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「真っ暗な夜の中だからこそ、星の光はより強く、輝いて見える」と海は言った。
「それ、なに?」と渚が聞いた。(渚は黄色い傘の下で、海の体に抱きつくようにして、海にぺったりと張り付いている)
「私の好きな曲の歌詞。その一節」と海は言った。
四季の森……。海はまだ、夏と秋と冬の森しか体験していない。海が森にやってきときの季節は夏だった。それからまだ、一年は経過していない。
だから、(個人的に好きだという理由もあるけれど)まだ見ぬ、この真夜中の森の明るい、(きっとそれは明るいはずだ)春の森を見てみたいと海は強く思っていた。
その雪解けの春の季節がやってくることを、海はとても楽しみにしながら、冬の森の中で繰り返される単調な(でも愛すべき)毎日を過ごしていたのだ。
「そろそろ帰ろうか?」と海は言った。そのころにはもう二人は小屋からだいぶ離れたところを歩いていた。
「うん。そうだね。もうだいぶ時間が過ぎちゃったよ。日が落ちる前に、早く家に帰ろう。私、もうお腹ぺこぺこだよ」と渚は言った。
二人は進む方向を反転させて、来た道を戻ることにした。
雪の積もった大地の上には、二人の足跡がまだかろうじて残っていたので、その足跡に沿って、二人は雪の降る森の中を、小屋に向かって歩き始めた。
小屋に戻った二人は一緒に夕食の準備をして(献立は、ほくほくのジャガイモのバター添えとパンと、ゆで卵と野菜スープだった)一緒に夕食を食べた。
それから二人は一緒にお風呂に入った。
海はお風呂場で、体を丁寧に渚に(タオルで体を拭くようにして)洗ってもらって、代わりに渚の体は海が丁寧に(愛情を込めて)洗った。
それから二人は一緒に海の寝ていた白いベットの中で眠りについた。いつもは海の怪我の治療の邪魔になるからと、一緒に寝ることは(たまにあったけど)遠慮していた渚だったが、今日は一緒に寝たいと言ったので、海は渚と一緒に眠ることにしたのだ。
渚はすぐに眠ってしまった。(……どこかに出かけていたみたいだし、きっと疲れていたのだろう)
海はすぐには眠れなかった。
暗い夜と、薪ストーブの中で燃える炎の明かりと、外に吹く風の音だけが海の周囲の世界にはあった。
……まだ雪は降っているのだろうか?
外が見たかったけど、窓には板が貼り付けられていて、外を見ることはできなかった。
海は森にやってきたことを(今でも)後悔していなかったが、一つだけ残念に思っていることがあった。それは夢を見なくなったことだ。
……海の眠りの中にあるものは深い闇、ただそれだけだった。
海は(もともと)それほど頻繁に夢を見る体質ではなかったのだけど、それでもたまには夢を見た。(そのほとんどが家族か、もしくは星の夢だ)
でも森にやってきてから、ぱったりと夢を見なくなった。それは偶然ではないと海は思っていた。それはきっと代償なのだ。森に入るための、あるいは森の中で暮らすための、……代償。
海は真っ白な毛布を頭からかぶった。
……すると、世界は本当に真っ暗になった。




