197
澄くんの腕の中で、なんだかとても優しい時間だ、と星は思った。
「ねえ澄くん。……手を握ってくれない?」
二人で椅子に戻りながら星は、澄くんにそんなことをお願いをする。
「手? ……もちろん構わないけど、でも僕たちの手は今、両方とも塞がっているよ?」
それは澄くんの言う通りだった。
星は白くて四角いものを両手で持っているし、澄くんは両手でしっかりと星の体を支えていた。
「私の体は、支えなくってもいいからさ」
星は澄くんにそう提案する。
「でも……、星は今、転びそうになったばっかりだよ?」
いろんな理由をつけて、澄くんは星の手をなかなか握ろうとはしてくれない。
私の体は、(あるいは、心の中にある目には見えない透明な星の手は、もうしっかりと握ってくれているのに)あんなに簡単に、しかも、しっかりとキャッチしてくれたのに、私の手を澄くんは(なぜか)簡単には握ってはくれないのだ。
そのことを星はとても不満に思った。
「……じゃあ、もういいわ」
星は澄くんから離れて一人で椅子に(なるべく元気よく)座った。
それを見て澄くんも席に戻って、自分の椅子に(ゆっくりと)腰を下ろした。
星は手にしたものをテーブルの上においた。
それは小さな小型のラジオだった。
真っ白なラジオ。
銀色のアンテナはあるけど伸ばさない。(伸ばしても意味がないことは確かめてある。この森の中ではラジオの電波を受信することができないのだ)
その代わりに星はカセットテープのスイッチを押した。
このラジオにはカセットテープレコーダーを聞く機能が搭載されていた。カセットテープも事前にラジオの中にセットしてあった。
カセットテープがゆっくりと回転を初めて、音楽を奏で始めた。
それは星の一番のお気に入りの曲だった。
(それは海の一番好きな曲でもあった)




