172
それから澄くんは星にいくつかの食堂に置いてあるものの説明をして、そうして食堂の紹介を終えた澄くんは食事用の大きなテーブルの上に置いてあった小さなランプに火をともすと、それから星を椅子に座らせて、自分はキッチンで食事の準備に取り掛かろうとした。
だけど星は澄くんが最後に紹介してくれた食堂に置いてある『あるもの』にとても興味を惹かれてしまって、それどころではなかった。(星は澄くんの言葉も聞かずに、ぼんやりとそのあるものをじっと眺めていた)
星がとても興味を惹かれたもの。それは『大きなグランドピアノ』の存在だった。
食堂にはなぜか(その端っこのスペースに)大きなグランドピアノが置いてあったのだ。ピアノははじめ、大きな黒い布で隠されていて、それを澄くんが取ると、まるで手品のように、食堂の中に美しいピアノの姿があらわれた。
(ピアノの近くには古いレコードの再生機が置いてあり、その隣にある木の棚にはレコードがたくさん(きちんと、とても大切に)しまわれていた。
そのレコードと古いレコードの再生機は今でもきちんと動くので、この場所で食事をしながら古い時代の音楽を聞くこともできるのだと澄くんは言った)
「これって、澄くんのピアノなの?」と星がピアノの見つめたまま、澄くんに聞いた。
「いや、違うよ。このピアノは僕の『前任者の人』の持ち物なんだ」と澄くんは言って、それから、ピアノにとても興味の有る様子の星のために、もう一つの小さなランプを用意して、(おそらく棚の上に置いてあったランプだろう)それをレコードのしまってある木の棚の上に置いてくれた。さっきよりも、グランドピアノはよく見えるようになった。
「ありがとう」と星がいうと、澄くんはにっこりと笑った。
そんな澄くんはいつの間にか、真っ白なエプロンを身につけていた。そのエプロンは澄くんにとてもよく似合っていた。それから星はおとなしく椅子に座って、澄くんはキッチンで料理に取り掛かった。
(……でも、そのあともちらちらと、星の目はグランドピアノに向けられていた)
「前任者って、森の門番の仕事をしている人の前任者ってこと?」と星は言った。
「うん。そうだよ」と澄くんは(料理をしながら)答える。
星は「なにか手伝おうか?」と言ったのだけど、「大丈夫だよ」と言われて澄くんに断れてしまった。もしかしたら星は料理ができないと(コンビニのサンドイッチとスポーツドリンクとチョコレートのせいで)澄くんに思われているのかもしれない。
だとしたら、その誤解はきちんと、といておかねばならないだろう。(料理は数少ない星の特技の一つだった)




