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『君が暴れる海を押さえつけて、それで、しばらくして海は力尽きて大人しくなったんだ。そして、なにかを小さく海が君に囁いて、そのあとで、君は海の体に覆いかぶさるような体勢のままで、気を失っちゃったんだよ。それで、そのあと海は少しして、君の体の下で、春になって雪が溶けて、その水が大地に沁み込みようにして、だんだんとその体が薄くなっていって、そのままその存在が消えてしまったんだ』
魚の言葉を聞いて、星は目を閉じて、そのときの海の状態を頭の中に思い浮かべて、空想する。
数秒後、目を開いて、星はなにもない空中を見つめる。
(魚の言葉は星の曖昧な記憶と多少の齟齬があった。しかし、おそらく星の記憶よりも、魚の記憶のほうが正確なのだろう)
「……海が私になにかを囁いたの?」星が言う。
『そうだよ』魚が答える。
「なんて囁いたの?」
『それはこっちが聞きたいよ』
魚の答えを聞いて、それはそうだなと星は思った。(星は海の言葉をまったく覚えていなかった。というか、海が自分になにかを囁いたという記憶すら、なかった)
……どんな言葉だったんだろう?
しっかりと聞いてあげられればよかったのに。(どうして私はいつも、大切な場面でこうなのだろう?)
星は反省する。
(そのときの海の言葉は、星は一応、思い出そうとして努力してみたけど、結局なにも思い出すことができなかった)




