてないよ。ただジュウゴを撃ってきたでかい奴だけは片付けておきたかったんだけど、外野がめちゃくちゃ邪魔してくるからなかなかそいつをやりきれなくて」
ネズミに歯向かってまで駅が一丸となって助けねばならない者がいるとすれば、おそらく駅の頭首だろう。カメかヘビかトカゲか、どこの頭かは不明だが、いずれかの頭首は現在戦闘不能だと思われる。
『……ジュウゴ、それは…いつのこと?』
元夜汽車の女が恐々と尋ねる。
「君と会う前だよ。ハツが動けるようになってコジネズミに会って海を目指せと言われて、そこで君がいたからその前の…」
『正確に何周前のことか答えて!!』
女は何度目かの怒りを爆発させた。
「正確にと言ったって……」と泣きそうな顔で頭を掻いていたジュウゴだが、
『ハツ、お前、女は掃除してないんだろ?』
ヤチネズミが別の角度からハツカネズミに尋ねた。
「当たり前じゃん。ってか女はいたけどどっか行ったし掃除の時には男しかいなかったし」
ハツカネズミは憮然として答える。
『聞いたか。いなかったってよ。お前の仲間は無事だ』
ヤチネズミの言葉に返事は無かった。だが否定も無かった。
「うん、君の仲間ってネコだろう? あんな強烈な女たち、もしもいたら僕だって気付いていたよ」
そしてジュウゴの証言でクマタカは確信した。
カメとヘビとトカゲの残党が徒党を組んでいたことは、以前よりジュウゴから報告を受けていた。そしてそこにネコも加わる予定だったのだろう。単独では敵わなくとも、集団で挑めばワシを陥落出来るとでも考えてのことか、質より量と言わんばかりに。
舐められたものだ、とクマタカは目を細める。それは意味がないと、あの時嫌というほど知らしめてやったはずなのに。
そしてこの女はネコだ。元夜汽車とは言ってもジュウゴはハツカネズミと共にいたし、マツはここにいる。夜汽車から逃げ果せた後に、女はネコに拾われたのだろう。
そしてネズミによる夜汽車強奪事件の際、方々に逃げ散った元夜汽車とは異なり、ワシの駅に戻ってきた少女がいる。サギだ。サギがいるからこそ、女はワシの駅への損害を望まないのに違いない。
しかし元夜汽車でもあるがネコでもある以上、女はネコへの被害も避けたがっているのだろう。
難儀なものだな、とクマタカはでんわの向こうの女に同情した。どちらにも肩入れしながらいずれにも付けない。自分への嫌がらせが関の山なのだろう。
いや、それを言えばマツもジュウゴも違わないのだが。
どこまでも哀れな子どもたちだ。どこに行こうとも何に属そうとも、結局は線路から逃れられないのかもしれない。
だがそれとこれとは話が別だ。彼らへの憐憫は腹を満たさない。現実の問題は思いだけでは解決しない。全ての状況を想定して備えるに越したことは無い。ハツカネズミによる殺戮現場にネコがいなかったということは、ネコたちだけでも攻め込んでくる可能性もあるのだから。
「わかった」
クマタカはゆっくりと瞬きをしてから顔を上げて言った。それからハツカネズミに顔を向ける。
「地下の問題は地下で解決しておく。お前らはジエイを消すことに専念しろ」
「言われなくてもそうするし」
命令口調が気に入らなかったのか、ハツカネズミは唇を尖らせる。
「それよりもお前、ト線の破壊を忘れんなよ」
そして唇を尖らせたまま、目つき鋭くクマタカを威嚇してきた。ハツカネズミの声に空気に、元夜汽車たちが緊張する。それを視界の端に捉えながら、クマタカは答える。
「心配するな。帰駅次第すぐやる」
電車は捨てる。それだけは、
「約束する」
ハツカネズミをまっすぐに見据えて、クマタカは言った。
ハツカネズミが目を見開く。間抜け面を晒して固まる。その半開きの唇が大きく動いたからクマタカも身構えたが、
「うん!」
およそネズミが地下に住む者に向けるとは思えない微笑みで頷いたりするから、クマタカは息を飲んで見惚れて、それから気まずさに目を逸らした。
『……何をするつもり?』
数日間絶飲食でもしていたかような声で女が呟いた。それから鼻息と声を荒らげて、あの金切り声が三度響き渡った。
『かぃ…、解決って? あなた何をするつもりなの!?』
集音器に齧り付きでもしたのだろうか。割れた音と雑音に、研究所内の面々は一様に顔をしかめる。
『ねえ答えて! あなたまた繰り返すの!? 何の罪もない駅を蹂躙して男を殺して女を攫って。あなたの…、ワシのしたことはネズミと同じことよ!!』
罪が無いなどと本気で言っているのだろうか。クマタカは拡声器を侮蔑の目で見下ろす。
「お前さあ、どさくさに紛れてネズミ馬鹿にすんのやめてくんない? こっちにはこっちの事情があるって義脳の話聞いてわかってるはずじゃん」
自分たちを引き合いに出されたことに腹を立てたハツカネズミが憮然として言ったが、
『あなたは黙って!!』
安全圏から女は突っぱねた。「お前…!!」とでんわに向かってハツカネズミはいきり立つ。でんわを破壊してしまいそうな勢いのハツカネズミを片手で制止して、マツの刺すような視線を頬に感じながら、クマタカは集音器に顔を向けた。
「攻めてくると知りながら対処しない馬鹿もいないだろう」
クマタカの正論に、洞窟内のネズミたちは黙って同意する。
『そうじゃない! そうじゃなくて…!』
「狩り合いという言葉の意味を知っているか。互いに狩りをし合うということだ。どちらかが正当でどちらかが不当という訳じゃない、互いに同等だ」
まあ、件の集団が望んでいるのは狩り合いではないだろうけれども。
ジュウゴが俯く。ハツカネズミが冷めた目ででんわを見下ろす。『そういうことを言っているのではなくて……』などと駄々をこねる女を黙らせるために、
「生きるために戦う権利を捨てろというなら、お前にアイを否定する資格は無い」
夜汽車向けの言葉でクマタカは締めくくった。
騒音が消える。雑音の中に嗚咽が混じる。ようやく静まった金切り声にクマタカが息を吐いた時、
『………でもあれは、生きるためじゃなかった』
涙声が再び聞こえてきた。




