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「ねえ、海。いつもみたいにお礼にキスをして」と渚は(後ろを向いたまま)言った。
「いいよ」
海はそう言って、渚の頬に(渚を後ろから抱きしめるようにして)キスをした。とても優しいキスだ。
以前、海は星にキスをしたことがあった。
それは二人が中等部のとき。
場所は海の部屋だった。
(海の思惑も知らずに、ほいほいと)泊まりにやってきた星が海のベットの中で眠っているときに、星に断りもなく勝手にキスをしたのだ。(身勝手なキスだ)そのことを眠っていた星は知らない。知っているのは世界でただ一人、海だけだ。
その日は大雨の日で、外ではとても強い雨がずっと(夜中じゅう)降っていた。
渚にキスをしながら、海はそんなことを(久しぶりに)思い出していた。
もう三年くらい前の思い出だ。
あのころの私たちは(……きっと、今もだけど)あまりにも無防備で、そしてあまりにも未成熟だった。
……星は自分の未熟さを愛していて、自分の未熟さも海の未熟さも、同様に受け入れてくれていたけど、海は自分の未熟さを(そして星の未熟さを)受けいれることができなかった。
それは海の、(完璧主義に近い)プライド(傲慢さ)のようなものが原因だったのかもしれない。
今考えてみると、それは本当に馬鹿みたいな話だった。
十八歳になった今も、(そして、それはこれから海が年をとって、何歳になったとしても、きっと)海はずっと子供のままだったからだ。
自分でも情けない話だと思う。でもそれが(本田星の憧れている、目標でもある)山田海の真実だった。
海はたくさんの人たちに(自分の家族を含めて)嘘をついて生きていた嘘つきな女の子だったが、星にはなぜかあまりうまく嘘をつくことができなかった。それは星はとても純粋な人(あるいは純粋な魂の持ち主)だったからかもしれない。
海はそんな星の持っている透明さと、純粋さと、素朴さと、素直さと、魂の美しさに、とても強く惹かれていた。……憧れていたと言ってもいい。




