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星が自分に憧れを抱いていることを、(もちろん)海はわかっていた。
私たちは二人とも、お互いに憧れあっていたんだね、と海は思った。海は星が自分に憧れていることを知っているが、きっと星は海が星に憧れを抱いていることを知らないだろう。それを告白するつもりは海にはなかった。(私は卑怯者だからだ)
星は海のことを本当に愛してくれていた。でも海はそんな星の愛に気がつくことができなかった。たとえば星はとても殺風景ななにもない、ただ真っ白なだけの海の四角い(牢獄のような、あるいは病院のような)心の部屋の中に、色彩のある花を飾ろうとしてくれた。(実際に飾ってもくれた)その花は(あるいはその行為は)星の愛そのものだった。
でも海はなぜ星が海の部屋に花を飾ろうとするのか、そこにある無機質なテーブルに(海の部屋(心の中)にだってテーブルくらいはあるのだ)花瓶をおいて、そこに花を飾るのか理解することができなかったのだ。
海が星の愛に本当に気がつくことができたのは、星が(いつの間にか、無意識のうちに)海の元を去ってしまったあとだった。
星は海をおいて一人で遠くに行ってしまった。彼女は海とは違い、ちゃんと大人になったのだ。
そのことに気がついたとき、海は星の元を去ろうと決めた。(星の邪魔になってしまうからだ)そして実際に、海は星の元を去った。
それは海の世界の終わりを意味していた。
(失って初めてわかった。それくらい海は星に依存していた)
……それから一年くらいあとになって、海は街を出て、森にやってきた。そこで渚と出会い、海は森の魔女になった。
魔女になったことは、今も後悔してはいない。なぜなら(よく考えてみれば)海は生まれたときから今までずっと、今更魔女になるまでもなく、魔女そのものと呼べる存在だったからだ。
「渚。私にもキスして」と海は言った。
「……うん」
少し照れながらだけど、(ちょっと嬉しそうに)渚は海の頬にキスをした。
「ありがとう」
キスのあとで海が言った。すると渚は顔を真っ赤にして下を向いて黙ってしまった。
そろそろ、夕食の準備をする時間になった。
二人は食事の(準備をする)前に、外を少し散歩することにした。
奥のドアの向こう側にはもう一つ部屋があり、そこはキッチンとリビング(と言ってもなにもない空間があるだけだけど)があった。
部屋にはドアが二つあり、一つは外に、(つまり玄関のドアだ)もう一つはお風呂場とトイレに続いているドアだった。
リビングには暖炉があった。炎はついていない。それからクローゼットが一つ置いてあり、その中には海のお気に入りの黒のコートと白のマフラーがしまわれていた。
それらを身につけて、玄関のところに立てかけてあった黄色い傘を手にとって、海は完全装備の渚と一緒にれんが造りの小屋の外に出た。
外に出ると、海の予想通りに、空から雪が降っていた。
真っ白な(本当に真っ白な)雪だった。
辺りは薄暗い。世界はもう直ぐ、夜を迎える時間帯だった。
二人は一つの黄色い傘をさして、その中で寄り添うように相合傘をして、雪の降る冬の森の中を歩き始めた。
その後ろ姿は、まるで仲の良い姉妹のようにも、あるいは(だまし絵のように見る角度を変えれば)年の近い親子のような関係にも見えた。




