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 ……本当と嘘。……嘘と本当。

「……そんなの、私にもわからないよ」と海は独り言をつぶやいた。

 ずっと嘘をついてきた海には、もうなにが本当のことで(そもそも本当のことなんて、世界のどこにもないのかもしれないけれど)なにが自分の作り出した嘘(空想の世界のお話)なのか、その区別が、うまくつかないようになっていた。

 このことを考え出すと海の頭はすごく痛くなった。

 このまま考え続けたら、私の頭は壊れてしまうかもしれない、(あるいはもう私の頭は壊れているのかもしれない)とそう思うくらいに頭が痛くなって、自分の心がばらばらになってしまいそうになった。

 そのあとも海は何度か独り言をつぶやいた。

(それはまるでなにかのおまじないのようだった)


 海はよく独り言を喋った。(海の独り言に慣れている渚は、その言葉を聞き流した)

 それは、私はここでちゃんと生きていますよ、という小さな、小さな合図だった。

 それは誰に対しての合図だったのだろう? 自分自身? それとも星? もしかして神様だろうか?

 わからない。私は誰の救いを求めていたんだろう? 私はなににすがって生きていたんだろうか?

 星の顔が見たいと思った。

 笑っている星の顔をずっと見ていたいと思った。

 でも、それは不可能なことだった。

 なぜなら星はこの場所(森)にはいないし、海は星の写真を一枚も所有していなかったからだ。(持っていたとしても、森には持ってこなかったとは思うけど)

 海は写真が嫌いだった。だけど街にいたころは、星の顔はみようと思えばすぐにみられた。だから写真を持つ必要性はどこにもなかったのだ。(こんな風に世界が終わるまでは……。世界の終わりの中で、星の存在を昔よりも、もっと強く、切実に必要だと感じるようになるまでは……)

 ……わがままを言わずに、一枚くらいは(星の言う通りに)写真を撮っておけばよかったな、と海は思った。

 海の足の動きに合わせて、地面の上に積もった雪がぎゅっ、ぎゅっと言う音を立てた。

 疲労とは(あるいは痛みとは)現実そのものだ。

 ……疲れ、……痛み。

 人は自分の心に嘘をつくことはできる。

 でも、人は現実に存在する、自分の肉体に嘘をつくことはできない。

 人はいつか、必ず死ぬ。

 無理をすれば肉体は壊れる。……それは正しいことなのだ。

 体が重くなると、生きることまでが億劫になる。……まったく面倒なことだった。


 海は足を止めた。

 すると同じように、海と手をつないでいた渚も足を止める。

 海は空をみていた。真っ白な曇り空。今にも雪が(もしくは雨が)降り出しそうな空模様だった。

 その空をみて、海は泣いていた。

「……海。どうしたの?」と心配そうな顔で渚は言った。

「……なんでもない」と海は涙声で答える。

 泣いているところを渚に見られてしまった。……恥ずかしい。でも涙を止めることができない。それくらい、海の心は深く、冷たい、真っ暗な水の底のような世界の中を、たった一人でさまよっていた。

(海を助けてくれる家族や友達は、もういない。海がみんなを、……星を裏切ったからだ。今の海を支えているのは、海と手をつないでくれる、小さな渚の存在だけだった) 

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